第17話警察への相談、疑惑…

 夕方になって携帯電話の画面を開くもやはり連絡は入っていなかった。

「昨日は大丈夫でしたか」

 特に返事を期待するわけでもなく送信ボタンを押してみる。

 無論返信は来ない。

 帰り道に近くの交番を通りかかると、若い駐在さんがお年寄りに夕方の挨拶をしている。と、頭の中に妙案が浮かんだ。警察官に声を掛ける。相手は真剣な面持ちの耕司を見ると駐在所の中へと案内してくれた。

 耕司はそこから話の重要でない部分を省いて大まかな内容を伝える。自分の知り合いの女性が交際相手から暴力を振るわれており連絡が取れなくなっている。簡単に言うとそのような中身だ。

 警官は耕司の話に相づちを打ったり、メモを取ったりする。

「その女性のお名前は」

「寄家美鶴さんとおっしゃいます」

 漢字表記を確認してから話を進める。

「住所はご存知ですか」

「いえ、住所までは」

「ではご連絡先の電話番号は」

「電話番号も知りません」

「はあ」

 警官はペンでこめかみを掻いてから続けた。

「でも先程連絡が繋がらなくなったとおっしゃっていましたよね。寄家さんとは具体的にはどのようにご連絡を取っていらっしゃったんでしょうか」

「大抵メールでやり取りしていますが」

「メールですか。メールの場合は相手の確認するタイミングもありますよね。たまたま相手が確認し忘れているという可能性はないんでしょうか」

「その可能性もないわけじゃありませんが、向こうから毎日のように送られてきていたので全く返信がないというのもおかしな気がするんです」

「なるほど。ちなみに知り合いとおっしゃっいましたが具体的にはどのようなお知り合いなのでしょうか」

「どのような、ですか」

「はい。例えば職場の同僚であるとか、学生時代のサークル仲間だったとか、知り合いでも色々あると思うのですが。どのようなご関係ですか」

「はあ」

 どのように言えば自分達の間柄を正確に伝えることができるだろうか。

 新しい彼氏のふりをしてほしいというくだりから話すとややこしいことになりそうなので、彼女の叔母を土手沿いで助けた兼ね合いで懇意になったことだけを伝えた。

「なるほど。お礼に来られた寄家さんと親しくなられたというわけですね」

 それから顔を上げて探るような目付きで耕司の顔を見つめた。

「山脇さんとおっしゃいましたね。もう一度お伺いしますが、寄家さんとはどういったお知り合いなのでしょうか」

「あの、ですから先ほども申し上げた通り、彼女の叔母さんにあたる方を…」

「その話はお聞きしたので結構です。そうではなくあなたと彼女の関係をお聞きしたいのですが」

「僕と美鶴さんの?」

「はい。少なくともあなたの得ておられる情報は非常に個人的な内容のようにおもわれるのですが。恋人がいる、という情報だけでもかなり親密な仲でなければ知りえないことだと思います。例えば寄家さんに交際を求める告白をして、その断りとして、彼女が恋人がいることを理由にあげた、などでなければ」

「そんなことは」

「誤解のないように言いますが、何もあなたが寄家さんに交際を求めて断られたと言っているわけではありません。そうであるとするなら彼女がその恋人に暴力行為を受けているという情報をあなたが知っているのがおかしなことになりますから。あるいは交際を申し込んで、相手もそれを快諾し、暴力行為について打ち明けられたというなら話は別ですが」

「別に俺が告白したわけでも、相手に告白されたわけでもありません。ただ恋人と別れるために協力してほしいとは頼まれましたが」

「なるほど、別れるための協力ですか」

 相手は益々訝しげな様子でこちらを見つめている。

「山脇さん、お気を悪くされたら申し訳ないのですが、私にはあなたのおっしゃることが少々理解しかねます」

「どの辺りが」

「たまたま倒れた女性を助けて、その親族と親しくなったとして、かなりプライベートな領域の打ち明け話までされ、その上に交際を終了させる手助けまで求められるというのは普通では考えづらいといいますか。人助けをきっかけにそこまで親しくなれるのかということもですが、それだけの関係性でそれほど複雑な相談に乗れるものであろうか、どちらの点についても疑問です」

