1日目 夜 明日菜と真
「1日目って、けっきょくは、移動がメインになっちゃったね?」
わりあてられた和室にはいると、荷物をおきながら、違う班の子が言った。
こたえたのは、うちの班長.
ー柴原真央。
「うん。バスの駐車場の関係で、太宰府天満宮も明日にまわされたしね」
「おかげで自由行動が少なくなったんだよね。ざーんねん」
「まあ、学校も福岡を修学旅行に選んだ以上、外せない場所だろうしね。勉強の神様だし」
「そのわりに、ついたら、解散。参拝も国立博物館も自由行動で選択だしねー。一応、私たちは、参拝するけど、真央たちは行くの?」
「親がうるさいし、行くって子たち多いんじゃない?来年受験だし?」
「そうだよねー、いいなあ。真央は頭いいもんね?受験勉強とかしなくてもA高いけるよね?」
「私だって、一応、勉強はしてるよ?」
柴原さんが軽く声をあげて笑った。けど、その目が少しだけ伏せられる。
ー笑ってるけど、なにかをあきらめたような?
なに?
でもそう感じたのは、私だけみたいで会話は、リズミカルにすすんでいく。
「真央が勉強してる姿あんまり想像できないなあ。
授業中も窓の外よくみてるよね?」
「あー、私見てたよ?彼氏探してるんでしょ?」
「そうだよ?アイツ目立つしね」
チラッと私をみる。
ー?
アイツって、赤木くんだんね?
たしかに柴原さんは、授業中、たまに先生に注意されてる。
ぼんやり窓の外を眺めてるらしい。
私は黒板を見てるけど。当てられたくないから、真面目に授業はうけてる。
優等生、でもある。
でも、それはそれで目立つらしい。
保健室に休みたくても、あまりいい思い出もない。
ペットで休むことも躊躇してしまう。
さすがに、体操服がとられたときは、お父さんが迎えにきてくれた。
たまに、
ー靴下、くさくないの?
そりゃあ、私だって気をつけてるけど、体臭ってある意味どうしようもないし、中学で使えるのは、無香料タイプだし?
そう思うけど、同じ部屋の子たちの指定バックからは、化粧品なんかがふつうにとりだされる。
お姉ちゃんも使ってたし、男の子でも整髪剤なんかのにおいがする。
ーあの子からは、におわなかったなあ。
あの日、私にクロックスをとどけてくれた、あの長毛犬は、
ー犬らしい、犬だった、
大切にされてるけど、外で飼われてる番犬らしく、少し土のにおいがしていた。
福岡とは違う。
南九州の片田舎。5月はもう暑くて、暑いなら土を掘って休むんだろうなあ。
そういえば、猟犬なんかの穴掘りスピードも、その規模もかなりすごい。
ちいさなスコップじゃ、ほる量を埋めることが間に合わない。
って、お兄ちゃんが言ってた。
お兄ちゃんはオタク気質?だから、気になると、とことん調べていくらしい。
ー明日菜に、猟犬みたいな番犬ほしいなあ?
ってお姉ちゃんが珍しく言って、
ーん?明日菜に猟犬は似合わないだろ?どっちかとううと、
お兄ちゃんは首を傾げて、
ーズレたやつじゃないか?
ーあ、それも、そうかも。
珍しく兄姉の意見がそろってた。
ーズレた犬って、なに?
にらんだ私にふたりは、顔を見合わせて、ごまかし笑いで、はぐらかされたけど。
ー猟犬じゃないよね?
って、あの子を思い出すけど、
ーテリアって、猟犬多いよね?
けど、
たぶん、
日本犬とのミックス。
ミックスって、何世代つづいたら、ミックスがはずれるんだろ?
ペットショップで、最近見かけるようになった。
ーミックス。
は、ミックスだから、ずっと、そのままの呼び名だよね。
というか、いま見かける日本の犬って、柴犬が多い気がするけど。
もともとは、何犬が多いんだろ?
柴、かあ。
無意識に、また、私は柴原さんを見るけど。
柴原さんは、他の子たちとふつうに、話をしている。
私の視線に、気づくと、笑う。
「明日菜も明日、楽しみだよね?」
「私は、べつにー」
とくに行きたい場所もないし。
カバンをひらいて、見える落書きされたしおりを、また開く気にもならなかったし。
けど、視線の先に、
ー残ったままだ。
私の修学旅行の背表紙に、お姉ちゃんがやぶりとった、その場所に。
ーふたり、残ってる。
目の前に、いる、
ー柴原真央。
あと、もうひとり。
あの日も、今日も、
ー声しか、きいてない。
ううん、
ー声は、きいた?
