第18話 アザーッス!

 店内は思っていたよりも落ち着いた雰囲気で、ポップで可愛いというより、洗練されたお洒落喫茶といった感じだ。

 有名店のシェフが監修しているということもあり、少し大人向けなのかもしれない。

 ただやはり、客は女性オンリーである。


「二名様ですね。当店のサービスはバイキング方式で、六十分のスイーツ食べ放題とドリンク飲み放題のコースのみになっております。先にまとめてのお会計となりますが、よろしいでしょうか?」

「はい、お願いします」

「ではお会計が、二名様で六千円となります」


 わりとするなぁと思いつつ顔には出さないようにして、笑顔で「はい」と返事をする。

 そして私が支払いをしようとすると、マユさんが割って入るようにしてスマホを店員に向けた。


「スマ・ペイでお願いします」

「ちょっと、マユさん!」

「いーのいーの。あんた、まだ給料もらってないでしょ?」


 マユさんが「これ以上、誰が払うか話し合うのは格好悪い」という目を向けてきたので、ここは大人しく黙ることにする。

 まぁいいや、あとで返そうなどと考えていると、席に案内されてすぐに、マユさんが釘をさしてきた。


「ほんとに返さなくていいからね。その分はユリに後輩が出来たら、そのこに使ってあげて」


 なんですか、それ。

 イケメン上司ですか。

 ちょっと、胸がグッときましたよ。


「わかりました、ありがとうございます。その時が来たら必ずそうします。それと……その時、後輩にマユさんと同じこと言ってもいいですか?」

「あっは、好きにしなよ」


 イケメンである。

 さぞかし男女問わず、おモテになることでしょう。


「じゃあ、ドリンクは私が入れてきますね。マユさん、珈琲ですか?」

「んー。いや、カモミール。ミルク入りで」

「はーい。あっ、マユさんはスイーツ取りに行ってていいですよ?」

「えー、やだ。二人でキャッキャしながら選びたい」

「そんなロックな格好しといて、ぜんぜん似合わないこと言いますね」

「いーじゃん。私は、全力で楽しみたいの」


 にしし。


 正に、にししって感じの笑顔を見せるマユさん。

 やっぱり会社にいる時とのギャップがすごい。

 なぜか、この悪戯っぽく笑うマユさんを独り占めできてればいいなぁとか考えてしまう。

 やっぱり、ちょっと私はおかしいのかもしれない。


 マユさんご要望のカモミール・ミルクティーを作ると、自分も同じものにしてしまった。

 これは、単純につられただけだ。


 席に戻ると、マユさんが満面の笑みで腕を組んできた。


「マユさーん、ストップ・ユ……」

「こんなの百合のうちに入んないってば。そんなことよりも、チート・デイを楽しもうぜ、彼女〜」


 マユさんは楽しげに言いながら、私を色とりどりのスイーツが並んだコーナーまで引っ張っていった。


「すごいね、ここ」

「はい、思ってた以上です」


 さすがは最新のスイーツバイキング。

 品揃え豊富で、メインのスイーツは五十種類以上あるらしく、目移りしかしない。


「こんなものは悩んじゃダメ。考えるな、感じろ、だよ!」

「うー。感じろって言われても……」

「いいから、ビビッと来たやつを取る!」


 言いながらも、次々とプレートに載せていくマユさん。

 その手にまったく迷いがない。

 本当に感覚だけで取っているようだ。


 しばらくその勢いに圧倒されていた私も、やがて「えーい!」とヤケクソ気味にスイーツを取り始めた。

 とにかく美味しそうだと思った物を、プレートに載せるのだ。


「あんた、白いものばっか取るね。めっちゃ生クリーム好き?」

「マユさんだって、チョコしか取ってないじゃないですか」

「ちゃんとビターなの選んでるよ。甘すぎるってのもね」


 はいはい、どうせ私は子供舌ですよーと口を尖らせる。

 その様子を、じーっと見つめるマユさん。

 やがて、ぽつりと聞いてきた。


「あのさ。クロワッサンとこでキスしたじゃん?」

「なんですか、急に」

「いや……あの、ね。嫌じゃなかった?」

「今さら、それ聞くんですか?」


 マユさんが無言で頷く。

 わりと真面目な質問らしい。

 じゃあ私も、真面目に答えてあげよう。


「なんだろ……アザーッスって感じですかね?」

「へ?」

「なんていうか、あざ〜っす、って感じです」


 質問しておいて、きょとんとしたまま何も言わない。

 しかし、それが一番率直な感想なのだ。

 共感してくれる女子は多いと思う。


「あぁ、そう……え、よかったってこと?」

「よかったって言うか、アザーッス、ですよ。何回言わせるんですか?」

「やっば、まったく分かんない」


 本当に理解できないらしく、頭を抱えて困惑するマユさんが可笑しくて仕方なかった。

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