「はあ」

「山脇さん、単刀直入にお伺いしますが寄家美鶴さんに好意を寄せていらっしゃいますか」

「好意があるかないか二択で問われれば、あるほうにはなると思いますが」

 相手はここで我が意を得たりとでも言いたげに大きく二、三度頷いた。自分の恋心がこの状況に一体何の関係があるのか不明だが、どうでも良いことでも事細かに追及するのがこの職種なのかもしれない。

「それで寄家美鶴さんとはいつ頃から連絡が取れなくなったのでしょうか」

 警察官は疑念が払拭されたためか急に話題を元へ戻した。

「昨日の夜からです」

「昨日の夜!」

 先程まで冷静に聴取していた警察官は一度だけ大きな咳払いをしてから、少しだけ呆れたように耕司を見た。

「昨日の夜からということはまだ丸一日も経っていないですよね」

「まあ、そうなりますが」

 相手は三度こめかみをペンで掻いてから

「山脇さん、大変申し上げにくいのですがもう少し寄家さんからの連絡を待ってみてはいかがでしょう」

 言った。

「しかしそれでは彼女に危険が及ぶ可能性があるから相談しています」

「お気持ちは分かりますが、行方知らずとなって一日も経っていないのではこちらとしても動きようがありません。第一寄家さんの住所もご存知ないわけでしょう」

「それはそうですが」

「山脇さん、申し訳ないのですが、警察は事件が起きないと動けないんですよ」

「そんな。それじゃあ彼女が暴力を振るわれてからじゃないと動けないって言うんですか」

「正確にはそれだけでは動けません。実際に暴力行為を受けた人が訴えるなどして被害を届け出てくれないと事件としては扱えません。民事不介入って言葉聞いたことないですか」

「ストーカー規制法があるじゃないですか」

「それはあくまでストーカーに対するものです。この場合にも被害を受けた方からの相談を受ける必要があります。ただ今回の話を聞く限りはどちらかというと山脇さんのほうが……」

「俺が、何ですか」

「いや、これは失礼。とにかくもうしばらく様子をみていただいて、寄家さんから事件性の疑われるような連絡がくればその時はまたご相談ください。できればその際には当の寄家さんも来ていただくのが一番話がスムーズに進むと思います」

「はあ」

 納得の行かないままに追い出されるようなかたちで交番を後にする。

 市民を守る警察が聞いて呆れる。美鶴の顔が痣で青くなりでもしなければ、その上彼女が相手を訴えるという勇気を振り絞らなければ動けないなど、そんな捜査は頼んでいない。むしろそんな事態になったなら美鶴にしたって事を荒立てたりしたくないはずだ。

 もしかしたら交番ではなくもっと大きな警察署へ行けば、まともに取り合ってくれるかもしれない。そんな期待もあって翌日慌てて次の勤務日に有休をあてて近くの警察署に向かったが同じことであった。

 未然に防ぐため動いてもらえないか頼んでもドラマの見過ぎだと取り合ってもらえなかった上、相談をする場所を間違えていると言われた。

「悪いことは言わないから彼女のことは忘れて前を向いたほうがいい。最近は街コンとかいうやつも流行っているでしょう」

 恋愛相談をするために警察署へ来たわけではないのだが。

 絶望的な気持ちで警察署から三軒ほど離れた洋菓子店まで歩みを進めたとき、店舗から甘い香りがして、無性に中に入りたくなった。店内に足を踏み入れ、奥まで進むと冷蔵の洋菓子が並んでおり、耕司はある商品に目を奪われた。

 そこには美鶴がくれた手作りチョコそっくりのトリュフを収めた小箱があった。しばらくその箱を凝視してから奥にいる店員に購入することを告げた。店員はトリュフを難しい顔で抱える耕司に少しだけ怪訝そうな顔であったが、耕司は自分の関心のあること以外は特に頓着する質ではなかったので対して気にもせず外に出た。

 帰宅後、桃色の外装を取り外し、中を改めてみると、それは先日見たものに非常に酷似している。口の中に入れても、やはり全く同じ味がした。

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