第34話 基本は逃げること

 34 基本は逃げること   


 フェルに手を引かれて南門に行くとセシル姉さんはもうすでに待っていた。

 時計を見ると3分の遅刻だった。

 セシル姉さんに謝って、南門から狩り場に向かうことにする。

 門を出る時に、入場手続きをする3男とすれ違う。

 3男がヘラヘラと僕たちに手を振った。

 僕も笑顔で手を振って返す。

 その姿をセシル姉さんが鋭い目つきで見ていたが、僕にはその理由がわからなかった。


 門を出て、少しひらけた場所でセシル姉さんが言う。


「今日はいい機会だから冒険者についてお前たちにいろいろ教えて行くからな。先輩冒険者が、新人の指導をすることはギルドでも推奨されている」


 言いながらセシル姉さんは足首を回したり、肩を回したりしている。まさか。


「いいか、冒険者に必要なのは強さじゃない。剣の腕や、有効なスキルでもない。冒険者の基本は逃げること。つまり逃げ足だ」


 やっぱり。ということは。


「これから狩り場まで走って行くぞ。冒険者の仕事は危険を冒して成果を掴む仕事だが、死んでしまっては何もならない。勝てないとわかったのなら逃げるんだ。優秀な冒険者ほど撤退の判断は早い。逃げるために必要なのは重たい装備を着ていても長時間走れる持久力。持久力をつけるためには走るしかない。だから普段からこうして鍛えていればそうそう死ぬことはない。ということで、行くぞ」


 そう言ってセシル姉さんは走り出す。すぐにフェルが続き、その後を僕が追う。


 セシル姉さんは装備をつけているのにも関わらず、僕らの前を行く。途中涼しげな顔で振り向いて、僕たちのことを確認する。フェルは全く辛そうにしていないけど、僕は必死だ。


 山歩きして体力がある方だとは思うけど、このペースで顔色もかえず平気で走る2人は僕から見ればもう変人だ。


「最後ペース上げるぞー」


 セシル姉さんの声が聞こえる。

 顔を上げるとすごいスピードで遠ざかる2人の姿が見えた。何?あの2人。


 やっとのことで狩り場に着くと、昨日買った盾をつけ、感触を確かめるフェルと、現場を見つめて呆然としているセシル姉さんの姿があった。

 走り出す前に、いつも僕が背負ってるマジックバッグはフェルが持ってくれていた。


 その場に座り込み息を整える。フェルがタオルをくれた。ありがとうと言う余裕さえ今の僕にはない。


「ケイも少し走り込みをするといい。もう少し体力をつけた方が良いぞ」


 フェルは淡々と言うが返事ができない。

 少し呼吸が落ち着いた頃、表情をなくしたセシル姉さんが、僕のところに来る。


「アンタら何やったんだ?あの荒れ地の草が全くなくなってるじゃないか?」


「やっぱりまずかったですかね」


 僕はやっとの思いでセシル姉さんに言う。


「まずくはないが、そう言うことじゃないんだよ。どうやったらこうなるんだって聞いてるのさ。魔法かい?アンタたちこないだEランクに上がったばかりだって言ってたじゃないか?この狩り場に来たのなんて3、4日前だろ?」


「土魔法で、こんな感じに、ほら土を柔らかくして、そしたら雑草も簡単に抜けちゃうんです。生活魔法の応用です。多分誰でもできちゃうんじゃないですか?」


「アンタね……。普通そんなふうに魔法を使う奴なんていやしないよ。生活魔法っていうのはね、せいぜい火おこしとか水を出すとか、ちょっと明かりをつけるだとかそんなことしかできないんだ。アンタのそれは立派な土魔法。それにしても器用なことするね、無詠唱じゃないか」


