ついさっきまで未来の子。


「そこのお二人さんっ、喧嘩はやめましょうよ!」


 突然現れた少女に、喧嘩をしていた高校生カップル……ではなく、家がお隣の、幼馴染の二人が面食らった。

 今日はクリスマス……、気を遣ったのか、青年と少女の両親は家を空けている――どうせこの機会に、もどかしい関係を進めてしまえ、という狙いがあるのだろう。


 背中を押されている。

 そう分かってはいても、それでもなかなか進まないのが二人の関係性だった。


 親が張り切って飾った、クリスマスパーティ用のイルミネーション……、住宅地の中で一際目立つベランダで口喧嘩をしていた二人の仲裁に割って入ったのは、中学生ほどの少女である。


 赤い服は狙ったのか?


 少し遅いサンクロースである。


「だ、誰だよ……、どこから入ってきた。玄関の鍵もちゃんとかけたはずだぞ」


 かけたはずだが……、かけた後で幼馴染の少女が鍵を開けていたら入ってこれるだろうけど……、それは玄関でなくとも一階の窓でも同じことだ。


 無意識に、責める視線を向けてしまっていたせいで、少女の怒りがさらにヒートアップする。


「え、わたしを疑ってる? 信じられない……っ、かけた鍵をわざわざ開けて、この子を誘い込むメリットなんてわたしにないでしょ!」


「そんなの分からないだろ」

「分かりなさいよ!」

「無茶言うな!」


「まあまあ、お二人とも……。今日は大事な大事なクリスマスなんだよ? 喧嘩して終わるなんて、嫌だと思わない?」


 少女の言い分は、モヤモヤするものの、間違ってはいない……。彼女は何者で、どうしてこの場にいて、わざわざ仲裁してくるのか……聞きたいことは山ほどあるが、それよりも今は、目の前の幼馴染への怒りが勝ってしまっている。

 まずはこっちを消化しないと……、気持ち良く正体不明の少女の問題には取り組めない。


「……ひとまず、お前は下で待ってろ。準備してるチキン、食べてていいから……」


「えっ、ほんとに!? やったっ、ありがとパパ!」


 少女が青年に抱き着き、首筋にキスをした。


 それを見てヒートアップ以上にオーバーヒートしそうなのは幼馴染である。


「…………あんた、また……っ」


「またってなんだよっ! だから俺は、お前との約束を破って別の子と遊んでたわけじゃないし――というか、付き合ってもないのになんで浮気を責められてるみたいになってんだっ、そもそも俺が誰と買い物にいこうが勝手だろ!」


「……そうね。そうだよね……あんたは……それでいいんだね?」


 怒りよりも、呆れ、というわけでもなく……。


 彼女の感情は、ショックが大きいのだろう。


 後ろから聞こえてくる、遠ざかる足音。

 それと同じように、幼馴染の気持ちも、遠ざかっていっている気がして……。


「……買い物は、さ……」


「…………うん」


「お前へのプレゼントを買うために……、アドバイスを貰ってたんだよ……」


 女子へ送るプレゼントのアドバイスは、当然、女子に聞くしかない……。渡す本人以外でなければ、サプライズの意味がないのだから、こそこそと行動してしまうのは必然だった――

 それを、偶然、彼女に見られてしまっていたのだ。


「勘違いさせた俺も悪いよな……、傷つけて、ごめん……。プレゼント、用意したんだ……もう、いらないって言うかもしれないけどさ……、貰ってくれるか?」


「貰う」


「はやいな……即答かよ……」


「だって、わたしのために選んでくれたんでしょ? わたしの目を気にしてこそこそと、わたしを喜ばせるためにさ――」


「言い方……。まあ、そうだけど……」


「ふふっ、機嫌、直ったから――貰ってあげる」


 そんな上からの態度ならあげねえ……なんて言い返してしまいそうになったが、幼馴染の満面の笑みを見てしまえば、この笑顔を崩すようなことは言いたくなかった。


「下にあるから……戻るか」


「うん。チキンと、ケーキも準備してあるんだよね――って、あの子は……」


 言われて、咄嗟に首筋を押さえた青年は、しまった、と後悔した……。わざわざ注目を集めるべきではなかった。リアクションをしなければ、幼馴染は忘れていただろうに……。


「キスされてたね」

「……無理やりな」


「で? あの子は誰なの?」

「さあ? お前の親戚とかじゃないのか? ……だって、お前に似てただろ」


「そう? あの子、中学生くらいでしょ? ……懐かれてたわね……年下にデレデレしちゃってさー……。ああいう子がタイプだったりするの?」


「タイプじゃないけど、でも、可愛いとは思うぞ……お前に似てるんだし」

「…………」

「おい、黙るなよ」

「なに、わたしのこと、口説いてるの?」

「今更それ言うか?」


 二人にしか分からない、二人なりのじゃれ合いをしながらリビングに戻ると、正体不明の少女がチキンにかじりついていた。

 手の平サイズのチキンとは言え、既に三個目である……、女子が食べるにしては多いと思ったが……彼女は余裕で平らげている。


「あ、仲直りした? パパ、ママ——」


「ああ、仲直りはしたっちゃしたけど……、お前、誰なんだ? なんで俺たちのことをパパとかママとか呼んで……」


「だって、パパとママだし」


 チキンだけでなく、フライドポテトにまで手を伸ばす。

 彼女の正体は、なんとなく予想はついたが……だけど本当に? 鍵がかかった部屋に急に現れたことや、二人に似ている部分が多いことから、完全否定するのはモヤモヤする――というのが実情だった。


「……名前は?」

「言わないよー。それはパパとママが名付けることになるんだし」

「……じゃあ、お前は……、本当に俺たちの子……なのか?」


 塩がついた指先をぺろりと舐めた少女が、答え合わせをした。



「うん。あたしはパパとママの子だよ。二人が二十歳の時にあたしが生まれ、



 と、そこで。


 彼女の姿が消えた。


 跡形もなく。

 そこにいた、という痕跡も消え……。


 食べかけのチキンだけが、お皿に残っている。


 ……どうして? 制限時間がきた、とか……?


 ――それとも。


「わたしたち、結婚、するの……?」


「あいつが生まれたってことは、そうなのかもしれないけど……でも……」


 未来の娘が、消えてしまった。


 これをどう解釈する?


 消えたということは、過去に滞在できる『タイムリミット』がきてしまい、未来に戻ったパターンと、正体を明かしたことで、『この世界では、彼女は生まれない』未来だと確定してしまい、娘の存在が消えてしまったのかもしれない……。

 もしかしたら、些細な行動の違いで、生まれてくる子が女の子から男の子に変わって……――ゆえに、未来の娘は痕跡も残さず、消えたのだ。


 あの子が生まれてくる未来は、もうない。


 正体さえ……、両親の未来の関係性を明かさなければ……、だからこれは自業自得である。


 恋のキューピッドのつもりが、自らを殺す破魔の横槍だった……?


「……まあ、とりえあず、気を取り直して」


「そうだね……ご飯、食べよっか」


 チキン、ポテト、ケーキ――、幼馴染二人きりで過ごすクリスマスは、特にそれ以上の進展はなく……それでも僅かに、でも確実に、距離は縮まっていたのだった。




 …了

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