回復術師の時戻し


 世界各地の戦争地帯に現れる、一人の少女がいた――その名はシアナ。


 彼女は、世界で数人しか存在しない【回復術師】のその一人だった。



「ぁが……腕、が……ッ」


「片腕が千切れ飛んでいますね……大丈夫です、安心してください。私がきたからには千切れ飛んだ腕ごと、回復して差し上げます」


 長い白髪が爆風によってなびく。彼女の背後に落ちるのは数多の銃弾、無数の爆撃だ。しかし彼女は、その流れ弾を見事に回避している……。

 回復術師が持つ加護のおかげだろうか。幸運が、彼女を守ってくれているのかもしれない。


 シアナがその白く細い指で傷口の断面に触れると……、半透明の腕が現れた。千切れ飛んだ男の腕だ。さらに次の瞬間、切断されたはずの腕が、元通りである。

 男は戸惑いながらも手を開いたり、閉じたりして……感覚があることを確かめる。

 ついさっきまであった自分の腕、そのものだ。


 ――これが、回復術師の力なのか……?


「他に気になるところはありますか?」

「肋骨が、何本か折れてる……たぶんな」


「では、ついでに治しておきましょう――どうです? 痛みはありますか?」

「……ない。肋骨どころか、転んで擦り剥いた痛みまでなくなって……」


「はい。目についた全ての怪我を治しておきました……これであなたは、また戦いに参戦することができますね……それとも、余計なお世話でしたか?」


「いや……、怪我をしてもどうせ、生きているなら雑に包帯を巻かれて戦場に押し出されるだけだ。だったら……怪我のない万全な状態で戦場に出た方がマシだ。……助かったよ、回復術師様。あんたのその力、世界中の誰もが必要としているんじゃないか?」


「だと思いますよ。戦争時代ですから……、毎分毎秒、誰かが死んで、怪我をしています……私の手が不要になる時間なんてないんでしょうね……」


 平和な世界。ただ、彼女からすれば仕事がなくなることを意味するので、実際は平和を望んではいないのかもしれないが……。

 とは言え、休む暇がない、というのもきつい。

 シアナ以外にも回復術師は数人いる、とは言え、彼女のように寝る暇も惜しんで働いているわけではないのだ。

 なのでほとんどの戦場を、シアナが駆け回っている。

 彼女の手によって回復させられた兵士は多い。


 三十代以上の兵士は、全員が一度は、シアナの回復を受けているのではないか。


「あんただけは絶対に死ぬなよ……。回復術師がいなくなれば、平々凡々な医者じゃあ、兵士の死亡率は上がるばかりだからな……」


「善処しますよ。あなたも――また私のお世話にならないように」



 結局、その後、彼と再会することはなかった。


 戦場で死亡したのか、傷を持ち帰って、回復が間に合わず亡くなったのかは分からないが。

 こうした出会いと別れを繰り返している――回復術師シアナは、今日も戦場を駆け回り、きっと明日も明後日も、同じように死体寸前の兵士を回復させるのだろう。




 回復術師というのは、世界中が必要としている重要な人材だが、それでも100%の人間が必要としているわけではない。

 たった数%……、1%にも満たない一部の人間が、回復術師を嫌っている場合もあるのだ……たとえば敵国。

 かつて救われた身であっても、それが敵にも同じように回復利用されていると知れば、邪魔に思うのだ。

 自軍が使うのは賛成だが、敵軍が使うのは許せない――回復術師は独占するべきだ、という思想が、シアナを狙う暗部として動いている。


「女性の寝込みを襲うなんて無礼ですね……、あなたは以前、私に助けられたことがありますか?」


「ああ……世話になったことがあるぜ。腹ぁ掻っ捌いて、内臓がぼろぼろとこぼれてたんだ……絶対絶命のところであんたがやってきた……――そして一瞬だった。

 医者もメスを投げる状態だったが、あんたの回復魔術であっという間だったんだぜ――その力は、無償で全世界の人間に振るうべき力じゃねえよ」


「……無償ではないですけどね……一応、生活と、贅沢ができるくらいのお金は貰っていますし……。それぞれの国でも権力が発揮できます。

 無所属ですが、ひとたび国に入れば、私は王族と同等の存在ですからね――今のあなたは私を襲撃していますけど、これ、王族襲撃と同じことだってこと、分かっていますか?」


「知らねえよ。

 暗殺――ってのは、王族にとっては日常茶飯事だろ?」


 暗殺――回復術師を。


 もしかして、思い通りにならないなら殺してしまえ、という考えなのか?


 他人が良い思いをするのは許せないから……、だったら自分も恩恵が受けられないとしても、取り上げてしまえばいい――。

 悪手な気もするが、それを説明したところで、きっと彼は手を引いてはくれないだろう。


「……回復魔術。私の場合、傷を癒しているわけではないのですが……意味、分かりますか?」

「あ?」


「癒しているのではなく、『戻し』ているだけです。

 傷を、怪我をする前に『時を戻す』ことで癒したように見えるわけで――つまり、時を戻した傷を、再び戻せば、どうなるか分かりますよね?」


「なにを――」と、男は言葉と共に血を吐き出した。

 シアナは、彼の『時』を『戻し』たのだ――傷口を、傷ができる前へ戻した状態からさらに、時を戻す前に時を戻した――そうすることで、怪我が再び、彼の体を苦しめる。


 時を戻したのか、時を進めたのかややこしいが、『戻した行為』をおこなう前へ『戻した』ので、時戻しである。


 回復術師シアナは、いつでも、一度でも治した人物の怪我を、再発させることができる。


 彼女が戦場を駆け回っているのは、純粋に怪我人を治してあげたいという善行を積む気持ちもあるが、同時に、自分に逆らえない人材を増やすことでもある。

 戦争は終わらない。

 であれば、シアナに逆らえない人間は、これから先、どんどんと増えていくことになる――。



「――朝日の光が気持ちいいですね……まあ、足下には死体ですけど」


 シアナが固定電話で連絡を取る。


「死体が出ました。私の時戻しではもう無理ですね……、命が消えれば時を戻しても生きているような死体人形ができるだけです……え? それでも構わないんですか? まあ……回収してくれるなら……作っておきますけど……はい、分かりました。

 あと、部屋のクリーニングもお任せできますか? はい、よろしくお願いします」


 受話器を置き、シアナが死体に時戻しの魔術を使うと――命を失った魂なき死体は、綺麗な状態で、その場に残る。

 頬を叩けば目を覚ましそうだが、心臓は動いていないいし、体温もなく、冷たい――。人間に瓜二つ……どころかそれそのものなのだが……、だけど、人形の完成だ。

 誰がどこでどう使うのか知らないが、『人間コレクター』の手に渡るのかもしれない……そっちの世界は、シアナにはよく分からない。


「んーっと。ふふ、今日も良い匂いが漂ってくるなあ……、お腹が鳴っちゃった」


 目覚めたばかりだが、窓から見える向かいにあるパン屋に誘われる。


 シアナは着替えて、とんとんとん、と階段を下りていく――。



 回復術師の朝は、焼き立てのパンと一杯のミルクから始まるのだ。




 …了

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