通り魔が語る。


「――オレなんかよりも、よほどあいつの方が危険だろ……」


 薄暗い取調室にいたフードを被った男は、包帯を巻き、両目を塞いでいる。

 彼は目が見えていないのだ。


 元からではなく、彼の犯行と同時に、失明をした――ひとりの青年によって。


「……ナイフを持ち、駅構内を徘徊していたお前が言うか。凶器を持っている分、お前の方が危険に決まっているだろう。まあ、確かに彼のやり方も過剰だが……」


 しかし、ナイフを構えて突っ込んでくる相手に、対処をしても過剰もなにもない気がするが。


 冷静に処理できる一般人がどこにいる?

 訓練を積んだ軍人にしか、対処などできないだろう……。


 ナイフの刃を向けられ、全速力で突っ込んでこられたら――パニックになるか動けなくなるか……。相手の、ナイフを握る手を押さえることも考えつかないだろう。どちらにせよ一般人には難しい対処だ。できるとしたら、カバンを盾にするくらいが関の山ではないだろうか。


「あいつは笑ったんだ……、待ってましたと言わんばかりにっ!」


「笑っていた……? 恐怖のあまりに顔が引きつっただけだろう」


「違う! あいつは……ナイフを持ち出したらなにをしてもいいのだと、許しを得たような顔をしていた――最後にあいつは、『ありがとう』と呟いたんだぞ!?」


「それはお前の幻聴だろう……。混乱し、悲鳴が上がる喧噪の中で、『ありがとう』を聞き分けられるのか?」


「だけど、あいつは確かに――」


 口の動きが、見て分かった。

 それが、犯人が最後に見た光景だったのだ――今でも目に焼き付いている。


 青年は。


 犯人が刃を向けた青年は、躊躇なく、自分の指を通り魔の両目に突き刺したのだ。


 そして、まるでバケツからアイスを取り出すように――くるん、と。


 眼球を、抉り出した。


「……咄嗟にできる行動じゃない……あいつはっ、狙っていたんだ! こういう状況になれば絶対にこれをする――そうでも考えていなければ行動には移せない!!」


「かもしれないな」


「刑事さん! あいつを捕まえてくれっ――あいつは、危険なんだ!!」


「かもしれんが……、青年の狂気性を引き出したのはお前だということを忘れるなよ?」


 そう、通り魔である男が、ナイフを彼に向けなければ、問題としている青年は一生、他人の眼球を抉ることはなかったのだ――自業自得である。


 ナイフを持って自分が強くなったと勘違いした男は、丸腰である青年に光を奪われた。罰としては充分だが、残念ながら、法的な制裁も受けることになる――。

 青年の行動は過剰と言えるかもしれないが、通り魔に下される罰は、過剰ではない。


 誰も彼には同情しない。


 理由なき通り魔に差し伸べられる手はないのだ。


「仮に、手があったとしても――」


 刑事が手を差し伸べる。

 だが、宙を探る通り魔の手は、刑事の手を掴めなかった。


「お前はそれを、握れるのか?」




 …了

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