飛鳥と化け猫≪キャスパリーグ≫…前編
「まーたやっちまったな……」
おじいちゃんに顔を合わせられないから足早に学校を出た。どうせ停学だろう……、あたしとしちゃあ退学でもいいんだが、さすがに義務教育を投げ出すのはダメだな。
親以上に、姉が悲しむのは見たくないし。
説教はされ慣れてる。どうせ同じことを言われるだけだし……ってことはあたしは同じ失敗を繰り返していることになるけど、学習できないわけじゃない。
弟からはなめられているみたいだが、あたしはバカじゃないんだ。
やりたくて人を殴ってるわけじゃない。
好きで他人を殴るわけがないだろう。なのに周りはあたしのことをただ暴れたいだけだの、すぐに手が出る一種の病気だの、好き勝手にと言ってやがる。
確かに、カッとなった衝動で目の前の誰かをボコボコにしてしまうのは、名前がないだけの病気かもしれないけどさ……。
幸いなのは、無関係な人を殴ることはないってことだ。少なくとも、あたしが手を出した相手はルールを破っていたり人を傷つけていたり……ようするに悪人だ。
だからあたしがしていることは目には目を、歯には歯を――悪党にはあたしみたいな悪党をぶつけさせた方が良い。共倒れしても、誰も困らない。
「アンタ、
道を塞ぐのは木刀を持った前時代の不良だった。
スケバンってやつかな……いや、古……、ファッションセンスも昔のままだった。
家が「昔ながらの平屋」であるあたしからすれば落ち着くスタイルではあるけど……この場では浮いているのが丸分かりだ。
木刀って持ち歩いていいの?
銃刀法違反になったりするんじゃ……?
そんな細かいことを考える不良はいない。前提だけど、あたしは不良じゃない。周りからそう言われるけど、あたしがあたしの快楽のために人に喧嘩を売ったことはない。
「あたしのため」ではなく――……だったら原理はなんなんだ? それが分かれば解決へ向かっているはずだ。……分からないのだ。
あたし自身、この衝動がどういう理屈なのか、分からない。
「…………はぁ」
「オイ、なにでかい溜息ついてんだよ……、アンタがウチの部下をボコボコにしたことは分かってんだ……顔も間違いねえ。黒髪のポニーテール、第二ボタンまで開けたシャツに、腰にブレザーを巻いて……ピアス等はつけていない。短いスカートで細身の体型……フン、アンタ、喧嘩が強そうには見えないけどな」
「じゃあそうなんじゃないの? あと、その特徴で覚えてんなら髪型服装を変えれば雲隠れできそうだけど、他に情報とか持ってないの?」
「神谷家。ここらへんではでかい家だろ? 土地を持つ権力者……だったりな」
目の前の女の形がはっきりとしてくる。
ついさっきまでぼやけていたのは、あたしが相手をいないものとして見ていたからだ。
だが……こいつは言ったのだ。言いやがった――あたしではなく「神谷家」を標的にするっていうのは、妹と弟を人質に取ったようなものだ。
それは悪手だぜ。嫌悪と怒りがあたしの視界を赤く染め上げていく。
「明日からアンタも、その家族も、無事に外を出歩けると思うんじゃ、」
「最後に言い残す言葉はそれか?」
その後の記憶はなかった。
最後に覚えているのは、恐怖に顔を歪めたスケバンの表情で――――
気づけば日が暮れ始め……終盤の夕日が目の前にある。
あたしは知らぬビルの屋上に立っていて……「どこだ、ここ……」
屋上から見渡せば、どうやら電車で一駅分は移動していたらしい。密集した住宅地からショッピングモールが建つ歓楽街へ。当然、人も多い。
できればこういうところは避けるべきなんだけどな……なにがきっかけでスイッチが押されるか分からないのだから。
あたしの衝動はたぶん怒りが引き金だろうけど、じゃあ怒るなと言うのは簡単でも、行動に移すとなれば難しい。
少しでも怒りを感じればほぼアウトのようなものだ。
そして世界は、苛立つことが多過ぎる――。
怒らない日がないくらいだった。
「――君、そこでなにをしてる! ここは立ち入り禁止だぞ!?」
「やべ。はーいすんませーん」
「待ちなさい! ここは屋上――五階だぞ!?」
警備員の声に振り返らず、屋上の柵を乗り越え突き出た看板を足場にして移動する。
下に積み重なっていたゴミの山に着地したので怪我はひとつもない。
上から顔を出して覗き込んでいる警備員の目から逃れるように薄暗い路地に入る……と、
不良の溜まり場だったみたいで、数人の男がそこにいた。
「……チッ、めんどくさ」
「人の顔見て失礼なヤツだな……、ガキがこんなところにくるもんじゃねえよ、引き返せ。さっさと帰んな。メスガキを相手するほど女に困ってるわけじゃねえんだよ、こっちはよ」
派手な色に髪も染めて、唇にまでピアスを付けている不良生徒。見ればできるだけ避けたい人種だけど、今のあたしは臆することもなく前進することができてしまった。
彼らの忠告を無視したことになる。当然、それは相手の怒りを買うだろう。
「オイ、近道で使ってんじゃねえぞ」
男の大きな手があたしの肩に触れて――反射的に手が動いていた。
男の耳を掴んで引っ張り、バランスを崩させる。
足をかけ、転ばせ、鼻を折るようにかかとで踏んづけた。
「ふぎゃ!?」と声を漏らした男はその一撃で気絶していた。
その場にいた別の不良が、重い腰を上げる。手には鉄パイプ。木刀の次は鉄か……さすがに、それは当たれば痛いどころではなさそうだった。
「喧嘩なら買ってやる。どんな目に遭っても文句を言うんじゃねえぞ?」
「やってみれば?」
あたしの口が、体が、勝手に動く。
まるであたしの体ではないみたいに――――あたしの意識は、覆い隠された。
…続
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