第28話 ウィスパー!
カメラマンが到着したのは、十時になる前のことだ。
会社のワンボックスカーに沢山の撮影機材を積み込み、そこに四人も乗車していたので、少し疲れているようにも見えた。
いったい何時に出発したのだろう。
「移動、お疲れ様です」
マユさんが労いの言葉をかけ、私も慌てて頭を下げる。
「やぁ〜、さすがに遠いね。体がバッキバキだよ」
「すみません。なんか私たちだけ、楽させてもらって……」
「いやいや、それはしょうがないよ。こっちは機材もあるしね。で、どこから撮るの?」
「はい、外観からです。場所は決めてあります。あとは館内で三カット、エントランスと大浴場、それから人物も……女将さんの撮影ですね」
「人物はなに? 一緒に撮るの?」
「いえ。あとで合成するんで、単体でオーケーです。そこまで撮ったらお昼に入ってもらって、夕方からまた別の場所になります」
マユさんが、いつも通りテキパキと説明をしていく。
仕事の流れがスムーズなら、カメラマン達の動きもスムーズだ。
必要な機材を手分けして取り出し、手早く組み上げている。
「あぁっと、紹介しますね。後輩の望月夕璃です」
「よ、よろしくお願いします」
少し緊張しながら頭を下げる。
カメラマンは別の部署にいるので、なかなか会う機会がない。
見たかぎり、全員が初対面だった。
「おー、初々しいね。俺は浅田良平です。よろしくお願いしますよっと」
「彼女、今日は私のサポートとして連れてきました。何か必要な指示があれば、私に言ってください」
「あぁそう、了解了解〜。望月君、わからないことがあったらオジサンに何でも聞いてね」
浅田さんは笑いながら、他のカメラマン達に指示を出し始めた。
優しそうなおじ様だ。
年齢は五十代中盤だろう。
いかにもなベテランの風格が漂っている。
他のカメラマンも、二十代〜四十代とまばらな感じだ。
女性のカメラマンは一人だけで、二十代後半だと思われる。
少し茶系の色が入ったロングヘアーで、ぽっちゃり体型。
愛嬌のある笑顔を見る限り、コミュ力高めな気がする。
まわりに弄られるたびに、声を出して笑っていた。
とても楽しそうに仕事をしていて、この仕事が好きなんだろうなと一目で分かった。
「真希ちゃ〜ん。グレースケールと……そうだな。一応、レフ板も持ってきて」
どうやら、真希さんというらしい。
浅田さんに呼ばれて、バタバタと元気に走っている。
私がそれを眺めていると、マユさんがススっと横歩きで近寄ってきた。
「どう、やることないでしょ?」
少し顔を寄せて、小声で言ってくる。
「そうですよぅ。私、なにしたらいいんですか?」
心のどこかで焦りを感じていた私は、縋るような思いで聞いてみた。
するとマユさんは、さも可笑しそうに笑った。
「いやいや〜、撮影自体は私たちに出来ることなんてないよ。大事なのは、段取りだからね。そこはちゃんと見てたんでしょ?」
「見てましたけど……」
「じゃあいいの。とりあえず、どういう流れで仕事が進むのかを、なんとなく知ってくれれば、ね」
「そうなんですか?」
やはり不安気に聞いてみると、マユさんが私の肩に手を回し、グイッと引き寄せてきた。
そして耳元に、唇を近づける。
「ユリが、ちゃんとメモ取ってるのも見てるよ。あとは浅田さんの言う通り、わからないことがあったらすぐに聞いて」
マユさんの声があまりに近かったせいか、体の芯をギュウと締め付けられたような思いがした。
狙ってやってるのではと思い、熱くなった頬をおさえながら見つめ返す。
しかし次の瞬間には解放され、マユさんはカメラマンのところに小走りで向かっていた。
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