50年後に質問を。


「母は自殺だったんです……首を吊って――典型的な死に方ですよね」


 会社の飲み会で話題を提供したところ、キンキンに滑ってしまった。上司も同僚も後輩も、なんと返していいか分からず、話題だけが宙に浮いている。


 俺はもう受け入れているし、処理できているので、なんと言われても大丈夫なのだけど……まあ、急にそんなことを言われた側は難しいか。


 席についた全員が、気を遣って、言葉を選んでいる長考だった。


「そう、か……大変だった、のかな……?」


「まあ、後処理はそうですけどね……。でもまあ、自殺ならまだマシですよ。他殺や事故なら、加害者がいるわけで、怒りの矛先がそっちへ向きますけど、自殺なら母が望んだことですし……今考えればもっと良い判断ができたんじゃないか、とは思いますが……。

 当時の母からすれば最善の選択だった、ってことですから。本人が納得して死んだなら、息子の俺が言うことはなにもありません」


 いや、あるけどね。

 言いたいことはたくさんあるけど、責めるような言葉ではない。


 なんで自殺したの? 聞きたいことはそれだけだ。

 あと、納得して死んだのかは分からないから、それもついでに聞いておきたいところだ。


 ……こんなことを話したら酔いが醒めてしまった。また酔いたいが、今度はどんな爆弾発言してしまうか分からない……、場を凍りつかせるのは、二度目は勘弁したいものだ。


「まあ、うん……死者と話せたらいいよな……」


「どうせ死んだら会えますよ……上なのか下なのかは分かりませんけど。死んだら聞いておきます――、無事に会えたらいいですけど」


 だからと言って俺まで早く死ぬことはない。

 絶対に聞きたいことではないので、会えたら、覚えていたら聞いてみようくらいなものだ。


 だから――、死後の楽しみができたと思えば、悲しむ時間はもう終わりにしよう。


「酒が足りませんね……、追加はできますか?」


 おかわりを繰り返す。

 アルコールを摂取し過ぎて死亡する、なんてオチではない。




 きっと、あれから50年後――俺は死んだ。

 他殺でも事故死でもなく、もちろん自殺でもない……病気だった。癌である。

 闘病生活を考えたが、年齢的にももう高齢だったので、このままゆったりと死んでいくことに決めた。闘病すればしんどいだろうし、しんどい思いをして絶対に生きられるとも限らない。

 だったら、楽しく最後の数か月を過ごしたい――というわけで、俺は順当に死に、天国にやってきた。


 ここから先は、人探しである。


 母親はどこにいるのだろう……、そもそも天国にいて、今もまだ健在なのだろうか、と不安だったが、受付の天使が調べてくれた。

 どうやらアパートの一室で、気ままに一人暮らしを堪能しているらしい。


 つるされ荘の二階、二号室のインターホンを押す。中から出てきたのは、母が死んだ当時の年齢のままだった――懐かしい顔である。遺影のままだった……。


「……? どちら様?」


「あなたの息子です。50年経って死んだから、歳を取ってるせいで……けど、息子なのに分からないもの?」


「なーんて、嘘よ。おかえり。久しぶりねえ、息子くん」

「あんた、名前を忘れてるとかないよな?」


 俺の冗談には否定をしてくれず、母が部屋へ案内してくれる。

 手作りのミルクティーを淹れてくれて、懐かしい味にほっとした……温かいだけに。


「それで? あなたはなんで死んだの?」


「癌だよ。闘病する気はなかったから――半年もなかったかな? まあ、闘わないと決めてからの余生は楽しかったよ……満足だった」


「そう、良かったわね」


 二人でマグカップに口をつけ、静かな、ずずず、という音を立ててから。

 ゆっくりと、マグカップを置く。


 ――ここだな。


 50年前、聞きたくても聞けなかった、知りたかったことを、やっと今、聞ける。


 当時、母はなにを抱え、どうして堪えられなかったのか――


 どうして自殺をしたのか、その理由を。



「ねえ、どうして50年前、自殺したの?」


「覚えてるわけないでしょ、50年前のことなんだから」




 …了

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