ちがう。
ー声が、きけた?
それともー。
「私、村上先輩に、お守り買って行こうかなあ?」
ー村上?
私は、その名前に、顔をついあげる。
だって、その名前は、、、。
目線をあげた先で、柴原さんが私をみて、少し苦笑して、
「村上、竜生、先輩のこと?」
って、言った。
ー村上、竜生?だれ?
知らない名前だった。
他の子たちが、なんだか意味深に、私を見てくるけど、
ー?
柴原さんがわらう。
「だれ?って、顔だね?明日菜?知らないの?サッカー部の村上、竜生、先輩」
「サッカー部?」
知らないよ?
だって、彼は、たしか…、
それに、
「先輩?」
彼は、同じ学年だよね?
だって、さっき、声をきいた。
声だけ、でも、
ーきけた、よ?
あの日も、あの子しか、見えなかったけど。
けど、
だけど。
ぎゅっと、いつのまにか無意識に、手にしてたしおりをにぎりしめる。
あの時、やぶれなかった、名前。
柴原真央。
そしてー。
「弟の村上、春馬、くんなら、同じ班だから、明日菜も知ってるかな?」
イタズラっぼく、けど、どこか切なそうに、私を柴原さんが見たけど。
私の心臓がまたドクドクと音をたてるけど、
「えー?竜生先輩と弟じゃ、まったく話にならないよ?」
「存在感がうすい、というか、無口すきるし、無表情だし、何考えてるかわからないし?」
「まあ、兄弟だから、似てなくもないけど、なんか、村上って」
クラスメイトたちが口ごもり、私をみつめる。
ーなに?
「どうしたの?明日菜?」
柴原さんが、笑う。
なにを考えてるか、まったくわからない笑顔で、私に問いかけてくる。
けど、
「ーえっ?」
「いま、すごく怖い顔をしてたよ?明日菜、あんまり怒らないから、びっくりしてるよ?」
前言撤回。
ー楽しそうにまわりを見渡してる柴原さんは、まったく驚いてない。
私は小さく息をはいた。
「そうみえた?」
「村上、弟に、反応したの?」
私が口をひらくまえに、
「そんなはずないでしょ?真央」
「たしかに、よくみたら、兄弟だし、顔だけなら、ともかく、さあ?」
「竜生先輩みたいな兄がいたら、存在薄くなるよねー」
「そもそも存在感うすいしね。私、同じ班になるまで、知らなかったもん」
「私も知らなかったし、やっぱり、竜生先輩に比べたら地味だよねー」
「そんなことよりさ?ほんとうに、神城さん、竜生先輩を知らないんだね?」
ーそんなこと、なんだ。
なんだか、ほっとしたような、苛立たしいような?
なんだかよくわからないモヤモヤした気分で、とりあえずうなずく。
「うん」
「噂は、噂かあ」
そうほやく子たちの表情で、わかった。
例の噂に、なった先輩で、
ーあの冬の屋上に閉じ込められた原因の、身勝手な噂。
むかしから、ある。
人の噂も75日。
ー75日、だよ?
農産物が、種まきして、収穫できる75日だよ?
種をまいて、収穫するんだよ?
種を、育てたる時間。
ー75日。
昔も、いまも、
ーきっと、うけとり方が違うんだ。
収穫で忙しくなれば、噂なんか忘れてしまう?
いつまでも、覚えてなんかいられない?
ー種まきして、収穫するまでの、
ー種から収穫まで、
ねえ、たくさん、お世話はしないの?
私なら、
ー75日、育つんだろうか?
きっと、昔からあった。
ー立場の違い。
見方のちがい。
種をまいて、収穫しても、
ーまた、同じ農産物の種をまくなら、
もう、さ?
「だいじょうぶだよ?明日菜」
ふいに、私の冷えた手を、あたたかい手がつつみこむ。
視線をあげたら、あの日、駆けつけてくれた、
ー柴原真央。
が、
「もう一度、私たちを信じて?」
かならず、また、つれもどすから。
風は避けれないかも、しれない。
雪も、きっと、さえぎれない。
寒いままかも、だけど。
ーけど、
「私とアイツがかならず、見つけるよ?」
だって、ずっと、
ーみてる。
から。
そう、少しさびしそうに笑う。
私のしおりに残る。
ー柴原真央。
と、
ー村上春馬。
たったふたりの名前。
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