第24話警察の聞き取り
部屋に耕司だけが残ると警察官は早速にこちらに向き直って寄家との出会い、それまでのやり取り、事件当日の概要を尋問してきた。耕司はかつて警察署に行って相談した通りのことを繰り返し、そこに昨日夜の出来事を付け加えて答えた。警察は、特に帰り際美鶴が耕司のどちら側に立っていたのか、どのような距離感で歩いていたのか、犯人に心当たりはあるかなど繰り返し尋ねた。
「あの」
言いかけた耕司に警察官は手帳から顔を上げて言葉を待つ。
「これって憶測みたいなことも話して構わないんでしょうか」
「そうですね。出来れば事実だけを述べてもらうのが一番でしょうが、そのときの雰囲気や当事者が感じたことも事件を解決するにあたり、重要な場合も多々あります。意図して誰かを陥れるようなものでないのなら、その時に感じたことも含めお話しください」
「それで誰かが疑われたりとかはあるのでしょうか」
「話の中身によっては。ただ我々もプロですから必要な情報とそうでないものとを聞き分けたり、重要な事項からアプローチしたりしますから、あまり恐れずに話していただけると助かります」
耕司は少しだけ思案してから
「さっきお話ししましたが僕が狙われるとしたら美鶴さんの元カレさんになのかな、と思うんですが。ただ」
「ただ?」
「あの夜美鶴さんとはデートをしていたわけではなくてどちらかというと一方的に公園へ連れて行かれたんです」
「一方的ですか」
「はい。有無を言わさずというか。僕の思い込みかもしれませんが、確かに寄家さんから異性として好意を持たれていると感じる瞬間は幾度かありましたし、僕自身彼女のことを女性として好きだと思ったこともありました。でも彼女と連絡が取れなくなって二週間近く経ってから周りの人から、少し落ち着けよ、みたいなことを言われることが多くて。警察の人にも言われましたし。最後に河野さんと話したとき、彼の言葉は不思議とすんなり入ってきて、僕も少しだけ冷静になれたんです。そんなときに彼女が再び現れたので確かに安堵はしましたが、それは彼女が無傷でいたということに関してで、僕個人としては彼女に会えた嬉しさというよりは驚きや戸惑いが勝っていました。それなのに彼女はそのこちらの戸惑いを軽く飛び越えて迫って来たので正直若干引いてしまって」
「迫ってきた?」
「恋人とは別れたと言っていました」
「つまり交際を求められたということでよろしいですか」
「はっきり言葉では言われませんでしたが、多分」
「言葉で言われなかった?」
「ああ、ですから、その、体で迫ってきたというか」
「はあ」
このままの勢いでいくとどのように迫られたのかまで聞かれるのではないかと思ったがさすがにそこまでは相手も詮索してこなかった。
「それで?」
「彼女はもう一度僕との関係を最初からやり直したいと言いました。僕はそれを断ったんです」
「断った?」
警察官は少し疑問を感じたようで眉間に皺を寄せている。
「あなたは彼女のことを大変心配されていたようですね。それこそ各所に相談にいくほどに。それなのに断られた」
「特に理由はありません。ただあのときの彼女の様子が妙に感じたので自分には合わない女性だと直感で思ったんです」
「どういうところが妙に感じたのでしょう」
「事件に関係あるとは思えませんが、言葉の端々に警戒している様子があったんです」
「警戒?」
「二週間何をしていたのか聞かれたときに、河野さんのことを話したんです。そうしたら彼女はまるで河野さんの存在を知らなかったようでした。同じ人物を助けているはずなのにどうしてだろう、と思いました。そのことを指摘したときから急に警戒しているような表情が見え隠れしだして」
「なるほど」
「それに警察に相談したことを口にするとまたそれが強くなりました」
「警察という単語に反応していたということですか」
「端的に言うとそうです。それから……」
「それから?」
耕司はここで二週間近く前の水死体の話題について語ろうとしたが、言い方によっては全く無関係の榊原まで聴取の対象になりかねないと思い
「特に意味があったわけではありませんが、彼女と会えなくなったころに水死体の事件があったことを話題にしたんです」
と言った。
「水死体」
「ほら湖畔沿いで飲酒した男性が転落した」
警察官二人だけで会話してお互いに納得したように頷いている。
「それで彼女の反応は?」
「無表情でした。それまで何かの反応を示していたのに静まり返って。でもまるで何を知っているんだと問われているように思ったんです。それですぐ後にもう会いたくないというようなことを僕から告げました」
「なるほど」
「最後に家まで送ってほしいと言われて、これも彼女に任せて引っ張られるままについて行ったんです」
「そうして殴られた、と」
「まあ、簡単に言うと」
「だとすればあなたを襲ったのは、寄家美鶴さんの元恋人というよりは、寄家さん自身かもしれない可能性も出てきますね」
「それは否定しません」
「ただ先ほど何度も確認しましたが、殴られる直前の彼女の立ち位置からすると彼女があなたに危害を加えたとは考えづらい。そうなると彼女が誰かに頼んであなたを襲わせたという可能性が濃くなります。あなたが彼女との交際を断って一緒に帰途についた、この短時間のうちに彼女が誰かに連絡を取った形跡はありましたか」
「……そういえば電話を掛けていました。どこに掛けていたかまでは分かりません」
「そうですか」
警官二人は互いに顔を見合わせ、これ以上訊くことはないか目だけで確認しているようだったが双方特にないと見えて
「お疲れのところありがとうございました。早く良くなられることを祈っています」
と言って部屋から出て行った。
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