第3話
新奈みたいな目立つ子が噂を発信すると、下手をすると情報源に行きついてしまう危険がある。けれど私のように目立たない存在が噂を流すと、伝わっている間に情報源が誰なのか辿れなくなってしまう。
友達の友達から聞いたんだけどね。そんな断りの元、発信者が曖昧なまま流れていく話は、尾ひれをくっつけながら育っていく。
可愛く美しい子たちが堕ちていく様を見るのも楽しかったが、流した噂が大魚に育つのを見るのも楽しかった。
出所不明の噂を嬉々として流し続ける傍観者の醜さ。天使たちに寄り添うふりをして、愉悦の表情を浮かべながら噂を話す取り巻きたち。彼女たちも私と同じ。あわよくば堕ちてしまえば良いと思っている人たち。
傷つき、悲しみ、怒り、困惑する天使たち。彼女たちの美しい顔が歪み、周りが心配そうな顔で優しい言葉をかけるけれども、その目は優越感に染まっている。
一人を堕とすごとに、快感が駆け巡る。
麻薬のように甘美な感覚に溺れ、次から次へと欲しくなる。
新奈と友達になってから三年。堕とした天使の数は覚えていないけれども、徐々に快感が弱まってきているのはわかっていた。
真新しい高校の制服に袖を通し、新奈と待ち合わせて登校する。幸い、私も新奈も似たような成績だったため、同じ学校に進学することが出来た。
高校生になってから、新奈は早速髪を染めて、化粧をするようになった。淡い栗色の髪は、新奈のはっきりとした顔立ちによく似合っていて、地毛だと言われれば納得してしまうほどに自然だった。
意外なことに新奈は時間に正確で、いつも待ち合わせの十分前には到着してスマホを操作していた。
私はどちらかと言うときっちりとした時間に到着したいタイプで、毎回新奈を待たせているが、彼女自身は時間までに来ていれば良いと言う考えだったため、今まで一度も時間のことで喧嘩をしたことがない。
いつもの待ち合わせ場所で柱に背を預けて立っていた新奈が、私の姿を見つけて大きく手を振る。いつもはスマホでSNSをしているため、こちらから声をかけてやっと気づくことが多いのに、今日は違っていた。
心なしか、新奈の表情が明るい。
「おはよう。なんだか今日は機嫌が良いね」
「そうなんだよね、今日は凄い機嫌が良いんだ。まだ何も話してないうちから分かっちゃうなんて、さすがは亜子だね」
並んで歩きだす。周囲の人々が、新奈に視線を向ける。数人が立ち止まって凝視し、何人かが振り返って二度見するのを感じる。彼らは決まって新奈をじっくり見た後で私にもチラリと目を向け、すぐに彼女へと視線を戻す。
一瞬だけ私に向けられる好奇心の意味も、すぐにそらされる理由も、分かっていた。
美少女の友達なら、きっとその子も可愛いのだろう。期待に満ちた視線は、何事もなかったかのように私の上を通過していく。
私は中の下。決して可愛いとは言えない容姿だ。だから、なかったことにされるのだろう。
「やっぱり可愛い子って、自分よりブスを連れて歩くものなんだね。性格悪い」
群衆の中から、そんな言葉だけが鮮明に聞き取れる。
新奈は確かに、自分よりも可愛い子は認めないという性格の悪い子だ。けれど友人と陰口をたたいて嘲笑するあなたはどうなのだろうか?
「だからね、新奈はテニス部に入ることにしたんだけど、亜子ちゃんって絵が得意でしょう? 美術部なんてどうかなって思って」
鬱々とした気分で歩いていたせいで、新奈の話が全く聞こえていなかった。
「ごめん、何の話? ぼーっとしてて聞いてなかった」
すぐに謝罪の言葉を口にするが、新奈は無視されるのが一番嫌いだ。癇癪を起こしたときに備えて、彼女の心を安定させる言葉をいくつか用意するが、今日の新奈は特別に機嫌が良かった。
「もう、ちゃんと聞いててよね。それとも、具合でも悪いの?」
「ごめんごめん。昨日テレビ見てたら寝るのが遅くなっちゃっただけ」
嘘だ。いつもと同じ時間に寝たし、同じ時間に起きた。
幼いころ、両親から何度も嘘はいけないことだと教わった。嘘つきは泥棒のはじまりだと。
今では、無意識でも嘘をつけるようになった。そこに罪悪感はない。でもまだ、泥棒ではない。人の物を盗ったことは一度もない。
「新奈、学校のことを色々と調べたんだけどね、うちの高校、学園祭の時に秘密裏にミスコンをやってるらしいんだ。男子の間で密かに投票が行われてるんだって」
以前は学園祭の目玉企画の一つとして大々的に実施していたようだが、昨今の世の流れに勝てずに、数年前からコンテスト自体がなくなってしまったらしい。
しかし、容姿だけで女子を審査するのはいかがなものかと声高に主張したところで、可愛いは正義だし、美少女が集まれば自然と誰が一番美しいのかを決めたくなる。
「新奈もあと数年早く生まれてれば、ミスコンの舞台に立てたのになあ」
ため息交じりに、新奈が不満を吐露する。
きっと、見た目で人を決めるなんておかしいと声高に主張する大多数の人は、それで不利益を被る私みたいな人なのだろう。容姿に自信がないからこそ、外見だけで人を決めるのはおかしい、内面にこそ目を向けるべきだと言う。
けれど新奈のように見た目に自信のある子は、果たして同じ意見なのだろうか。
少なくとも新奈は、外見を見てほしいと思っている。新奈は信じられないくらい外見にお金をかけているし、体型を維持するためにも、食事や運動など日々ストイックにこなしている。
「でね、去年の優勝者は二年生の桜井先輩なんだって。気になって見に行って見たんだけど、凄い美人だったよ。しかも、頭脳明晰で文武両道。歌もうまくて絵の才能もあるんだって。周りの人たちに少し話を聞いてみたんだけど、悪い噂は一切なかったんだ。優しくて誰にでも平等だって。まさに完璧って感じの人だったんだよね」
新奈が誰かに対して完璧という評価を下すなんて、初めてだった。今までは、いくら完璧な子だという噂を聞いても、何かしらのマイナス情報を持ってきていた。
可愛いけれども成績が悪い、美人だけれども歌が下手、才色兼備だけれどもドジが多いなど、人には長所があれば短所もある。
完璧ではないからこそ、人間らしいとも言える。
「二位と三位は誰だったの?」
「二位の人は卒業しちゃった人で、三位の人はカナダに留学に行ってるんだって」
さすがの新奈でも、カナダまで追っていくことはできない。
「桜井先輩は美術部なんだって。それでさ、亜子がまだ部活決めてないなら、美術部なんてどうかな? 新奈が入ることも考えたんだけど、絵の才能皆無だから難しいんだよね」
大きな瞳が、意味ありげに細められる。獲物を見つけたときの肉食動物に似た目つきだった。今までに何度も見たことがあるものだ。
「先輩の何を知りたいの?」
「全部だよ」
新奈の顔から笑顔が剥がれ落ちる。綺麗な顔立ちの子ほど、無表情になると怖い。
「新奈はね、完璧な女の子なんていないと思うんだ。だって、新奈が完璧じゃないんだから」
完璧な人間などいない。その点に関してだけは、彼女と意見が同じだった。
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