第21話 ヘルプ!

「本当に、ここでいいのか?」


 宗谷が周りの目を気にするかのように、キョロキョロとしている。

 私が話し合いに選んだのは、有名な珈琲チェーンのテラス席だ。

 テラス席と言いつつ、ここは駅ビルの中なわけで……室内の通路沿いをテラス席とのたまうのは、まさに謎な文化だと思う。

 しかしこんな落ち着かない席も、込み入った話をするにはちょうど良かったりする。

 静かなところで二人きりでとか、しんどいだけだし。


 あと、理由はもう一つ。


“私、ここで聞いてて良いんだよね?”


 宗谷の後ろの席に座り、私に向けてジェスチャーをおくるマユさん。


「いいよ、ここで」


 二人に向けて返事をする。

 宗谷越しにマユさんを見ているので、なんとなく気まずさも半減だ。


「で、入社式前日に私をふった宗谷が、今さら何を話したいの?」

「意地悪だな、ユリは」


 意地悪って……なんだ。

 まさかいまだに私が、宗谷に未練を持っているとでも思っているのだろうか。


「とにかく、仲直りに旅行でもって思ってさ。色々とプランを考えてきたんだ」

「仲直りって……宗谷さぁ、話し合いに来たんだよね?」

「そうだよ? 誤解を解いて、仲直りの旅行の話をしようと……」


 いつ、誤解を解いたというのだ。

 そもそも一方的にふっておいて、誤解ってなんなの?


 ちらりと、マユさんの方に視線を向ける。

 めっちゃニヤニヤしてる。

 なぁに、この男って感じの顔だ。


 一応それ、元カレです。

 まぁ、その、好きではいましたし?

 純粋なバカって感じが、ちょっと可愛いっていうか。

 今も呆れつつ、どっかでしょうがない男だと思ってるし。


「あのー、まず誤解がとけてないんですけどー?」

「あぁ、だからそれは……なんかユリが知らない世界に行って、遠くに行ったみたいに感じて」

「何それ、ただのかまちょじゃん」

「そりゃ、かまって欲しいし。好きな人にそう思うの、当たり前だろ?」


 キョトンとした目で訴えてくる宗谷。

 まるで、それが当たり前のように……いやこの男にとって、これが平常運転だ。

 まぁね、こういう真っ直ぐなところは嫌いじゃないというか。


「でさ、ココとかどう?」

「ちょちょちょ、待って。私、旅行に行くなんて一言もいってないよ?」

「え、行かないの?」

「行かないの? じゃないってば。そもそも別れてるでしょ、私たち」

「だからそれは俺の暴走っていうか、色々とすれ違っちゃったんだよ。謝るし、だから旅行で仲直りを……」


 なんだろう。

 話にならないというか……。

 そういえば、こんな感じで押し切られたこと、前にも何回かあったなぁと思い出す。

 そうなのだ。

 私は流されやすいのだ。


「ほら、ここ。景色いいし、部屋に露天風呂ついてるし」

「んー、まぁすごいね」

「料理も部屋で食べれるんだぜ。懐石料理っていうの? 政治家みたいなやつ」

「なんで政治家なのっ」


 あははっと、つい声を出して笑ってしまった。

 やばい、いつもの宗谷のペースに飲まれている。


 マユさんは……?


 めっちゃ真顔でこっち見てる。

 それは、どういう感情なんですか?


「ちょっと高いけど、俺が悪かったんだし全部もつよ。この辺だと、夜も遊べるとこが近くにあってさ」

「ねぇ、待って。そもそも、私たち……」

「あ、ユリはお酒弱いよな。なら、有名な抹茶スイーツの店がさ」


 だめだー、相変わらず押しが強いー。

 どうしようとマユさんに助けを求めると、スマホに向けてチョイチョイと指をさしていた。

 あぁと思い、慌てて自分のスマホを見てみる。

 案の定、マユさんからメッセージが届いていた。


“彼氏、面白いじゃん”


 いや、そうなんですけど、今は困っているのだ。

 どんどん用意していたプランを話し始める宗谷を無視し、メッセージを送る。


“助けてくださいよー”


 マユさんが、顔を上げて見つめてくる。


“助けて欲しいの?”


 私が頷く。


“いいの? 今なら、元鞘に戻れるよ? ユリ、そんなに嫌そうじゃないように見えるけど”


 うっ……と唸る。

 たしかに、そこまで嫌ではない。

 たぶん、昔の私なら流されていただろう。

 でも……今は……


“今は、マユさんといた方が楽しいです”


 じーっと、スマホに視線を落とすマユさん。

 しばらく黙って考え続け、やがて……“OK”……とだけ返事が返ってきた。

 オーケーってなんだろうと考えていると、マユさんが席から立ち上がり、真っ直ぐ私に向かってくる。

 そして……


「む……ムッーーーーーー!」


 躊躇なく、深めのキスをされた。


「ちょ、ちょっとマユさん!」


 彼氏の……いや、元彼の目の前で、いきなり何を!

 っていうか、ここ、テラス席!

 いや、宗谷はびっくりしてない?


「あのさぁ、元カレぇ。未練たっぷりなのは、アンタだよ」


 私の頭を抱き抱えるようにしながら、マユさんが続ける。


「この娘は、もう次の恋に目を向けてるの。邪魔をしないでもらえるかな?」


 口をぱくぱくとしている宗谷が、少し気の毒に思える。

 そりゃあ、パニクるだろう。

 私もパニクってるし、まわりのお客さんもパニクってるし。


「ごめんね、今までありがとう。幸せになってね、くらい言える男になりなよ」


 マユさんはそう言って、私の手を引っ張り立たせる。


「あと、次の候補ってのは私だから。この娘に連絡するのは私が許さないし、思い出の画像も全部消しなよ?」

「いや……あの、君は?」

「じゃーね、前カレさん」


 マユさんは大人の笑顔をみせると、そのまま私をテラスから連れ去って行った。

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