「え?生活魔法って詠唱いらないでしょ?それと同じでただの家庭菜園の生活魔法って思ってました」


「生活魔法で家庭菜園って、そんな話聞いたことないよ。確かにしょっちゅう使ってりゃ、慣れで無詠唱で使えたりするけど、アンタはのはちょっとおかしいね。多分アンタには土属性の適性がある。教会で調べてもらったことないのかい?平民でも10歳になれば教会に行って自分の適性やらスキルやら調べてもらって、自分の進路を決めるんだよ?見てもらったことないのかい?」


「村には教会なんてありませんでした。ひと月前にはじめて、フェルと村を出たんです」


「一度調べてもらった方がいいかもね、自分の使命だとか、恩恵とか、そういう特殊な才能があるかとか、色々わかることもあるらしいからね、けっこうお金は取られるけど、一度行ってみた方がいいと思うよ」


 鑑定の能力だろうか?いろいろと自分のこと知られてしまうかも。

 前世の記憶があるとか鑑定の結果で出れば、どうなっちゃうんだろ。騒ぎになって城に連れてかれて、なんかいろいろ働かせられてしまうんじゃないだろうか?


 それは嫌だな。別に冒険者として大成するとか、すごい剣士になりたいだとか全く興味がない。フェルも強い男がタイプじゃないって言ってるし、そこで頑張る必要もないと思う。


 僕はただ、この先もフェルと一緒にいて、幸せな暮らしができれば良いのだ。

 平凡でいい、僕の人生に波乱はいらない。フェルとイチャイチャしながらこの先も暮らしていければそれでいいのだ。教会にいくのはよそう。お金もないし。


「ねえ、セシル姉さん。教会はそのうち行くとして、これからどうすればいいの?昨日みたいに僕たちで勝手にやればいいのかな?それともちゃんと説明した方がいい?」


 疲れていたので、うっかり心の中で呼んでいた呼び方をしてしまった。

 セシル姉さんはちょっと顔を赤くして、動揺しながら。


「セシル……姉さんだと……いいな……これ……」


 なんか震えている。

 そのあとまだ少し顔の赤いセシル姉さんは、咳払いをして言った。


「あー、まずはなんでこんなことをしたか説明してもらおうか。細かいところまではいいからさ」


 僕は簡単にこれまでの経緯を説明する。


「なるほどね。わかった。じゃあ一度今まで通りアンタたちの狩りを見せてくれる?アタシがどう手助けすればいいか見るからさ」


 エサの用意をして、雑草が抜かれてすっかり綺麗になった荒れ地に乗り込む。

 昨日餌を撒いたあたりにホーンラビットが数匹いたので弓で倒す。フェルがやった方が早いのだが、少しいいところを見せたくて僕がやった。

 矢とホーンラビットを回収し、餌をばら撒く。

 フェルに餌を渡すと、かなり遠くの方まで投げてくれた。少し離れて待つといつものようにホーンラビットが集まってくる。


 フェルがそれを片っ端から処理して、僕がマジックバッグにホーンラビットをどんどん入れて行く。

 やっぱり朝は活動的なのか38匹のホーンラビットが狩れた。

 河原でみんなで血抜きをする。セシル姉さんも手伝ってくれた。


「アンタたちやるじゃないか!これなら昨日の討伐数にも納得がいったわ。今度はアタシがケイの役割をやったげるから、ケイは……とりあえず……そうね、溜まったホーンラビットをどんどん血抜きしなさい。残念だけどこの狩りのやり方だと弓はほとんど意味がないからね」


 セシル姉さんは僕たちに慣れてきたのか、たまに女性っぽい話し方になる。普段は荒っぽい男性的な話し方だが、驚いたり、慌てたりすると女性的な言葉遣いになる。多分こっちが素なんだろう。


