第26話 マウント・フジ!

「まず、旅館で宣材撮影ですよね。いきなり行くんですか?」


 私がタブレットでスケジュールを確認していると、マユさんが覗き込んできた。

 艶やかな濃紺の髪が鼻先を擦る。

 そしてわずかに残る、香水の爽やかな香り。


 んー、良いかほり……


 人を好きになると、その人の匂いも好きになるのは、きっと私のフェチ的な何かだろう。

 どうしてもクンカクンカと、犬のように匂いを嗅いでしまう。


「そだね。カメラマンが着く前に、挨拶と打ち合わせはしておきたいかな」

「打ち合わせですか?」

「撮影の段取りの、ね。広報の方にどこを撮って欲しのか再確認して、他にも良さそうなところがないか実際に見て回ろう」

「エモい絵になりそうな所を探すんですね」

「ん〜まぁ、そんなとこ。カメラマンが来てから撮影する場所を探すと、カメラマンを待たせることになっちゃうからね」


 マユさんが話ながら、自分のスマホを操作し始める。


「時間節約のために、京都駅に着いたらタクシーで移動かな。午前中に旅館を下見して、カメラマンが来たら撮影開始。終わったらカメラマンには休憩をとってもらって、私たちはバーで次の取材を準備……旅館から近いから、歩いて行こう」

「その準備というのも、旅館でやる打ち合わせと同じ感じですか?」

「そうそう。撮影箇所の確認と、あといくつかカクテルも撮影するから、その種類の確認。あとは実際に話を聞いてみて、掲載するための原稿の元も作りたいかな」

「もしかして今日って、めっちゃ忙しいんじゃ……」

「なに、あんた。いまさら気付いたの?」


 飽きれながら笑われてしまった。

 そうは言われても、そこまで細かくは聞いていなかったのだ。

 二人だけでその段取りをするのは、かなり骨が折れそうである。

 まぁマユさんのことだから、何とかできちゃうんだろうけど。


「お、富士山見えるよ! でっか!」


 マユさんが興奮気味に、身を乗り出してくる。


「ほんとですねー」


 マユさんとは対照的に、私は無関心だ。


「反応うっす!」

「だって私、地元ですし」


 そうだ。

 富士山は私が生まれた頃から毎日見てきていた、飽き飽きとした存在だ。


「邪魔なんですよねー。どっか行ってほしい」

「どっかって、ひどっ」


 マユさんは笑っているが、こちらとしてはわりと本気である。


「窓開けたら、でぇ〜んと富士山。歩いてても、でぇ〜んと富士山。振り返っても、でぇ〜んと富士山。もう大きさとか含めて邪魔。観光客も邪魔なんです」

「辛辣ねぇ。もしかして京都とかも、そうなのかな?』


 私が首を傾げると、マユさんが続ける。


「住んでる人にとって観光客とか邪魔だろうし、お寺とかも見飽きてて、旅行で他所の県のお寺見に行くとか考えも起きないんじゃないかって」

「あぁ、ありそう〜」


 いかにも、観光地の住民にありそうな悩みだ。沖縄の人が、他県の海に旅行するのかって話である。

 特に思春期の子供には、迷惑でしかないかもしれない。


「取材とかも気をつけないとだね。住んでる人の邪魔にならないように」


 真面目モードのマユさんを見ていると、自分も気を引き締めてないと、と改めて思うのだ。

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