第38話 ガンツ

 38 ガンツ  


 紹介してもらったガンツという鍛治職人の工房は、西門から南側に5、6分ほど歩いたところにあるようだ。

 西門を挟んでちょうどこの前のライツの工房の反対側だ。


 スラムから40分くらい歩くとガンツの工房が見つかった。


 怖い人だったらどうしよう。

 ちょっとドキドキしながら工房の中に入る。

 中は店になっていて、工房は奥にあるようだ。金属を叩く音が聞こえる。


「にいちゃん。なんの用だ?駆け出しの冒険者にはまだうちの店は早いと思うぞ。うちの武器はちょっと値が張るからな」


 思っていたよりも優しい声で、年配の髭を生やしたドワーフが、店に入った僕らに声をかける。話しながら年配のドワーフはフェルの持っている剣に目を止めた。


「そこのお嬢さんが下げてる……。すまんがお嬢さん、ちょっとその剣を見せてくれんかの」


 そう言って年配のドワーフはフェルが差し出した剣を受け取る。

 そしておもむろに剣を抜いてその剣を眺める。その姿だけでこの人が熟練の鍛治職人だと感じられた。

 なんとなくだけどうちのじいちゃんに雰囲気が似ている。

 剣を鞘にしまってフェルに渡すとその年配の鍛治師は言った。


「ありがとうお嬢さん。ワシの名前はガンツという。その剣は昔、知り合いに頼まれてワシが作ったものだ。絶対に折れない剣をと頼まれて打ったんだが、そいつは山奥でモンスターと戦った時に無くしてしまったのだ。その後誰かが拾ってきて、ギルドに転がっておるのは知っていたが、お嬢さんそれをどうやって手に入れた?その素材は丈夫な合金を、丹念に折り返し作ったんじゃが、いかんせん錆びやすくてな。手入れを怠るとすぐに錆びてしまう。サビだらけでボロボロじゃっただろう。お嬢さんが手入れしたのかい?」


「いや、それはこのケイがやってくれた。何かの薬品に漬け込んでな、そしてさらにそれを研いで、まるで新品のようにしてくれたのだ。お嬢さんはやめてくれないかご老人。私はフェルという。今日は私の装備とこのケイの装備を作ってもらえないかと思って来た」


「フェル、ワシもガンツと呼び捨てで良い。こう見えてもドワーフの中では老人と呼ばれるほど歳をとっているわけではないぞ」


 そう言ったガンツにフェルは丁寧に謝罪して、ガンツを真っ直ぐにみて話し出す。


「その剣を打った貴殿にお願いがある。どうか私たちの防具を作っていただきたい。私たちの命を預けられる素晴らしいものをあなたなら用意していただけるはずだ。足りなければ少しずつでもお金は必ず払う。この剣は素晴らしい。決して折れない剣か。この剣は人を守るための剣だと思って使っていた。これはギルドのマスターから元々、木刀のかわりにしろと安く譲ってもらったものなのだが、その切れ味ではなく、刃こぼれしない堅牢な拵えが、私は気に入っている」


 フェルは僕のことをチラリとみてから話を続ける。


「決して折れないというその剣は、きっと私の大切な人を守る力になってくれる。それに、もし私が一人で危ない目にあったとしても、私をその人の元に無事返してくれる。そんな気にさせてくれるのだ」


 ガンツは優しい目をしてフェルに言う。


「ありがとうよ、フェル。ワシの打った剣をそんなふうに想ってくれて。フェルの言う通り、その剣を頼んだ男も、皆を守れる決して折れない剣が欲しいと言っておった。あいつは山奥で無くしてきやがったがな。ギルドに置いてあったのを見つけたが放置してたのはそいつへの嫌がらせだな。かまわんよ、フェル、もうそれはお前さんのものだ。ワシがその剣に込めた想いを継いで大切に使ってくれたらうれしいぞ」


