第44話 No
44 No
本店にはゼランドさんがいて、3男が何か簡単に報告する。
3男は水筒を僕に渡したらすぐにエリーさんの店に戻って行った。
ゼランドさんに買い物リストを見せて、今持っている残金を伝える。
チェックマークでいっぱいの買い物リスト、今日はいろいろ揃えられてよかった。
ゼランドさんはそんなにかからないから大丈夫ですよ。と笑って店員に指示してすぐに食器とあかりの魔道具以外のものを揃えてくれた。
食器とあかりの魔道具は好みのものが良いでしょうと言ってまずはあかりの魔道具を見せてもらう。
テントに使うなら上から下げられるものが良いと、ゼランドさんが2種類商品を持ってくる。
値段が高い方は明るさを調節できるのだそうだ。値段が倍違ったので、安い方をいくつか多めに買うことにした。携帯用のランタンも1個買って、これで帰り道も安心だ。
僕たちの事情はもう3男が話していたようで、こちらにランタンを吊るすと良いでしょうとフェルの身長くらいの細いしっかりとした棒を持ってきてくれた。専用のぶら下げるものもあるけど、廃材だからタダ同然の値段なんだって。
フェルはさっきエリーさんのお店で買ったワンピースとベージュのコートを着ている。
似合いすぎて隣にいるとなんか緊張する。それになんだか雰囲気が女性らしくなったというか……。
どうしてもチラチラその姿を見てしまう。
バレてなければ良いのだけど。
食器を見に行く前にゼランドさんが、このお弁当箱というものはなんでしょうか?と聞いてきた。
依頼で外に出る時に、そこに朝作った料理を入れて、昼に外で食べるのだというと、ゼランドさんは少し考え込み、小物入れとして普段売っているというアルミ製の蓋付きの箱を持ってきた。
こうしておけば蓋が勝手に開くこともないでしょう。と、ゴムバンドまで用意してくれた。
「ケイ様のその思い付きを私どもの商会で商品化しても良いでしょうか?おそらくかなり需要があると思われます」
まるで執事のような丁寧な口調でゼランドさんが言う。
僕なんかに丁寧な言葉は必要ないから、普通に話して欲しいとお願いし、弁当箱ら商品化を進めてもらうことを快く承諾した。
ゼランドさんはこのときから、僕はケイくんフェルはフェルさんと呼ぶようになって、口調も少し柔らかくなり、僕たちはこの店でますます買い物がしやすくなった。
3男がまた突然やってきそうだな、と思って、お客様用の食器など選んでいく。
大皿と、取り皿も何枚か買って3男用のお茶碗も買う。色は緑にした。
マグカップは奮発してちょっとお高いものにした。2つ1組で銀貨2枚。
陶器製のかわいいマグカップ。両方とも白で、黒猫の絵が描かれている。乾杯するように向かい合わせれば黒猫も2匹寄り添うようになるデザインだ。
ゼランドさんが計算してくれて、全部で銀貨4枚と銅貨90枚。
ゼランドさんは、その値段をみて、このまま普通にお金を受け取ったら、なんかうちの家内に怒られそうですねと苦笑して、銀貨4枚で良いと言った。醤油の樽をもう一つ追加で買ったけど、それでも銀貨6枚だった。
会計を済ませると3男が果実水を3つ持ってやってきた。
打ち合わせスペースで、それを飲みながら3人で楽しくおしゃべりをした。
