選ばれ続けた地球人
二十代前半の男が、白いベッドに横たわっている。
そんな彼を見下ろすのは、半透明の体を持ち、長い髪を揺らしている青年だった。
「さて、手術を始めようか」
半透明の青年が、浅いプラスチック容器の中からつまんで取り出したのは、一センチ四方のチップだった。このチップを体内に埋め込むことで、この地球人がこれから得る経験を受け取ることができる。
加えて、こちらから信号を出せば、この地球人の行動をある程度は操作することも可能だった。ようするに、地球を調べるためのドローンを作ってしまおうということだ。地球人の姿をしていれば、調べている最中に叩き落とされることもない。
丁寧に全身麻酔をかけ、青年はメスを準備する。実験体の彼の体を深く傷つけるつもりはない……、ただ少しの切れ目を入れ、チップを埋めるだけだが――念のためだ。
ゆっくりと、メスを入れ、肉を切る。
親指と人差し指で広げるように、切れ目を横に伸ばし、チップを仕込もうとして――「ん?」
青年の手が止まった。
「これは……チップか?」
青年が持っている機種とはまた違う。別の惑星の……、異星人がこの地球人に仕込んでいたチップ、という可能性が高そうだ。
同じことを考える異星人がいたらしい……、まあ、なくもないけれど、まさか仕込む地球人が被るとは……。何億分の一の確率なのではないか?
運がない。
いや、運が良いと言うべきか?
異星のチップが手に入るなら、得をしたと言ってもいいだろう。
「これを除けてから、あらためて、我々のチップを――」
「先生!!」
背後の扉を勢いよく開けて入ってきたのは、半透明の少女だ。彼女は青年の助手である……、彼女には別の仕事を振っておいたはずだが……問題でも起こったのだろうか。
「どうした」
「その地球人のレントゲン写真なんですけど……見てくれますか?」
はあ、と溜息を吐きながら、チップを置いて振り向く青年。
彼女が持ってきたレントゲン写真を見ると――たくさん、だった。
既に、地球人の体内にはチップが無数にあった。まるで星座である――。
「…………これは」
「多くの異星人が、この地球人を選んでチップを埋めていることになりますよね……? これ、偶然と言えますか……? この地球人をピックアップしてしまう『なにか』が、この地球人が持っているのではないですか……?」
彼らがこの地球人を引っ張り上げたのは、なんとなくだ。
もちろん、条件はある――若くて、体内にチップがあることに違和感を持たなさそうな鈍感さを持ち合わせ、人生を謳歌し、人とのコミュニケーションを円滑に進められる人物であることだが、探せば他にも同じような青年はいるだろう。
にもかかわらず。
異星人は彼を選んでいる……なぜ?
選んだ青年が被っていたのではなく、青年が発するサインに、異星人が引き寄せられてしまったと言うのであれば――もしかしたら下調べをされているのは、こちら側なのでは――?
「す、すぐにこの地球人を降ろすぞ! なにかが起きてからでは遅いんだ!!」
「では、チップはどうしますか!?」
「我々のチップは入れない。チップから読み取られてもまずいからな……」
逆探知が最も怖い。
無数のチップが既に地球人に埋め込まれている。もしかしたら……、罠にはまった異星人たちは既に、地球人によって観測されているのかもしれない――。
情報が、抜き取られている……?
「ほ、ほんとうに、そうなんでしょうか……?」
「分からん。分からんが……、博打でチップを埋め込むには、リスクが高過ぎる。別の地球人をあらためてピックアップして、チップを埋め込もう……。もしくは……、地球には、手を出さない方がいいのかもしれないな……」
安全な惑星と言われているけれど。
認知されているそれこそが、地球が被っている仮面だとすれば、たった一つのチップから母星が壊滅してしまうこともある――宇宙戦争とは、前兆なく始まり、気づけば終わっている……、滅亡の原因を作りたくはない。
「引き返そう。この任務は、我々には荷が重過ぎた――」
朝、裸で目覚めた若い男は、昨日の記憶がまったくないことに首を傾げるが、
「……酒でも飲み過ぎたかな……」
若干、二日酔いの気持ち悪さもある……きっとそうだろうと思い、台所へ向かった。
水を飲んでいると、後ろでスマホが呼んでいた。
「はいはい――あ、おはよう。どうした?」
『どうしたもこうしたも……あんた、昨日の夜、どこにいたの?』
「え? どこって……覚えてないけど……居酒屋にいたんじゃねえの? 酒を飲んでたと思うし……たぶんな。記憶がねえんだよ――」
『……そう。間違いかもしれないけど……あんたのGPSがおかしいのよね……こんな位置を表示するのは――バグでなければ……』
「は? お前、俺のスマホの位置情報が分かるのか? いつの間にそんな設定を――」
『ちょっと違うけど、まあそんなようなものね――でね、調べてみたら……あんた、昨日どこにいたのか、教えてあげようか?』
悪友 (元カノ)からの雑談に、あくびをしながら返す若い男は、二度寝をしようとベッドに横になる。
意識はもうほとんど夢の中だった――だから次に言われた真実にも、驚かない。
というか驚けない。
既にもう、意識はなかった。
『上から見れば確かに居酒屋だけど……高さまで調べたら――宇宙にいたわよ?』
…了
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます