第22話 プリーズ!

 マユさんは私の手を取り、小走りで引っ張っり続けていた。

 まるで結婚式場に飛び込んできて花嫁を連れ去るドラマのような展開だ。


「あはははっ、ははっ!」


 思わず、私が吹き出す。

 あまりに痛快で現実離れした体験の連続に、笑いが止まらないのだ。


「な、なに?」

「いや、可笑しくって……マユさん、どこに逃げるんですか?」

「そうだね。このまま駅に向かうより、ちょっと時間ずらしたいかも。個室っぽいところで長時間となると、カラオケかな」


 説明をしながら、マユさんが左手でスマホを取り出して音声検索をかける。

 ほどなく近くのカラオケ店が検索されると、そのうちの一つに目星をつけて向かい始めた。


「ねー、マユさん。手なんか繋いでたら、会社の人に見られますって」

「あ、うん。そうだよね」


 マユさんは慌てて手を離し、ポケットに突っ込んでしまう。

 そして早足で私の前を先行する。

 そもそもさっきのキスを誰かに見られてたら、それで終わりなわけだけど。


「受付してくるから、待ってて」


 カラオケ店に着くと、マユさんがやはり急いだ様子で受付にいった。

 まぁ〜、宗谷が追いかけてくるとは思えないけど。

 宗谷はちょっと自己中な世間知らずの男の子って感じだし、基本ヘタレだ。

 ああもハッキリ言われたら、あきらめるしかないだろう。


「よし、行こう」


 またしても私の手を引っ張るマユさん。

 急ぐあまり、さっき言ったことを忘れているのだろうか。

 部屋に入ると、マユさんはようやく安心したのか、大きく息を吐き、L字型のソファに倒れ込んでしまった。


「大丈夫ですって。あいつ、追ってなんか来ないですよ」

「いや、そーかもだけどさー。ちょっと怖いじゃん。私とんでもないことしちゃったし」

「その認識はあるんですねー」


 存外、私のほうが落ち着いているようだ。

 自分の荷物をテーブルに置き、マユさんの荷物も隣に並べる。

 そしてソファに座り、お尻を向けて倒れているマユさんに声をかける。


「マユさん、パンツ見えてますよ?」

「今さら、それ気にする?」

「まぁ……もう、どえらいキスもされましたねー」


 うっと唸り、無言になるマユさん。

 わりと勢いでやってしまったのだろうか。

 ちょっと自責の念みたいなのが、あるのかもしれない。


「あざーっす」


 マイクにエコーをかけて、ボソッと言ってみる。


「うう……ごめんなさい。怒ってる?」

「今さら、それ気にします? 前にもありましたけど感想は、あざーっす、ですよ。別に怒ってないですよ?」

「でも、仮にも好きだった男の前であんなことして、さすがに酷すぎるかなって」

「マユさんって思い切りはいいのに、後になって後悔するタイプなんですね」

「それ、よく言われる……」


 落ち込んでいる。

 なんだろ、これ。

 面白い。


「じゃあ〜ひとつ、お願いを聞いてもらってもいいですか?」

「う……うん。なんでも聞く」

「ん〜っと……じゃぁ〜歌ってください。私の大好きな歌」


 マユさんの体がピクリと反応する。

 ふふふ、この機会を逃す手はない。


「私が知ってる歌ならいいけど……」

「大丈夫ですよ。前に鼻歌で歌ってたし」


 マユさんがなんだっけ、と顔を向けてくる。


「ブルームーンの『ラヴィ・ラヴィット』です。私の大好きな『雷火ライカ』さんバージョンで」


 私がそうリクエストすると、マユさんは顔を真っ青にして固まってしまった。

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