第32話 テントの中 ⭐︎
32 テントの中
中央に戻って時計を見ると5時30分。
お風呂に入って、髪を乾かして、6時半にはここを出たいからなるべく急ごう。
フェルとの待ち合わせはあのいつものベンチにして、急いでお風呂に入った。
出る時に公衆浴場にあった時計を見ると6時15分だった。
ベンチに向かえばもうフェルは先に来て待っていた。髪を触るとまだ温かかったので、フェルも今来たところなんだと思った。よかった、あんまり待たせないで。
15分かけてゆっくり優しくフェルの髪を乾かした。
待ち合わせの10分前には南門に着いて、3男を待つ。
僕らが着いてすぐに、遠くからニコニコしながら手を振って、ほんとに3男がやって来た。
大丈夫なのかな。3男って商会の偉い人なんじゃないの?自由過ぎない?
3男は自分のテントと僕らと同じ折りたたみの椅子を1人で担いでやって来た。
マジックバッグは店のものだからプライベートの時はなるべく使わないのだそうだ。
3男と合流して3人で門を出る。門番が3男をみて一瞬ぎょっとするが、すぐにいつもの顔に戻った。
3男はその門番に手を振ってる。
3男は自分のテント、僕とフェルは今日3男のとこで買ったテントを組み立てる。土魔法で地面を柔らかくして、マジックバッグに入っている雑草をしいた。この上にテントを張ればフカフカの寝床になるはずだ。
3男が僕もと騒ぐので3男のテントの下も同じようにしてあげた。
フェルがいつものように素振りを始めて、僕は今日買って来たものも含めて、料理に使う道具を折りたたみの机に並べた。
3男は円形の折りたたみのテーブルを作るのを手伝ってくれただけで、自分のテントの前で焚き火を始めて、椅子に座って持って来た酒をちびちび飲んでいる。楽しそうに体を前後にゆらして、たまに棒で焚き火をいじる。ほんとに自由な人だなぁ。
食卓のがたつきを土魔法で調整して、買って来た椅子を並べる。3男が座りそうなあたりを空けておいた。
新しい食器を水魔法で洗って、料理を始める。
今日のメニューはホーンラビットの照り焼き、適当サラダ、ご飯と味噌汁、きゅうりの浅漬け、デザートはりんごだ。品数が増えて来て少し嬉しい。フェルも喜んでくれてるかな?
まずはご飯と味噌汁から作っていく。
お米はテントを張る前に研いでおいたから、あとは炊くだけだ。
味噌汁の出汁にホーンラビットの骨を使ってみる。お湯が沸くまでの時間できゅうりの浅漬けを作る。
塩揉みしたきゅうりを一度洗って、あとは塩をかけて放置だけど、たぶんなんとかなるだろ。ビニール袋とか、タッパーとかないし。
レタスとトマトを適当に切って大皿に盛っていく。3人分だから多めに盛りつける。
玉ねぎは薄切りにしてその上にばら撒いた。
味噌汁の鍋が沸いたのでアクをとって、残っていたキャベツを千切りにして入れて、火を弱めた。
キャベツがしんなりして来たら鍋をぐるぐるかき混ぜて、溶いたタマゴを細く、ゆっくり鍋に注いだ。軽くかき混ぜて、火を止めて味噌を入れる。
味見してみたら、ちょっと出汁に野生味を感じるが、これはこれでありかなと思った。
魚介ベースの出汁が欲しい。
味噌汁の鍋をコンロからおろして机の上に置いておく。
きゅうりがいい感じにしんなりして、だいぶ水分が出て来ていたので、端っこを切って塩を払って味見する。
もうちょっとつけておいたほうがいいみたい。
サラダのドレッシングはほとんど昨日と同じだけど、お酢の代わりに今日はレモンを使った。
照り焼きのタレを先に作っておいておく。
ご飯はあと少しで炊けそうだ。
少し机の上を片付けていたらご飯が炊ける。火から降ろして蒸らす。
フライパンでウサギの肉を焼く。
満遍なく焦げ目をつけたら、火を弱めて照り焼きのタレを入れる。タレをかけつつときどき裏返したりして、じっくり肉に火を通す。
そろそろかなって思って、肉を切って見るといい感じに仕上がっている。箸で食べやすいように一口サイズに切って大皿に盛り、さらに上からタレをかけて完成。
味噌汁を弱火で温め直す。その間にご飯を今日買ったお椀によそって、3男の分は食器がないから皿に盛る。味噌汁はフェルがやってくれた。
きゅうりの塩を井戸の水で洗い流して薄切りにする。小皿に盛って食卓に。
