第36話 ブラック・レース!

 マユさんが衣装チェンジをしている間、私は目の前にあるカフェで待つことにした。

 バーでの打ち合わせまではまだ時間があったし、丁度いい時間調節になるだろう。

 鴨川に面したオープンテラス席は、ちょっとした川床のようで風情がある。

 梅の花が描かれた和風のコーヒカップが、とても可愛らしい。

 なんでも『京焼・清水焼』という焼き物で、いかにも京都の喫茶店らしいチョイスだ。

 旅行客なら、これだけでも楽しい気持ちにさせられるだろう。


 待っている間、さっきマユさんが囚われた着物レンタルのお店を検索してみた。

 レンタルコースは『ヘアセットプラン・カップルプラン・シンプルプラン・学生プラン・キッズプラン』と多様にある。

 マユさんの場合『予約なしでも気軽に楽しめるシンプルプラン♪』と書いてあるので、きっとこのコースを選んでいるんだろう。

 着物の種類も豊富だ。

 私なら着物選びだけで、何時間もかかってしまいそうだ。

 コーディネートの一例を見ているだけでも、目の保養となって楽しい。


「小物のレンタルもあるんだ」


 手ぶらでフルコーディネートとは、至れり尽くせりである。

 バーの紹介ページに併せて、このお店の紹介をしても面白いかもしれない。


 ──夜のバーに、着物でいかが?

 ──普段とは違う特別な時間を、より特別な思い出に。


 うん。

 体験型の提案として織り交ぜても、悪くない気がする。

 紹介するバー『凛ノ音りんのね』とも近いし、立地関係を含めてオススメしやすい。


「よし、マユさんに提案してみよう」


 私は仕事用の連絡アプリを起動すると、マユさんとのルームに入り、今の内容を打ち込んで送ってみた。

 しばらくスマホを見つめていると、既読の文字がつく。

 そして、さらに返事を待っていると……


『いいね』


 短い返事だった。

 ちょっと心配になり、メッセージを送る。

 

『デザインとか、今から変えて大丈夫ですか?』

『紙面のレイアウトはマダだし、大丈夫だと思う。このまま名刺を渡して、交渉してみるよ』

『なんかすみません、こんなことになって』

『良いものができそうなら、現場でのアドリブは全然アリだよ。ナイス・アイディア♪』


 褒められた。

 嬉しい。

 ものすごく嬉しい。

 少しは役に立てた……かもしれない。

 そうなれば今のうちに、お店の資料や素材を集めておいた方がいいだろう。

 とりあえずホームページで必要な情報を保存して、文字と写真をまとめよう。

 版権の許可どりは、後でまとめてすればいいだろう。

 カフェで仕事とかしたくない主義だけど仕方がない。

 私はノートパソコンを取り出すと、今できる作業に集中した。


 それから何分くらい経っただろう。

 なんとかデータをまとめ、文字と画像も抽出できた。

 あとは誌面を制作し、まとめたデータの使用許可をもらえばオーケーのはずだ。


「それにしても可愛いなー、この着物〜」


 パチンと音をたて、一枚の画像を開いてみる。

 何枚も見た着物の写真の中で、特に私の目を引いたのはレースの着物だった。

 今の十〜二十代には、ガーリーな白レースの着物が人気らしい。

 ブーツで合わせると、よりカジュアルな和装となる。


 ──黒レースの大人っぽい着物に黒ブーツとか、マユさんが着たらロックでカッコ可愛いだろうなぁ……


 鴨川を眺めながら、ぼんやりと想像してみる。

 なんて素敵な妄想タイムだ。

 その時だった。


「あんた。また、にへら〜って笑ってるわよ」


 突然マユさんの声がした。

 びっくりして顔を向けると、いつの間にか私の横にマユさんが立っていた。


「まったく……ほんと、ユリといると飽きないわ」


 呆れ半分、でも笑顔を見せてくれている。

 いや、それよりも……マユさんの格好だ。

 それはまさに今、私が妄想していた『黒レースの着物に黒ブーツ』というコーディネートだった。


「そのまんまだぁ」


 自然と頬が緩んでいく。


「また、にへら〜ってして〜。それより、どうかな。攻めすぎたかな?」

「そんなことないです! どうせ紹介するなら、こういうのもあるって見せた方がいいです!」

「だよね。ちょっと恥ずかしいけど……」


 はにかんで笑うマユさんに、私はそんなことないと何度も言うのだ。

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