第19話 ビジネス・スマイル!
その後も私とマユさんは、週末どこかに遊びに行くということを繰り返していた。
もちろん、お泊まりはしていない。
まだ少し覚悟というか、そういうのがないのだ。
そもそも、まだ付き合ってるわけじゃない。
なんていうか、それはデートというよりも確認作業に似ていた。
確認というのは、二人でいる時の相性である。
好きとか嫌いとかの確認ではない。
単純に一緒にいて心地いいか、嬉しいか、楽しいか。
まぁ……あと……たまにドキドキするか、とか。
とにかく、一緒にいたいと思えるかの確認である。
そうしてプライベートでは仲睦まじく過ごし、気がつけば二ヶ月ほどの時間が過ぎていた。
「最上さん、おめでとう」
伊神課長が、見覚えのある紙面を片手に持ちフロアに入ってきた。
一瞬「最上さんって誰だっけ」と考えてしまうが、すぐにマユさんの苗字だと思い出す。
普段名前でばかり呼んでいると、こんなにも疎くなるらしい。
「そういえばコンペの結果、昨日でしたか。取れたんですか?」
「えぇ、ばっちり。クライアントも満場一致で気に入ってくれて、ウチに決まったわ」
あぁ……二ヶ月前に作った、お菓子のパッケージデザインのことだ。
あの仕事、日本でも最大手の印刷会社とコンペ勝負することになるって聞いてたけど、とれたんだ。
マユさん、休日出勤してまで頑張ってたし……なんか私まで嬉しい。
「私は組み上げただけです。手伝ってくれたチームの力と、営業さんの手腕ですよ」
マユさんは余裕の笑みである。
なんなら「そんなに嬉しくないのかな」とさえ、思えてしまう。
「そうね。みんなもお疲れ様。よく頑張ったわね」
はーい、と揃っての返事。
チームに一体感があって、楽しく感じる。
「あと、最上さん。来週の京都のバーの取材、よろしくね。撮影班は機材があるから、車で行くみたいよ。最上さんは新幹線で行くでしょ?」
「はい、そのつもりです」
「いつもなら、駅の近くのビジネスホテルを手配するんだけど……今回は特別に、旅館とかに泊まってもいいわよ」
おぉ……と、フロア内で声が上がる。
これは、お祝いってことだろうか。
それだけ会社にとって、大きな仕事を取れたんだろう。
「あの、そのことなんですが……」
マユさんがなぜだか、少し申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「夕璃さんも連れて行っていいですか? 取材の流れとかも見せておきたいんですが……」
「あぁ……そうね。こういうのは機会がないと体験できないものね。わかったわ。上には私から話は通しておくから、新幹線のチケットと宿の手配はお願いできるかしら?」
「ありがとうございます」
マユさんが軽く頭を下げると、伊神課長は笑顔でそれに応えて出ていった。
フロア内では、自分たちの手がけたデザインが通ったことで、きゃあきゃあと湧き始めている。
私は少ししか手伝えていないので、そこまでの感動はないけど、マユさんが頑張っていたのを見てきていたのでそれが嬉しい。
いや、それよりもだ。
「ちょっと、マユさん。今の話……」
「あぁ、取材よね。なかなか経験するチャンスがないから、いい勉強になると思うよ」
「じゃなくて」
「言っておくけど、仕事だからね?」
そこで、マユさんが身を寄せてくる。
「仕事が終われば、オフだけどね〜」
耳元で囁くように呟いてくる。
「せっかく会社のお墨付きだし、良さげな温泉宿探そ〜っと♪」
完全にそっちがメインのように聞こえる。
いや、まぁ……マユさんに限って、仕事を蔑ろにするわけがないんだけど。
「あ、でも経費だからね。流石に、二人で一部屋にするわよ?」
「うっ……」
「女同士だし、いいでしょ?」
悪魔のようなビジネス・スマイルだ。
こうなると、後輩でしかない私に選択権はない。
そもそも会社のお金だし……。
「ふふ、楽しみ♪」
最後は無邪気な笑顔でしめくくるマユさんだった。
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