 そして少し真剣な表情をしてガンツはフェルに質問した。


「フェル、一つだけ聞かせておくれ?お前さんの立ち振る舞い、剣の扱い、その腕前。おそらく以前は騎士をしていたと思うが、この王都に女性の騎士はおらん。他の国で騎士をしていたほどの者がこの国で冒険者を始めるというのはそれほど多くある事ではない。おそらくどこかの国を追われて王都に来たと思うんじゃが、ワシにはお主が何か悪さをするような人間には見えないのだ。一体、オヌシに何があった?」


 フェルは真っ直ぐガンツを見つめる。

 一呼吸おいてフェルが話し始めた。


「ガンツの言う通り、私はついこの間まで隣国の騎士であった。野外訓練中に部隊の男どもに襲われそうになり、1人の騎士の片腕を切り飛ばして逃げたのだ。山の中でケガして倒れているところをこのケイに助けられ、ケイが私の死を偽装してくれた。ケイは探しにきた追っ手の騎士達に、壊れた私の鎧を見つけさせ、私が死んだと思わせて追い払ったのだ。さらに村を出る私に合わせて、王都まで一緒について来てくれたのだ。今私たちは共に暮らしている。王都に来たのは6日ほど前になる。依頼を受けて多少金が入ったので装備を整えに来たのだ。ガンツ、まずはケイに鎧を作ってくれないだろうか?」


 そう言ってフェルはガンツに深々と頭を下げた。


 ちょっと待って、作るのはフェルの分が先だよ?作戦だと僕は後ろでお肉焼くだけなんだから。


 ガンツは優しくフェルの体を起こしてやり、今度は僕の方に体を向けた。


「さて、ケイだったな。オヌシのことも少し教えておくれ。オヌシ、他に自分で研いだ刃物は何か他に持っているか?」


 僕はマジックバッグから自分の包丁を取り出し、ガンツに渡した。ガンツは、研ぎ過ぎてすっかり小さくなってしまった包丁をじっくり眺めてから僕に返す。

 僕はいつものように丁寧に布で巻き、マジックバッグに入れた。

 その様子を見てガンツの機嫌が良くなる。


「あの、南の森の方で砥石を採取して来たのですが、こちらで引き取ってはもらえませんか?」


「ん?砥石か?そりゃ引き取ってやれんこともないが……そんなに高くは買い取れんぞ。あぁこれか。銅貨5枚ってとこじゃの。それよりちょっとやってみて欲しいことがある。出来次第では砥石の買い取りの値段より良い報酬を出そう」


 僕とフェルは工房の中に案内され、ガンツは作業していた弟子に場所をあけさせて、砥石と解体用のナイフを持ってきた。


「これは弟子に手本として、ワシが打ったものだ。もうワシはほとんど刃物は打たないのだが弟子に作業を教える時に作ったものだ。ケイ、これを研いでみろ」


 そう言われて砥石に水をかけ、包丁と同じように研いでみる。

 ちょっと違和感があったのでナイフの刃の部分を触り、ガンツにもう少し粗めの砥石がないか聞いてみる。

 ガンツが奥から持って来てくれたので、粗めの砥石と、仕上げ用の砥石を使い、10分くらいかけてナイフを仕上げた。

 ガンツは刃の表面をなで、それから皮の端切れを使い切れ味を確認する。


「ケイ、オヌシいい腕しとるな、研ぎだけならワシ以上だ、ワシの弟子になる気はないか?オヌシならそのうちワシを超える職人になれるかもしれんぞ」


 うれしそうにガンツは言うが、物作りは好きだけど鍛治職人にはあまり興味は持てなかった。欲しい道具はできれば誰かに作ってもらいたい。

 試行錯誤を繰り返してこの世界に無いものを作るのは少し面倒だ。

 食べ物なら全然頑張れるのだけど。


 ガンツに正直にそう伝えると、ガンツは笑顔でうなずいた。


「だが、冒険者は雨では依頼などできぬであろう。雨の日は危険だしな。そんな時はウチに来い、仕事をやる。ワシはお前が気に入った。ちゃんと金も払うから遠慮せずに働きに来い」


