第27話 キュート!
「では最初に入り口、次にエントランスで撮影をして、あと大浴場も清掃時間中に撮影すればいいですね?」
「はい、そうしていただけると助かります。ただ連泊のお客様もいらっしゃいますので、エントランスと入り口の撮影の際は、声をかけてください。従業員には言ってありますので、撮影の時はお客様にご協力をしていただきます」
「助かります。入り口はできるだけ、人がいなくなった時に撮影します。エントランスは常に人がいそうなので、協力してもらった方がいいですね。あと他にも撮影して欲しい所とか、女将さんからここを見せたいって場所はありますか?」
「そうですね……」
マユさんの質問に、旅館『よしの里』の若女将、祥子さんが視線を落として考える素振りを見せる。
祥子さんはまだ三十代前半で、姿勢と所作が美しく着物も綺麗で、本当に上品で完璧な若女将だった。
「お部屋までの通路は外になるんですが、夜になると地面に埋め込まれたライトが点灯して、かなり良い雰囲気だと思ってるんですよ」
「夜ですか。わかりました。夜はカメラマンも違う宿に泊まってしまっているので、それは私たちで撮影しますね」
マユさんが、タブレットにメモをとる。
今、私とマユさんは打ち合わせの真っ最中だった。
新幹線を降りたあと旅館までは、マユさんが予め手配してくれたタクシーで移動した。
そのあと若女将が、今日わたしとマユさんが泊まる部屋まで案内してくれて、そのままそこで打ち合わせとなったのである。
「最上さん、夜は別の取材もあるんですよね?」
「あぁ、それは夕方なんで大丈夫ですよ。寝る前とかならお客様もそんなに出歩いてないでしょうし、私たちだけでササっと撮影しちゃいます」
マユさんの提案は的確で、判断も早い。
ちなみにカメラマンの皆様はビジネスホテルに泊まるらしいので、夜の撮影を頼みづらく感じて、自分たちで撮影すると言ったのだろう。
「それは……プライベートな時間なのに、ごめんなさいね」
「いえいえ、それだけならすぐに終わりますし、お気になさらず」
爽やかな笑顔で返すマユさん。
そんな感じで打ち合わせはスムーズに進み、あとはカメラマンの到着を待つだけとなった。
私はマユさんの仕事っぷりを、隣で眺めているだけなので気楽なものだが、実のところ心苦しくもある。
早く戦力になりたいし、マユさんを支えたいと強く感じてしまう。
「すっごいわねー。入り口からだと、中は全然見えないようになってるのね。通路を細くして、わざとスロープつくってんだなー」
マユさんが旅館の入り口で、体を大きく左右に捻りながら感心した口調で言う。
「どうやっても、中は見えない。高い宿だとこういう所から、こだわるのよねー」
「ここ、一泊いくらなんですか?」
そういえば金額を聞いていない。
会社のお金だからと、気にしていなかった。
「夕・朝食混みで四万幾らかからね」
「よ、よんまん……」
「いい部屋は十万超えてるよ」
「じゅっ……じゅうま……」
あまりの金額に声が裏返ってしまう。
「あはは、なにその反応」
「だ、だって」
「大丈夫だよ。今回は女将さんのご厚意で、格安で泊まらせてもらえたから」
それを聞いて、ほっと胸を撫で下ろす。
「まぁ、さすがにカメラマンも一緒だと大人数になっちゃうから、私たち二人だけにしたんだけどね」
「ラッキーですね」
「そうだよ。こんな待遇、私も初めてだし。部屋に露天風呂もあったし、料理も部屋で食べれるんだぜ。懐石料理っていうの? 政治家みたいなやつ」
「何デスカ、ソレは。元彼の真似デスカ?」
「ふふ……だってあの時のユリ、満更でもなさそうだったじゃん?」
マユさんが、悪戯っぽい笑顔をみせてくる。
そーいうの、めっちゃ可愛い。
思わずほっぺたが熱くなってしまう。
ちなみに熱くなった理由は、私の名前を呼び捨てにしたからだ。
たぶん、初めてだと思う。
「まぁ確かに、あの提案自体は魅力的ではありましたし? まさかこんな形で叶うなんて、思っていませんでしたし?」
「しかも憧れのマユさんと、だもんね?」
「はい、それはおっきいです。めっちゃ嬉しいです」
不意打ちで、真っ直ぐに返してみた。
するとマユさんが目を丸くし、少しだけ頬を朱に染めあげる。
「もう。なんか調子狂うな、最近のユリは」
そう言ってプイっと背中を向けるマユさんが、私は可愛く感じて仕方なかった。
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