3男がさっき店に戻ったら、エリーさんにここは良いから、あなたはあの2人のところに行きなさいって言われたんだって。
でもゼランドさんの邪魔をするわけにいかないから、屋台で果実水を買って会計が終わるのを待っていたんだそうだ。
3男に、4日後は休みにするからその日王都を案内してもらう約束をして別れた。
ゼランドさんと3男が店の前で見送ってくれた。2人が並ぶと顔の形がよく似ていた。3男の目はエリーさんに似たみたいだ。エリーさんの笑った顔と3男の笑った顔はそっくりだったから。
市場には明日ガンツのところに行く前に寄れば良いと思ってる。
真っ直ぐ公衆浴場に行って、風呂上がりに溜まった洗濯物を魔道具で洗いながら、フェルの髪を乾かした。髪をとかすブラシとかあれば良いな。櫛より使いやすそう。
これはあとで買い物リストに書いておいた。
夕食はクリームシチュー。
初めて作ったから、前世でルーを使ったシチューの味と比べればちょっと物足りない味がした。
お肉はホーンラビットのお肉を使った。
買ったお肉はなるべくその日に使いきるようにしている。
マジックバッグに入れられる保存の箱とかないかな。明日ガンツのところに行ったとき聞いてみよう。
タマゴを2個使ってマヨネーズも作ってみた。
お酢を入れてお箸を全部使って泡立て器のように束ねてタマゴをかき混ぜたけど、なんだかうまくいかない。僕の様子に気づいたフェルが読んでいた編み物の本を閉じてかき混ぜてくれた。
味をみながら塩と油を少しづつ入れたらあっという間にマヨネーズができる。サラダに使ってのこりは保存瓶に入れた。3日くらいなら平気なんじゃないかと思っている。
マヨネーズに使ったお酢や塩と油の量はノートにメモしておいた。
今夜のシチューに使った材料の分量も書いておく。いつかリベンジだ。
シチューは自信がなかったけど、作った料理をフェルは全部喜んで食べてくれた。
マヨネーズで味付けしたサラダを口にして、小刻みに震えるフェルの姿が可愛かった。
流し台は明日、明るいときに作ることにして、昨日と同じように2人で洗い物を済ませた。
浄化の魔法なら簡単に洗い物ができるのではと思ったけど、浄化の魔法は万能じゃなくて、対象を細かく指定する必要があるらしい。細かく指定するとけっこう魔力を消費してしまうんだって。お風呂もそうだけど、洗い物は水で洗うのが一般的だ。
聖魔法の上級者ならさらっと使えるんだけど、フェルはそこまで細かく聖魔法で対象を指定して浄化はできないんだそうだ。基本的な初級の魔法しかしか使えないんだって。
外が寒くなってきたので、テントの中で麦茶を飲んだ。天井に吊るしたランタンのおかげで中は快適だ。
買ってきた服など整理して、お互い明日着る服を足元の方に畳んで置いておいた。
こんな些細なことがいちいち楽しい。
布団を広げていたらフェルがパジャマに着替えるから向こうを向いていてくれと言い、背中合わせになって2人パジャマに着替えた。
布団を敷いているとフェルがパジャマを着たまま、上の下着を器用に外して、明日の着替えの中に潜らせた。
チラッと見えてしまったが、その下着は、前世の記憶にある。ブラジャーだった。
僕はゴクッと唾を飲み込む。
じゃあフェルって今、ノーブラってこと?
