ファッションセンス


野木のぎくん。その、言いにくいのだけど……社会の窓が全開よ?」

「え?」


 会社帰りの電車内。偶然、乗る電車が被った先輩の高崎たかさきさんにそう指摘された。どうして気づいたのか……よく見てるなあ、と思ったものだけど、まあそれは言わない。

 俺たちが偶然、こうしてばったりと会ったのと同じなのだろう。視線を回していたら異変に気づいただけのはずだ……きっと。


「ああ……これはファッションです。ワンポイントアクセントですよ」

「アクセントが強過ぎるのではないかしら」


「そうですか? まあ人それぞれな気もしますが……。

 あれですよ、膝が破れたジーパンとか、ペンキが跳ねて付着したようなデザインのシャツとかあるじゃないですか。同じようなものです」


「お、同じものかしら……?」


 先輩は首を傾げる。

 まあ、同じ、ではないけどね……。元々のデザインか、個人での改造なのかの違いはあるけど、ダサいと感じる人がいる一方で、それをオシャレでカッコいいと感じる層も一定数はいるという意味では同じだ。


 正直、俺は理解できないタイプである。

 破れて肌が見えているジーパンやら、腕についている意味のないジッパーなど。用途の分からないチェーンなり……。

 極めつけは大手のファッションショーで出てくる奇抜なファッションである。


 エンタメとして出しているのだろうけど、あれを普段使いで着るとなると覚悟がいるだろう……――透け透けの服なんて着れない。

 大き過ぎる帽子だって、被って外を歩きたくないものだ。


「……ファッションだとしても、だらしないわよ?」


「だらしないのも含めてファッションですよ。受け取り方は千差万別、理解できないオシャレが別の方面では持ち上げられている社会ですから。

 社会の窓が開いているという隙も、これはこれでファッションにもなります。理解できない人が多いということは、それだけ新規性を持った奇抜なファッションということでしょう――このあたりは、個人の美的センスに左右されるところです。理解できないからって、責めてるわけでもないですし、分からなくてもいいんじゃないですか?」


 周りを見れば、社会の窓が開いている俺よりも、負けず劣らず、ダサいファッションをしている人も多いわけで。

 ……もしもファッションセンスがない格好を禁止されてしまえば、全員が冠婚葬祭の礼服になるのではないか……。あれには誰も文句を言わないだろうし、センスもなにもないだろう。あれが正解として、出てしまっているのだから――変えられない。


 変えることが『センスのなさ』を証明してしまう。


「個性を重視すると言いながら、人のファッションに口を出すのは矛盾しているのではないですか、先輩――」


「いいから、閉めなさい」

「あ、はい」


「まったく――閉め忘れたならそう言いなさいよ……。ちょっと恥ずかしいけど、ジッパーを上にあげれば済むだけでしょ、もう……っ」


 じじじ、とジッパーを上まであげて、


「……咄嗟だったんですよ」

「はいはい」


「指摘されて、やばい閉め忘れたって思った時には口が動いていました。でも作ったわけではなくて……本音ですよ? ほらっ、あのファッションなんて、社会の窓が開いているさっきまでの俺と同じようなものじゃないですか!」


「指を差すな」


 幸い、ヘッドホンをしている奇抜な格好の若者はこっちには気づかなかった。

 偏見だけど、人がたくさんいると盛り上がるタイプにしか見えない……。


 飲み会でも隅っこにいる俺とは真逆のタイプである。


「……でも、分からなくもないのよね……、ファッションなんて、受け取り方だもの」


「ですよね! 見せ方どうこうじゃなく、他人の受け取り方次第なので、ファッションセンスがないって言われるべきは着る側ではなく見る側ではないんですか!?」


「ちょっ……っ、熱量が凄いわね……!」


「だからすみません……先輩の私服ファッション、俺には理解できませんでした……センスがないのは俺の方だったんですね……、あ。でも見た時のセンスがないから、着る時もセンスがない服を選んで着てしまっているのかも……?」


 真実に気づいてしまった俺の横で、先輩は数秒、止まったまま――



「え、ちょっと待って!?

 私のことファッションセンスがないって言ってるの!?」




 …了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る