第34話 解決したかに思われた事件の黒幕は……

 飛び立った飛行機の中で、耕司は茶色の封筒を取り出した。実のところ白鳥美月に渡した封筒には確かに脇田壮二郎の原稿が入っていたが、無論自身の所有物でない借り物を他人に渡してしまえるわけもなく、その場限りで耕司の手元に返ってきていた。ちなみにあの時一緒に入っていた個人情報の羅列の表は、耕司が適当に作成した自身の小説登場人物の頭の中での情報である。

 原稿を捲ると伊達隆臣の名前があり、何者かに襲撃されたところから話は再開されていた。隆臣が目覚めたときには病院のベッドの上、そこにはいつも事件が起こる度に世話になっている(世話している)警視庁の日賀刑事が立っており、隆臣から襲撃時の話を聞き取る。隆臣はここで女がある組織の犯罪グループに加担していること、その夫と名乗っていた男はそのグループの一味であることを聞かされるのである。

 ここまで読んで耕司は妙に背筋が冷たくなるような感覚になった。

 隆臣は女をうまく誘導して犯罪組織の壊滅を謀る。そしてそれは成功した。表面的には。女はここにははっきりと登場しない黒幕に動かされていた。そしてこの黒幕が伊達隆臣探偵が今後巻き込まれる様々な事件に関わっていく。

 この話は一般的に、伊達隆臣シリーズの第一作目と思われている作品に繋がるように描かれていた。つまり今自分が手にしている作品は伊達隆臣作品の起点となる零章ということだ。

 なぜここまで小説の中の出来事が自分の身近な事件に似通っているのだろう。これは本当にフィクションなのであろうか。そこまで考えて、耕司はふと榊原順一郎との会話を思い出した。彼は言った。この作品を書き終えた理由を

「君のためでもある」

 と。

 榊原は自分に何を伝えたかったのだろうか。女の背後にある黒幕とは一体何者なのか。もしこれが自分の身に起きた出来事と重なるとすればこの黒幕は。

「脇田壮二郎」

 その人以外には考えられなかった。

 榊原は原稿の続きを耕司に読ませることで警告しているのかもしれない。あの作品通りに進んだ現実、いや犯罪計画を台無しにされたことに対しての報復と、その糸を自分が操っていることを口外させないために。

「待てよ」

 ここまで考えて耕司ははたと息を呑んだ。伊達隆臣作品の次の犠牲者は誰だったか。

(太陽)

 その名前に行き着いて自分が空の上にいることに今更ながらに気付いた。

 空の上では携帯電話は使えない。連絡が取れない。

 耕司はたった数時間のフライトが終わるのを逸る気持ちで祈った。大切な親友に何もなければ良いが。

 こんな話をしても

「お前小説の読みすぎやねん」

 言われることは分かっていたが、どうにもこの考えを消し去ることができなかった。


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