出来上がった料理を全部並べたらサラダにドレッシングをかけて完成だ。
3男にはフォークとスプーンを出しておいた。
僕だけ、いただきます、と言ったらそれはなんだと聞かれたので簡単に説明したら、みんないただきますと言って食べ始めた。
3男が、目を見開いて震えている。
フェルは目を閉じて静かに咀嚼している。
そして僕だけが普通に食べている。
3男の意識がもどって、すごいスピードで食べ始めた。それを見たフェルも食べるスピードを上げた。そんな2人を見て、僕は食べるのをやめて無言で照り焼きのおかわりを作り始めた。
3男は皿に盛ったご飯をを食べ終わり、おかわりを求めた。
僕がお皿を受け取ったら3男が深呼吸をするみたいに大きく息をはいた。
ご飯のおかわりを受け取って3男が話し出す。
なんだか長くなりそうなので肉を焼きながら聞いた。
「すごいよーケイくん。これ醤油を使ってるんだよねー。それでこっちのスープは味噌汁ってやつでしょー。話には聞いてたけど初めて食べたよー。それからお米。これすごく美味しいね。王都でも出してるお店はあるけど、こんなに美味しくないよ。あとさ、フェルちゃんの使ってるのってお箸だよねー。実は僕もお箸使えるんだー。ねーケイくん予備のお箸ってないのー?僕もお箸で食べたいなー」
3男に予備のお箸を渡すと3男は嬉しそうにおかわりのご飯をきゅうりの漬物と一緒に食べ出した。
「これって東の国の料理じゃない?ケイくん黒髪だからもしかして東の国の人?」
漬物を箸でつまみつつ3男が言う。
じいちゃんが東の国から来ただけで僕は王国の端っこのど田舎の生まれだと話す。
「そうなんだーおじいさまがねー。領都の先にさ、大きな港があるんだー。そこで東の国の商人と船乗りたちとでみんなでお酒を飲んだんだよ。砂浜でねー。それで盛りあがっちゃってさー。醤油と味噌はその人たちから買って来たんだよ。領都で売ってる値段よりだいぶ安くしてもらったんだー。父にはその時の酒代も仕入れ代として報告したから実際領都で仕入れるのと値段は変わらないことになってるけどねー。あ、これ内緒だからね。盛りあがりすぎて、僕の奢りだーって港で売る予定だったワインとか全部開けちゃって、いやーあの時は楽しかったなー」
そうか。3男はどこでも3男なんだな。
「みんなが東の国の料理を自慢するからさー、いつか食べたいって、思ってたんだよねー。調味料を手に入れれば王都の誰かが作ってくれるような気がしたんだよ。だから結構多めに買って帰ったら父に叱られちゃったー。でも僕の予感って結構当たるんだよねー。ケイくんにこうして東の国の料理作ってもらえたわけだしねー」
3男は器用に箸を動かして、味噌汁のキャベツを摘んで食べた。
ほんとにちゃんと使えるんだ。すごいぞ3男。
僕はおかわりの照り焼きをお皿に盛った。
そしてまた照り焼きを作る。お肉はこれで最後だ。最後の照り焼きは唐辛子を入れてピリ辛にしてみた。
フェルは静かに追加の照り焼きを食べている。人前だからあまり興奮しないようにしているのかな。そういうとこも好きだなぁ。
僕だけの前ではしゃぐフェルのことを考えて、少しにやけた。
「あーケイくんごめん、まだお米ってある?美味しすぎて止まらないよ」
「ならば私が入れてこよう。私もおかわりするからついでだ。遠慮はいらないぞ」
「ありがとーフェルちゃん。ところで2人って付き合ってるの?もうキスとかしたー?」
フェルが動揺して3男の皿を落とす。顔を真っ赤にしながら皿に浄化魔法をかけている。
「ま、まだ付き合ってなんてないから、フェルと出会ってまだひと月も経ってないから、早すぎるから、そ、そ、そういうのはもっと時間をかけてさ、ゆっくりさ」
僕も動揺しながら答えた。僕の顔も熱い。たぶんフェルと同じくらい真っ赤なんだろう。
「なるほどーまだ、ね。でもそういうのは出会った時間とか関係ないと思うけどねー。今日お店で会った時からずっとお似合いの2人だなーって思ってたよ。父もね。普段そういうこと言わない人だけど、2人のこと微笑ましい恋人たちだったって言ってたよ。付き合うようになったら教えてねー。何か記念になる贈り物を用意しておくから」
