第25話河野の聞き取り、耕司の天然炸裂!
誰もいない部屋でうつらうつらとしていたが、再び扉を開く音がしたので耕司は目を覚ました。
「悪い、起こしたか」
言ったのは河野であった。
「あ、いや、大丈夫です。こちらこそ俺のせいで迷惑かけたみたいですみませんでした」
「本当やで。この一ヶ月で俺にどれだけ救急車呼ばせんねんな」
別段自分が呼ばせたわけではないのだが丁重に謝っておく。先日会ったときよりは調子が良さそうだが、それでも病み上がりに無理をさせたものだとも思う。
「あの、河野さんずっと俺に付き添ってくれていたって、今日の勤務は大丈夫だったんですか」
「夜勤明けの休みや。夜勤明けやで。分かる?」
暗にとてつもなく眠たいということを示しているのだろう。相手は不機嫌そうな顔で腕を組んだままこちらを睨み付けている。
「ばり心配して付き添っとったら、あの女と会うとるって何やねんな。あ?」
「ですからそれには事情があって」
「どんな事情か聞いたるわ」
眠たいのは河野さんばかりではない、と言いたかったが、ここまで世話になっておいてぞんざいにもできないので耕司は警察に話した中身を繰り返した。たまに相槌を打ちながら聞いていた河野は
「何や、一応は俺の忠告聞いとったんか」
と呟いた。
「それにしてもその女のどこがそんな良かったん?」
問われて耕司は詰まった。
「別に僕は美鶴さんを好きだったわけじゃ」
「惚れてもおらんのにそこまでできるか。何やったっけ?彼女の笑顔が消えてなくなるくらいなら利用されてもええとか」
「あああああ」
恥ずかしくなって大声を出すと、巡回中の看護師が
「どうかされましたか?」
と扉を開いた。
「いや、何でも」
再び扉が閉まる。
河野は片眉を上げてからかうような素振りを見せた。
「勘弁してください。ようやく目を覚まして衝撃を受けているので」
「せやったな。悪かった」
「……えくぼです」
「?」
「美鶴さん笑ったときにえくぼができるんですよ」
「へえ」
「何っていうかすごく幸せそうに微笑むんです。それ見てると俺といるのがとっても楽しいって言われているみたいで。頬にえくぼが浮かぶ度にこっちまでうきうきしてきちゃって。えくぼって分かります?笑ったときに頬が少しへっこむんですよ。こう……」
「えくぼの説明は求めてへんよ」
河野は困ったように自分の右耳たぶを引っ張った。
「他になんかないんか。目がぱっちりしてるとか、女優の誰それに似てるとか。めっちゃ胸が大きいとか」
「特には。とにかくえくぼがめちゃくちゃ可愛いんですよ」
「もうええ。お前の話じゃえくぼのことしか分からへん。顔中えくぼだらけやん」
「そんなわけないでしょう、それじゃ化け物です。えくぼは頬の」
「分かってるわ!お前俺をおちょくってんのか」
「俺は真面目です」
河野は深くため息をついて
「お前と話してると気が抜けるわ」
吐き出すように言った。
「とにかくお前がえくぼマニアなんは分かったわ。ま、痘痕もえくぼって言うしな。気の毒やけど目ぇが覚めて良かったわ」
「他人事みたいに言ってますけど狙われたのは河野さんかもしれないですよ」
「は?」
相手は怪訝な顔をしてこちらを見やった。
「だって俺と美鶴さんの出会いは、彼女の叔母さんを助けたことだったんですから。どちらかと言えば河野さんの方がメインで助けてたじゃないですか。万一俺じゃなくて河野さんのところにお礼に行ってたら俺たち二人の立場は正反対だったと思いますけど」
「俺はそんな惚れ方はせえへん」
「せえへんって、人を好きになるのってそんなものでしょうか。気付かないうちに好きになっていたってもんじゃありません?」
「何やねん、恋愛を知り尽くしたような言い方やな」