なんか急に緊張してきた。意識しないようにするけど、布団を敷き終わったときにはもう僕の顔は真っ赤になっていた。
鏡がないけどわかる。だって顔が熱いんだもん。
これまでは、そんなに意識していなかった。
もしかしてノーブラ?と考えることと、今ノーブラなんだ、という、はっきりと認識している状態は全く違う。
見たい。フェルのパジャマ姿が見たい。
だけど小心者の僕は顔を上げることができなかった。
恥ずかしいので先に布団に入りフェルに背を向けて横になる。
灯りを消したフェルが静かに布団の中に入ってくる。僕の心臓の鼓動が激しく動く。
不意にフェルが後ろから僕を抱きしめる。
柔らかな感触が僕の背中に広がっていく。
僕は静かに円周率のことを考える。
3.14159265、3.14159265、3.1415……
前世の僕はここまでしか知らなかったらしい。その数字を念仏のように唱え続ける。邪心よ去れ。
フェルは背中越しに僕に話しかける。
「ケイ。今日はありがとう。休日がこんなに楽しかったのは初めてだ。朝食を食べ、一緒におにぎりを作って、お茶を飲みながら買い物するものを決めて……ガンツもライツも打ち解けてみれば2人とも良い者たちで、そのあともエリママに服を選んでもらって。そうだ。今度エリママが私に編み物を教えてくれるのだ。マフラーという首に巻く防寒着を作るんだぞ。出来上がったらケイにもあげるから楽しみにしていてくれ」
そう言ってフェルは静かになる。
エリママというのはたぶんエリーママを縮めたものなんだろな。
小さく深呼吸をしてフェルがまた話し始める。
「王都に来てこんな生活ができると思っていなかった。ケイのおかげだ。ありがとう」
そう言ってフェルは僕を抱きしめる手に力を込める。背中に柔らかい感触が伝わる。
僕は堪えきれなくなって、振り向いてフェルに向き合った。
暗いテントの中でもフェルの目が潤んでいるのがわかる。なんかとってもフェルが愛しい。
振り向いたは良いけど言葉が出てこない。
フェルがとても綺麗で、良い匂いがして。
唇が少し濡れていて。
そんなことを考えていたらフェルがいきなり僕に口づけをする。
それはほんのわずかな時間の、少し唇が軽く触れ合う程度の短いキスだった。
目線を逸らしてフェルが恥ずかしそうに俯いた。
もう僕の気持ちは止められなかった。
円周率なんてどうでもいい。
フェルを少し強めに抱きしめる。
フェルをもっと近くて感じたくて、背中を貪るように撫で回した。
それでも気持ちは収まらなくて、パジャマ越しにフェルの胸を触る。
フェルは嫌がらなかった。
もっと、もっと直接、フェルのことを感じたい。
フェルの腰の辺りからパジャマの中に手を滑り込ませた。フェルの背中は少し冷たくて、滑らかな肌をしていた。
フェルが体をピクッと動かす。
そこで我に返って、パジャマの中から素早く手を抜き、フェルと距離を取る。
「ごめんなさい。フェル。どうか嫌いにならないで」
僕は早口でフェルに謝罪する。
「ほんとこんなことするつもりじゃなくって、いや本当はしたかったんだけど我慢してて、フェルがあんまり魅力的というか、なんか押さえが効かなくなっちゃって。その……」
僕はフェルの目を見ながら言った。
「自分の欲望だけでフェルのこと今抱いたら、フェルに襲いかかったあいつらと一緒になっちゃう。僕は森でフェルのこと助けたときにこの綺麗な女の人を守りたいって思ったんだ……。ほんとだよ。ずっとこの人と一緒にいられたらいいのになって、この人のことを守ってあげたいなって、その時思ったんだ。僕はまだ王都に来てからまだ何にもできてない。狩りだってフェルの後ろで素材を回収してるだけ。いっぱいホーンラビットを討伐したけど、僕が倒したのって10匹もいないんじゃない?僕はずっとフェルに頼りきりだ。そんなやつがフェルのことこの先ずっと守るからとか言えないよ。僕は自分自身の力でやっていける自信のようなものが欲しいんだ。ちゃんと自立して、仕事も頑張ってフェルのことしっかり支えてあげるようになるまで……本当に我慢できるかわからないけど。……だからごめん。もう二度とこんなこと無理矢理しないから。許して欲しい」
フェルは僕の話を静かに聞いてくれている
「僕もこの先も2人で上手くやっていければ良いと思ってる。フェルとずっと一緒にいて、後ろめたい気持ちにはなりたくないんだ」
僕はフェルの顔を見ていられなくて近づいてフェルの肩を抱く。
お互いの顔が見えないくらい、僕らは布団の中で密着している。
フェルはされるがままに僕を受け入れてくれた。
フェルが僕の背中のパジャマの胸のところをキュッと握りしめる。
神様どうか、フェルとこのは先ずっと一緒にいられるようにいてください。
そのあとぽつりぽつりと、これからのこと、作りたい料理や、明日からの狩りの話、そんなことを話していたらいつの間にか僕は眠ってしまった。
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