第6話 アヒージョ・オイオイ!
私は今、マユさんの部屋にいる。
実に今朝ぶりだ。
シャワーも借りて、ウニシロで買ってきたダボついたピンクのスウェットを着て、リビングにあるライトグレーのカウチソファに座っている。
右手にはビールを持ち、壁に掛けられた楽器を眺めつつ、料理をするマユさんの後ろ姿をチラ見している。
マユさんは、キャミソール+ショートパンツという露出っぷりだ。
常に右の肩紐がずり落ちているけど、あんまり気にしない性分らしい。
これって……私、今日も泊まるかのような行動ですよね……
その考えに至るたびにブンブンと頭を振り、否定する。
でも私は、すぐ横にあるベッドでマユさんと裸で寝ていたのだ。
それは紛れもない事実であり……その証拠に、ベッドを見るだけで今朝の光景が鮮明に蘇ってしまう。
まぁ相手が男ならともかく、女の人なら事故でも何でもない、と言えなくもない。
見知らぬ誰かとワンナイしました……と、カウントする必要もないはずだ。
女性なら、いいはずだ。
うん。
「あんま部屋の中、見んなよー」
キッチンに立つマユさんが背中を向けたまま、キョロキョロとする私に対し突っ込みを入れてきた。
部屋に上げておいて見るなとは、どういうことですかと返したくなる。
「なんか楽器とか、パソコンとか、マイクとか、色々と趣味がありそうで……」
「だから、見るなって言ってんの」
それ、無理じゃないですか?
見るでしょ、ふつーに。
とはいえ会社では先輩で、上司で、この先うまくやっていかなくちゃ駄目だし……というか、初対面みたいなもんだし、どう接していいのか未だに距離感が掴めない。
マユさんは会社だと、くっきり他人のように分けてきてたけど、会社から出ると、もの凄く距離が近い気がする。
本当に私はマユさんと昨夜だけで、どれだけ距離を縮めたんだろうと思う。
「手抜きのおつまみ飯だけど、どうぞ」
そう言ってリビングテーブルに置かれた料理は、牡蠣とプチトマトとアスパラが入ったアヒージョだった。
「て、手抜きですか、これ」
「アヒージョなんて、オリーブオイルにニンニクと塩をぶっ込んで、具材と煮込むだけでしょ。チョー簡単」
そういうことを言ってるのではなくて、ひとり暮らしで、さらっとこれを作る発想について突っ込んでいるんだけど。
オシャレですか、マユさんは。
いや、オシャレですけど、マユさんは。
きれいだし、色っぽいし、家の中でだけ隙だらけだし。
モテるんだろーなー。
というか、女の人としか、ソユコトしない人なのかな?
「あの、マユさんって……」
「うん?」
マユさんが缶ビールを開けて、口につける。
「彼氏とか、いるんですか?」
そして、そのまま目を丸くして固まってしまう。
もしかして、失礼なこと聞いちゃった?
私たち、まだそこまでの関係じゃ……ていうか、どこまでの関係なの、そもそも。
「あー、いるよー。いちおーだけど。ほんと、いちおー」
「なんですか、その……いちおーって」
「んー、まぁ、その辺は、おいおいってやつで」
「そこ、大事だと思うんですけど」
「なんで?」
なんで、と聞かれると答えにくい。
まるで私が「責任取ってください」と、言っているみたいだ。
「なーにー、気になるのー? おいおい〜」
「気にはならないです!」
「あー、昨日のことが気になるのね」
それは……と口ごもる。
「気にならないわけ、ないじゃないですか」
「だよねー。記憶にないんだもんねー」
「……教えてくれますか?」
「ヤダ」
被り気味に、即答でコレだ。
そして、またしてもマユさんは、悪戯な笑みを返すだけなのだ。
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