第5話 ブルームーン・ライカ!
初日は簡単な仕事の流れやアプリケーションの使用方法、社内での決まり事、今後のカリキュラムなどが説明された。
実務に入るのは明日以降になるのだろう。
そんなこんなで、あっという間に定時になってしまう。
できれば、マユさんから昨夜のことを聞き出したいんだけど、マユさんはまだ帰れなそうだ。
とりあえず私は、そのまま会社を出て駅ビルに立ち寄ることにした。
流石に人が多い。
たぶんこの後は会社帰りの人が増えて、もっと混み始めるのだろう。
私はバッグからワイヤレスイヤホンを取り出すと、お気に入りの曲をかけた。
こうしておけば、洋服を見ている時に店員さんが話しかけてこないんだよね。
ふんふんと鼻歌を歌いながら好きな洋服を眺めるのは、私にとってささやかな幸せなのだ。
「これ、かわいいなー」
「あー、いいんだけど、似た色の買ったばっかだしなー」
「あっ、このスカート、かわいいライン」
などと楽しんでいると……
「お客様ー、これなんて着合わせにいいですよー」
と、耳元で声をかけられた。
このモードの私に話しかけてくるとか強者な店員だなーと思いつつ、ここは聞こえていないふりをしよう。
「これなんて、お似合いですよー」
無視、無視。
「お客様ー」
しつこいなー。
「聞けよ、オイ!」
声の主が、私の耳からイヤホンを無理やり奪う。
「ちょっと!」
あまりの仕打ちに振り向くと、そこにいたのはマユさんだった。
「なーによ、すっごい無視すんじゃない。何をそんなに熱心に聞いていたのよ」
「わっ、マユさん! あ、ちょっと、返してくださいよ!」
しかしマユさんは、わたしのお願いも無視してイヤホンをつけてしまう。
そして無言での試聴。
しかも、わりと長い。
「あー、これ、ブルームーンの新曲?」
「そ、そうです!」
ブルームーンは、最近人気が出始めているボカロPだ。
作る楽曲はどれも疾走感があり、歌詞も泣かせるものが多い。
歌い手も何人かいるのだけど、その中でも……
「私の推しは、
「……へぇ……歌い手さん?」
「そうです! 女の人で、まだそれほど知名度はないんですけど、すっごい色っぽい声で、裏声の声幅もすごくて、圧倒され……て……」
キョトンとした顔で私を見つめる、マユさん。
やってしまった。
つい興奮して、まくし立てるように説明してしまった。
「ようするに、好きなの?」
「あ、はい。すみません……」
「なんで謝るのよ」
マユさんが、笑いながらイヤホンを返してくれる。
「あの……お疲れ様です」
「ん、お疲れー。どっか食べに行こうかー」
ナチュラルに誘われた。
でもこれは、昨夜のことを聞き出せる良いチャンス。
「いいんですか?」
「それとも、私ん家よってく? 一駅だし」
「……いいんですか?」
ナチュラルに誘われた。
そして、若干の警戒をみせる私。
だって私に同姓との趣味はないんだし、昨夜ナニかあったとしたらそれは事故なんだ。
ソレも説明しなきゃなんだけど。
「いーよー。ていうかあんた、昨日の格好のまんまじゃない。スーツとはいえ、それってどうなの?」
「く、くさくないですし!」
「何でもいいから、ウニシロで買ってこ。流石に、二日連続だと嫌でしょ?」
「うぅ……ありがとうございます。何から何まで、すみません」
そうして私は、その日のうちに、再びあの部屋にもどることになったのだ。
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