第25話 姉妹
「ふんふん~♪」
空を爆速で飛ぶ私は鼻歌混じりで家に帰る。
今日も今日とて家に帰ったらゲームを楽しみにし、私は空を駆ける。
お姉ちゃんはいつも吸血鬼の力は使うな~って言うけれど、私からすればこんな便利な力を使わないなんて勿体無い。
どうせ、人にバレたとしても、洗脳で黙らせれば良いし。
けれど、あんまりそういう事をしたくないので、出来るだけ周りを確認しながら私は着陸する。
誰も居ないね。
私は家の前に着陸したら、すぐさま角と羽を消す。
これで、良し!!
私は扉の前でパチン、と指を鳴らす。
それと同時にカチャ、という音がした。
ん? その音に違和感を覚える。
あれ? 今のって鍵が閉まった音だよね?
お父さんとお母さんが帰ってきた? いや、それは無い。
お父さんとお母さんは前にしばらく帰ってこないって言ってたし、じゃあ、お姉ちゃん?
でも、お姉ちゃんだったらちゃんと鍵掛けてるよね?
私はそんな疑問を抱きながらも、もう一度指を鳴らす。
カチャリ、今度は鍵が開く音がした。
「ん~、誰か帰ってきてるのかな? あ、お姉ちゃんの靴がある……んぅ~……おかしいねぇ~」
私は探偵のように顎に手を当てる。
おかしい、お姉ちゃんの靴があるんだけど、グチャグチャだ。
脱ぎっぱなしにしていて乱雑。お姉ちゃんはちゃんと靴を揃える人なのに。
私はお姉ちゃんの靴を揃えなおし、その隣に靴を脱ぐ。
「おねーちゃーん!! いるのぉ?」
声を掛けても返事は無い。
これまた変な話だ。いつもお姉ちゃんが居るのなら、お出迎えしてくれるのに。
やっぱり、今日は変な日だ。
「おねーちゃーん!! 私の大好きなおねーちゃーん!!」
私はそんな事を言いながら階段を上がっていく。
それからリビングに出るけれど、お姉ちゃんの姿は無い。
制服も、鞄も何もない。キッチンに行っても料理をした形跡も無い。
明らかに変だ。
「お姉ちゃん、部屋かな?」
私は更に階段を上がる。それからお姉ちゃんの部屋の前に立ち、ノックする。
「おねーちゃん、いるぅ?」
コンコン。
コンコン。
何度、ノックしても返事が無い。
居るはずなのに、どうしたんだろう。
いつもなら、すぐに返事してくれるのに。
私は何だか気になって、お姉ちゃんの扉に耳を当てる。
そうすると、ひっそり聞こえてきた。
「……っく……うぇえ……っく」
「お、お姉ちゃん!? 泣いてるの!?」
な、何で!? お姉ちゃんが泣くことってあんまり無いのに。
私は何度もノックをする。
「お姉ちゃん、どうしたの? 愛しい妹ドロシーちゃんが帰ってきたよ?」
「……ドロシーちゃん?」
「うん、ドロシーだよ。お姉ちゃん、大丈夫? 何かあった?」
私はお姉ちゃんが心配になり、尋ねる。
扉の向こうに居るお姉ちゃんの足音が聞こえ、ゆっくりと扉が開かれる。
扉はほんの僅かにだけ開かれ、そこからお姉ちゃんの顔がほんの僅かだけ見えた。
「お、お姉ちゃん……目元、真っ赤だよ……」
「だ、だって……私……カイトに、嫌われたんだもん……」
「……え?」
そんな事を言いながら、めそめそと泣き始めるお姉ちゃんに私は絶句する。
か、カイトさんがお姉ちゃんを嫌った?
は?
ぶっ飛ばし案件なんだけど?
「お姉ちゃん、殴りに行くから場所教えて」
「え?」
「だから、ぶん殴りに行くから、場所、教えて?」
「ちょ、ちょっと待って、ドロシーちゃん!!!」
「待てない!! お姉ちゃんを泣かす悪い奴は全員私がボコす!! そう決めてるの」
これは私の密かな誓い。
昔からずっとお姉ちゃんに守られてきた私はもしも、お姉ちゃんを泣かすような最低最悪のクズ野郎が現れた時に、誰よりも速く駆けつけてぶん殴ると決めている。
それくらい、私はお姉ちゃんが大好きなんだ。
誰かに傷つけられたら、それを1000000倍にして返す。それが私の流儀。
私の心は怒りとやる気に満ち溢れ、思わず指を鳴らす。
「だってぇ、お姉ちゃんが泣いてるんだよ? そいつは万死に値する。まぁ、良いや。手当たり次第に探せばいつか見つかるでしょ」
「ほ、本当に待って、ドロシーちゃん……は、話を聞いて?」
「……話を聞けば私も納得できる?」
私の問いにお姉ちゃんは曖昧な顔をする。
「そ、それは分からないけれど……話は聞いて欲しいかな」
「分かった。お姉ちゃんの頼みだもん。この恋愛マスター、ドロシーちゃんが聞きましょう」
私は出来るだけお姉ちゃんが元気になれるようにおちゃらけて言う。
すると、お姉ちゃんは私を部屋の中に招きいれ、話をし始めた。
その話をようやくすると。
何だか最近、カイトさんとお姉ちゃんはちょっとギクシャクしていたらしい。
カイトさん自身があんまりお姉ちゃんと話をしようとしている訳ではなく、距離を置こうとしていた。
それでもお姉ちゃんは毎日、カイトに話しかけていたという。
この話は何となく私は知ってる。
まぁ、お姉ちゃんが最近カイトと話せてないな、みたいな独り言を聞いてたから。
そして、それらが積もり積もった今日。お昼休みに事件が起こった。
その時にお姉ちゃんは周知の事実だけど、カイトさんが好きだ。
でも、そんな気持ちを踏みにじるように、カイトさんが急激にお姉ちゃんから距離を取ろうとした。
しかも、その取り方が。
吸血鬼と食糧係っていう、明確なまでの差。
まぁ、遠回しに人間と吸血鬼は相容れない、みたいな話をしたという。
それにショックを受けたお姉ちゃんが絶望して、最低と捨て台詞を吐いて、そのまま帰ってきた。
そして、そのショックを全く受け入れる事が出来ず、今に至るまで泣いていた、と。
要約するとこんな感じらしい。
「なるほどね……お姉ちゃんをお姉ちゃんとして見てくれた人だったのに、そうやって差別、ミタイな事が言われたのがショックだったんだ」
「うん……」
「でも、カイトさんってそれ、本心なのかな?」
「そ、それは……」
私の言葉にお姉ちゃんは口ごもる。
「それは多分、お姉ちゃんが誰よりも知ってる事だと思う。カイトさんはそんな事、絶対に思ってないって」
「……そう、かな。もう何を信じたらいいのか分からなくて」
「何を信じたらいいのか分からないなら、私を信じてよ、お姉ちゃん」
「ドロシーちゃん……」
「私はずっとずっとずぅ~っと、お姉ちゃんの味方なんだもん。ね?」
ニコっと私はお姉ちゃんに笑いかける。
誰かを信じられなくても、お姉ちゃんは私を信じれば良い。
だって、私達はずっと姉妹で生きてきたんだから。
私だって何も信じられなくなったら、多分、お姉ちゃんを誰よりも信じる。
それと同じ。
「……ドロシーちゃん、ありがとう」
「どういたしまして。それでね、お姉ちゃん。話の前提を嫌ってないって方向性にすると、この恋愛マスタードロシーちゃんからは別の観点が見えてくる訳」
「……ど、どういう事?」
「ふふふふ、それはね――」
私はそう前置きしてから、思い切り息を吸う。
そして、それを吐き出すと同時に声を上げた。
「秘密ですっ!!」
「……ドロシーちゃん? これは遊びじゃないのよ?」
「いやいや、違うよ、お姉ちゃん。これはカイトさんの名誉の為に言えないの。だから、一つだけ。たった一つだけ、お姉ちゃんだけが出来る解決方法があるよ」
「え? な、何かしら?」
私はお姉ちゃんの顔を指差し、口を開いた。
「カイトさんを信じて待つ事。それだけ」
「……どういうこと?」
「分からなくてもいいし、多分、すぐに答えは分かると思う。でも、お姉ちゃんから出来る事は正直何も無いんだ。だから、お姉ちゃんはずっとずっと信じて、カイトさんを待ち続けるしかない」
「待つって……良く、分からないわ」
お姉ちゃんには分からないと思う。
傷ついた当人だし、カイトさんがそういう感情を抱いているって想定も難しいかもしれない。
でも、カイトさんが私の思う人、お姉ちゃんに本当に相応しい人なんだとしたら、絶対にお姉ちゃんに会いにくるはず。
私はお姉ちゃんの手を取る。
「お姉ちゃん。お姉ちゃんはカイトさんの事、大好きなんだよね?」
「そ、それは……」
「アレだけの事を言われても、心のどこかで何か理由があるはずなんだってそう思ってるんじゃない? 私の知ってるカイトさんはそんな事言わないって……」
「…………」
私の言葉にお姉ちゃんは押し黙る。
そう思ってるんなら、大丈夫。私はお姉ちゃんの手を強く握った。
「大丈夫。お姉ちゃんがカイトさんを大好きでいれば絶対に仲良くなれる。お姉ちゃんをずっと見てきた私が言うんだもん。信じてよ」
「…………そうね、分かったわ。今はドロシーちゃんを信じてみる」
「うん。それで良い。それにね、お姉ちゃん女は港って言うんだよ!! だから、男が帰ってくるのもまた女の務めなんだから!!」
私はお姉ちゃんを励ます意味を込めて言う。
絶対絶対、大丈夫。
だって、お姉ちゃんとカイトさんはお似合いなんだから。
お姉ちゃんは私の言葉を聞いて、小さく笑う。
「……そうね。励ましてくれてありがとう。だいぶ、ラクになったわ」
「うん。あ、じゃあ、お姉ちゃん。今日は一緒にお風呂入ろ!! いっつもお姉ちゃん、断るから」
「……しょうがないわね、今日だけよ」
「やった!! にひひ」
私はお姉ちゃんと手を繋ぎ、部屋を出て行く。
うん、やっぱり、お姉ちゃんは笑ってないと。
でも、本当の笑顔にさせられるのは君だけなんだからね、カイトさん。
さっさと来ないと、本当に――。
ブチ殺しちゃうぞ☆
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