 ガンツは笑ってそう言って、解体用のナイフを僕にわたす。


「この解体用のナイフはお前にやる。あら研ぎは弟子に任せたのだが、ほんの少しの歪みによく気がついたな。大した歪みではないから無視したが、丁寧な仕事だ。うちの工房の売り物として扱っても全く問題はない」


「ガンツ、ありがとう。それで僕も作ってもらいたいものがあるんだけど相談に乗ってくれない?」


「いいぞ、向こうで話を聞こう。フェル、心配しなくてもお前達の防具も作ってやる。ワシの作るものはちょっと高いが、金ができたら一つずつ揃えていけば良い」


 ガンツはそう言って店の中の打ち合わせ用のスペースに僕らを案内して、お茶を入れてくれた。


「さて、まずはお前達の装備の話をしてしまおう。だいたい原価で作ってやるとしても、それなりにいい装備にするからの。今いくらまでなら払えるかの?」


「銀貨で50枚くらいなら払えます」

 

「ではまずは体を守るものだな。頭を守るものはちょっと高くなる。大事なものだからの。魔法の付与は必要なら、後で金ができたらやってやるから、まずはフェルの装備で銀貨25枚、そしてケイはおそらくこれから身長がもっと伸びるじゃろうな。あまり高価なものはまだ買わない方が良い。銀貨10枚だな。最近、朝、体が痛むことはないか?特に足の関節とかだが、どうだ」


 言われてみると心当たりがある。成長期かな。よし牛乳いっぱい飲もう。


 その後ガンツに戦い方を見せて、僕は工房の外で的を狙って何本か矢を打たされた。

 フェルは剣を使って素振りと、剣舞のような動きをガンツに見せた。

 それから工房の中に戻って採寸してもらう。フェルは別室で女性の従業員に採寸してもらった。


「さて、あとはケイの欲しいものだが、絵は描けるか?この紙を使っていいからどんなものか説明してくれ」


 僕は手回しのハンドル付きの精米器の絵を描いて説明する。


「なるほど、この取手を回すと中の羽が回るような仕組みだな。で、この米が中で擦れて汚れ?糠というのか?米から剥がれ落ちる。簡単にできると思うが、ケイよ。なぜこれは手で回す仕組みにするのだ?魔道具にしてしまえば、値段も変わらんし、楽だぞ」


「魔道具?できるの?ガンツ」


「何を言っとる。王都にある魔道具の半分はワシが作っとるのだぞ。こう見えてワシは魔道具職人としては有名なのだ。ケイ、今、その米は持っているか?ちょっと実際に精米じゃったか?その精米してるところを見せてくれるか?」


 そうガンツが言うので、ツボに米を入れて精米する。途中でガンツが僕の手を止め、精米途中の米を触る。ガンツにお昼の残りの梅干しのおにぎりをあげると、夢中になって2個全部食べた。

 お茶を飲んで一息ついてからガンツが話し始める。


 「なるほどの。精米してケイの言ってるように煮ればこんな美味い味になるんじゃな。よし、ケイ、ワシにも米の炊きかたを教えるのだ。精米器は明日の昼までには作ってやる。お前たちの装備の一部もな。その時に米の炊き方も教えてくれ。いいな、必ずだぞ」


 ガンツが興奮して早口で言う。


「それで中の回る羽だがな、これだけは木で作った方がいいじゃろう。鉄で作ると米が割れてしまう。回転は魔道具にして他の部品はワシの工房で作れるじゃろ。だがこの直接米に触る部分は木製の方が良いだろう。まずは木工職人のところに行くぞ。お前たちのことも紹介してやる。同じドワーフの職人で、血のつながりはないが母方の親戚でな、アイツが小さい頃から知っておる。忘れ物はないな、少し急ぐぞ」


 そう言ってガンツは僕たちを連れて外に出た。

















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