「別にそんなんじゃありませんが。でも、あれですね、河野さんは確かに言葉もきついし粗雑なイメージな割に、意外と恋愛に関しては繊細な感じかも。もしかして初恋の人をずっと想っているとか」
「ちゃうわ」
「だって一目惚れみたいな出会いはしないってことでしょう。それ以外に出逢いって」
「あのなあ」
と言って河野の上着の胸ポケットから一枚写真が落ちて耕司のいるベットの上に落ちた。拾い上げてみると職場のイベントの写真だろう、河野が司会をしている姿が遠目に映っており、手前には利用者と笑顔で手を叩いている女の子が映っていた。河野が慌てたように写真を奪い取ったので、微かにベッドが揺れて
「痛っ」
頭を押さえる。
「あ、悪い」
心配そうな顔がこちらを覗き込んでいる。
「大丈夫です。ちょっと痛いですが。その女の子どこかで見たような」
「……」
「あ、そうか。『笑顔悩殺少女』だ」
「は?」
河野が呆けた顔をして口を開けている。
「その女の子って『陽だまり』の介護士さんですよね。名前は憶えてないけど笑顔が印象的だったな、と。花がありますよね、見ていて元気になるというか」
「……まさか思うけど、お前そういう目であいつのこと見てるんちゃうやろな」
「そういう目とは?」
「せやから」
相手が言いにくそうにしているので耕司ははっとして河野に顔を向けた。急に顔の角度を上げたので再び頭に鈍痛が走る。左手を額に当てて続ける。
「大丈夫です。僕人の彼女を好きになったりとかないですから」
「彼氏持ちの『美鶴さん』に本気になってたくせに」
「それは状況が違うでしょう。いいですよね河野さんは。彼女がいるんですから」
「は?」
「だってこの娘と付き合ってるんでしょう」
「付き合うてへんよ」
「いや、だって俺見ましたよ。この間車でどこかに出かけてたじゃないですか」
「あれは仕事上のことで。それに俺は振られるの確定やから」
「すでに気持ちは伝えているんですか。河野さんみたいな人でも振られるんだ。やっぱり男は顔じゃないってことですかね。言葉がきついんですよ。好きな女性にはもっと優しくしないと」
「お前、俺に喧嘩売ってんのか。……そういうことちゃうねん。俺といるとあいつが苦しむんや」
「彼女がそう言ったんですか」
「ちゃうけど」
「だったら何がいけないんですか。なぜ彼女が河野さんといると苦しむのか、俺には分からないですけど、というか彼女が河野さんのことを好きなのかどうかも知らないですが。どっちにしろ、相手の気持ちも聞かずに一方的に自分の気持ちを抑えるというのは恰好良いように見えて、実は相手のことを考えていないんじゃないですか」
「え?」
「苦しんでも一緒にいる道を選ぶかもしれないのに。それは相手の人間力をある意味見くびっているんじゃないでしょうか」
「……お前、時々すごいこと言うよな」
そう言って河野は一週間前に耕司に向かって忠告を放つ前に見せた表情を浮かべた。
「それにしても河野さんが『笑顔悩殺少女』のことをそこまで好きだったとは」
「あのさ、さっきから気になっててんけど、その『笑顔悩殺少女』っていうのは何なん」
「俺が頭の中で彼女に付けた名前です」
「お前、あいつにけったいなあだ名を付けるなよ」
河野は呆れたように、それでいてさも楽しそうに笑った。
「本当やったら毎日でも様子見に来たりたいけど、家族以外は基本お断りやから、俺はこれからは病室に入れへんと思う。お前、おかんにあんま心配掛けんなよ。ばり心配して、下手したらおかんのほうが倒れるか思たわ」
「本当すみません。そうします」
それだけ聞くと
「ほな、お大事に」
河野は後ろ手に手を振って病室を後にした。
耕司はその足音が聞こえなくなるまで目を開けていたが、猛烈に眠気に襲われて再び眠りの世界に引きづり込まれた。
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