3男の中では僕たちが付き合うことはもう確定事項らしい。ゼランドさんそんなこと話してたのか。喋りすぎだよ。いくら身内でも、個人情報を漏らし過ぎ。
3男におかわりのご飯を渡すフェルの顔はまだ赤かった。
あっという間に2回目の照り焼きがなくなり、出来上がったばかりの最後のおかわりをお皿に盛り付けた。
フェルはもう満足したようだ。サラダの皿は空っぽだ。僕は一口も食べれていない。
リンゴをささっと剥いてフェルの空いたお椀に入れてやる。もう食器がないのだ。
それでもフェルはぱーっとその表情を輝かせて、僕に目線で感謝の気持ちを伝えてくる。
僕がにっこり笑うとフェルはリンゴを一口一口味わいながらゆっくりと食べ出した。
やばい。今日のフェルもかわいい。悪いけど3男が邪魔だ。
3男はリンゴはいらないみたい。照り焼きと漬物でお酒を飲むんだって、今お酒の瓶を取りに行ってる。
お味噌汁をもう一度温め直して、自分の器によそった。
料理とお酒、料理とお酒、規則正しいリズムで、そして何かを口にするたび、うなずいて。またお酒を飲んではうなずいて。まるでそういう人形みたいに3男が動く。
そんなロボット化した3男の前で、淡々とご飯食べて僕は食事を終わらせた。
後片付けは後回しにして、もう一度お米を炊いた。明日のおにぎりにするのだ。お米がまだ1回分、だいたい5合くらいだと思う、そのくらい残っていたのでぜんぶ研いで水にひたした。それをマジックバッグに入れる。
実は昨日の夜、実験したのだ。麦茶を入れたコップをマジックバッグに入れて、激しくバッグを振ってからその麦茶を取り出しても、一滴もこぼれてなかった。
どうやらマジックバッグってそういうものらしい。
でもなんか気持ち悪いから、なるべく何かフタができる容器に入れて食材は入れるようにしている。切ってない野菜とかは別にいいけど。
フェルが僕のところに近寄って来て、小さな声で麦茶が飲みたいとねだる。フェルの頭を撫でてちょっとだけ待ってね。すぐ作ると小さい子供のように喜んだ。
3男はピリ辛の照り焼きを食べ尽くし、胡瓜の漬物をつまみにして酒を飲んでいる。よく飲むなぁ。
食器を回収して、麦茶の入ったやかんを火にかけてからフェルと洗い物をしにいく。
気持ち昨日より洗い場でのフェルの距離が近い気がする。ときどきフェルと体が軽くぶつかる。
ずっとこうして洗い物をしていたい気分になったけど明日も早いのでさっさと終わらせて戻る。
戻ると3男は食卓に頭を乗せて眠っていた。
肩を叩きながら呼びかけると、いきなり3男が立ち上がって「もう寝ます!」と叫んで自分のテントに入って行った。フェルが3男の焚き火の火の始末をしてくれた。
後片付けをして食卓のテーブルを拭くと、フェルが「食卓の分解をしておくから麦茶を淹れてくれ」という。1人で軽々とテーブルをひっくり返し、どんどん分解していく。
結構重たいと思うんだけどな。そのテーブル。
片付けを終わらせて、麦茶を持ってテントに2人で入った。テントの真ん中で体を寄せ合うように座って静かに麦茶を飲む。麦茶はまだ温かかった。もちろん麦茶には少しお砂糖を入れた。
隣のテントの中から3男のいびきが聞こえてくる。
僕は勇気を出してフェルの肩をそっと抱いた。フェルは嫌がらなかった。
フェルが少しずつ僕の方にもたれかかって来て、体がふれあう面積が徐々に広がっていく。
3男のいびきの音もだんだん大きくなる。
僕たち2人も体を密着させて行く。
すると突然、3男のいびきが止んで静かになる。ハッとしてフェルと見つめ合い、声を殺して2人とも大笑いした。
その後昨日みたいに毛布を重ねてテントの真ん中で今日はフェルを抱きしめて眠った。
ときどきフェルが僕の背中に何か文字を書いていたようだったけど、いつのまにか僕は眠ってしまった。
>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけたら★評価とフォローをお願いします。
作者の今後の励みになりますのでどうぞよろしくお願いいたします。
今後ともフェルのこと、よろしくお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます