第3話 ハロー!

「本日からこちらの部署でお世話になります、望月 夕璃もちづき ゆりと申します。1日も早く仕事を覚えて、皆様のお役に立てるように努力してまいります。至らない点も多々あるかと存じますが、ご指導のほどお願い申し上げます」


 深々と頭を下げる。

 間に合った。

 ほんとに、ギリギリで間に合った。

 なんとか無事に入社式を終え、配属部署での挨拶までこれた。

 あのまま寝ていたらと思うと、生きた心地がしない。


「みんなも色々教えてあげてね。そうそう、第三デザインうちは女性が多い部署だから、下の名前で呼び合うことが多いのよ。名字が変わることも多いしね。というわけでよろしくね、夕璃さん」

「はい、お願いします。フランクな職場で、早く馴染めそうです」


 ここまで色々と説明してくれたのは、伊神いがみ課長という四十代の女性だった。

 今も優しく微笑んでくれていて、すごく印象が良い。

 ドラマとかでよく見る、いかにもな“お局様”ではないようだ。

 今のところ、だけど。


「じゃあ、夕璃さんには……あれ? 教育係はどこ行ったの?」

「少し遅れるそーでーす」

「あら、遅刻なんて珍しい。しかも、よりにもよってこんな日に……ごめんなさいね、夕璃さん」

「い、いえいえ」


 こんな日に遅刻しそうになっただけに、ものすごく恥ずかしい。

 しかも『朝チュン✕見知らぬ女性』という、斜め上すぎる理由で。

 こちらこそ、ごめんなさいという気持ちになってしまう。


「じゃあ彼女が来るまでは、自分の席で資料でも見て待っててね」


 伊神課長が首を少し傾け、素敵な笑顔を見せてくれた。

 やはり感じの良い人だ。

 きっと営業とかも、得意なんだろうな。


「夕璃さーん。名札に載せる写真とかって、もう撮った〜?」


 話しかけてきたのは、一年先輩の 葵 千弥あおい ちやさんだ。

 ナチュラルボブがよく似合う可愛らしい先輩で、何なら年下に見えるくらいだ。


「はい、ここにくる前に撮ってもらえました」

「オッケー。じゃあ〜先輩が出社した時に、事務の人に渡されて持ってきてくれるかな〜」


 千弥さんはそう言って、鼻歌をうたいながら席に戻って行った。

 先輩というのは、さっき話に出てきた私の教育係のことだろう。

 その人も優しければいいんだけど……と、渡された資料に目を落とす。

 資料は取引先に対する挨拶や、電話での応対方法などが載ったマニュアルのようだった。

 しばらく真剣に読み込んでいると……


「おはようございます」


 少し離れたところから、女性の声がした。


「すみません、遅れました」

「あ、せんぱーい。名札もらえましたー?」

「おはよう、葵さん。さっき貰えたわ。新人さんのよね、これ」

「そうでーす。ちなみに、先輩の隣の席でーす」

「うん、ありがとう」


 大人で聡明そうな声、どこか艶っぽくもある。

 綺麗な人なんだろうな、とか妄想していると……


「おはようございます。遅れてごめんなさいね」


 彼女は後ろから名札を私の手元に置くと、そのまま耳元に唇を近づけてきた。

 そして、囁くようにして言葉を続けた。


「でも一緒に寝ておいて、起こしてくれないなんて、ちょっと酷いんじゃない?」

「ひぁ!」


 驚いて顔を向けると、そこには……


「ハロー、夕璃ちゃん。こんな偶然ってあるのね。私は 最上 真由美もがみ まゆみ。マユって呼んでね」


 彼女は悪戯っぽく笑みを浮かべながら、ウインクをひとつ返すのだ。

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