 血抜きをしているとき、セシル姉さんが来て、こっそり、一度、セシルお姉ちゃんって言ってくれないかとお願いされる。お金を払うとまで言われたが、丁重にお断りする。


 2回戦目はセシル姉さんの仕切りで始まる。

 まず僕らは森側にもう50メートル雑草を抜く。セシル姉さんは僕の草むしりの魔法に感心してくれた。


「フェル。アンタはケイのそばで出てきたホーンラビットを処理しなさい。ケイ?アンタ足でも魔法が使えんのかい?変なことする子だね。普通そんなことする魔法使いなんていないわよ」


 そうかな、すごく便利なのに。

 20分ほどで草むしりは終わって、セシル姉さんの指示で、持ってるクズ野菜を全部エサに加工する。あぁ、ここまだ食べられるのに、もったいないな。そんな気持ちを抑え込んで、無心でエサを用意する。


 15年間貧乏暮らしを続けてきた僕は、病的な貧乏症だ。じいちゃんと2人でいた時の夕飯のスープは、だいたいは野菜クズとか使って作っていた。フェルには食べさせてないけど。


「その餌全部この袋に入れてアタシによこしな。ホーンラビットは午前中の方が活発だからここからは一気に行くよ。ときどき草を刈って森の方まで行くからね。フェル、疲れたら言いなよ。休憩にするから」


 そうセシル姉さんが言って、狩りが始まった。

 フェルがホーンラビットを倒し、セシル姉さんが1ヶ所に集める。それを僕がマジックバッグにどんどん入れていき、溜まったら血抜きに向かう。大まかにはこういう動きだ。


 そこからはすごかった。

 セシル姉さんの動きが半端じゃなかった。

 フェルが瞬殺するホーンラビットを片っ端から放り投げ、1ヶ所にどんどん積み上げて行く。


 ときどき草を持っている双剣で刈って、刈ったところにエサを撒く。ホーンラビットがその草を刈ったところに集まって来ると、フェルに声をかけて位置を入れ替え、今度は反対側の草を刈る。

 その間にもホーンラビットをどんどん放り投げあっという間に死骸の山ができる。

 

そのスピードは僕がマジックバッグに入れるスピードとほとんど変わらない。

 ある程度溜まったところで河原に行き血抜きする。戻ると山ができているので、ひたすら往復して血抜きをする。


 手を血まみれにしながら血抜きをしていたらフェルとセシル姉さんが戻って来た。森の方にたどり着いたので一旦休憩だと言う。手を洗って2人に麦茶を渡す。川の上流で冷やしておいたのだ。

 麦茶を飲んでセシル姉さんが懐かしいという。生まれた村でも麦茶があったらしい。

 そしてセシル姉さんが自分のマジックバッグから死体をどさどさと出して行く。


 昼食にはまだ早いので、もう1回戦やって今日は終わることになった。

 森の中にいるホーンラビットまで誘き寄せるらしい。森の中に入っていいのかと聞くと、バレなきゃいいのさ。そう言ってセシル姉さんが悪い顔で笑った。


 まだ使ってない杭を抜いて、森の方に近いところに血抜きの拠点を作る。

 セシル姉さんの合図で作業開始だ。


 荒れ地と河原を往復しながら、フェルたちの様子を見る。森に近いのでたまにゴブリンもやって来る。今回はセシル姉さんも狩りに参加し、どんどん死骸を積み重ねて行く。さっきより忙しい。


 狩りが終わったのはちょうど太陽が真上に登ったころだった。血抜きの拠点を川の上流に移して、お昼ごはんにする。


 いつもの塩結びだけじゃなく、ゴードンさんちの梅干しがある。それだけじゃ寂しいのでホーンラビットを1匹潰して焼き肉にして振る舞った。スパイスと胡椒の効いたウサギ肉は、天気が良かったせいもあり、とてもおいしかった。フェルは梅干しにハマって、その酸っぱさに顔を歪めながら5個も食べた。


 冷やしておいた麦茶を飲んで一息つく。


 残った麦茶を水筒に入れていたらセシル姉さんが、ゴブリンの討伐作戦のことを話してくれる。
















 

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