第22話 恋とは

 俺はカイトに連れられ、最上階にある空き教室に足を運んでいた。

 後ろ手にカイトが扉を閉める。

 中は雑多に机や椅子が置かれている。どうやら、物置として今は使われているらしい。

 

 誰も入ってこれないようカイトが鍵を掛けてから、口を開いた。


「さて、何から話そうかな」

「相談事あるんだろ? それで良いじゃねぇか」


 俺としても別に女王様の事を深く聞くつもりなんて毛頭ない。

 あれは、カイトと女王様の秘密。俺には全く関係の無い話だ。

 すると、カイトは近くにあった椅子に座り、一つ息を吐いた。


「相談、ねぇ……」

「おいおい、お前が連れて来たんだろ? 誰にも聞かれたくない話があるんじゃないのか?」


 俺の問いにカイトは渋い表情を見せる。

 これはいざ、相談という形で呼び出したけれど、何をどう話すべきか迷ってる顔だ。

 すると、カイトは一つ息を吐く。


「まぁ、一つずつ話してくか。まずはアリスの事なんだが」

「女王様な。俺は別に何も聞かないぞ? さっきあった事も全部忘れる。当然だ」

「ああ、頼むな。俺個人の判断だけじゃ、あれはどうしようもないんだ。アリスの意志が必要になる。もしも、アリスが言いたくない、もう二度と話さないし、言うのであれば、今度話すよ」

「それで良い。むしろ、それが良い。俺はただの部外者だからな」


 カイトの提案を全部呑む。

 それで良いのだ。

 俺は確かに女王様に敬意は評している。

 けれど、それは何も全てを知りたいと思っている訳じゃない。

 それぞれ人には知られたくない事の一つや二つ、あって当然だ。


「じゃあ、とりあえず、アリスの件はこれで解決な」

「おうよ。んで、次はどうしたんだよ。オメーが相談なんて。珍しいじゃねぇか」

「ああ、そうだろ? ちょっとな、最近気になる事があるんだよ」

「気になる事?」


 俺が首を傾げると、カイトは腕を組み、何かを思い出すように口を開いた。


「ああ。最近、おかしいんだ」

「おかしいって何が?」

「あーっと、言葉にはしづらいんだが……何ていうだ? こう、もにょるというか、もやるというか……」


 おい、こいつなんか危険な薬物とかやってねぇだろうな。

 今まで一度もそんな事言った事なんて無かったじゃねぇか。

 俺は言っている意味が分からず、首を傾げる。


「いや、良く分からねぇ。はっきり言ってくれ」

「えぇ……それがムズいんだよ。こう、何ていうんだ? ふわふわ? してると言えばいいのか?」

「あー、分かった分かった。抽象的なんだな」


 どうやら、カイトに言語化を頼むのは難しい。

 だったら、こっちから質問をして答えを導き出すしかない。


「じゃあ、その気持ちはどういう時に出てくる?」

「どういう時……ん~……」

「ほら、何か共通点は無いのか? そうもやる? ときの」

「共通点……」


 カイトは考え、おお、と前置きしてから口を開いた。


「アリスだ!!」

「は?」

「そうそう。アリスだよ。アリスの側に居たり、アリスに血をあげたり、アリスと一緒に過ごしてると時々、何かこう……変な感じがするんだよな」

「…………」


 おい、俺はこいつをぶっ飛ばしても良いか?

 

 いや、待て。落ち着くんだ、サル。冷静になれ。


 これは恐らくだが――大きすぎる第一歩と言える。むしろ、ようやく始まったのかもしれない。

 これは俺があの日、誓った事を果たす時なのかもしれない。


「なるほどな。カイト。それについては俺ぁ、良く知ってるぜ」

「お? そうなのか? 何なんだ、これは」

「ふっ、それはな、恋……だZE☆」


 ようやく一歩進んだカイトの情緒に喜び、ふざけて言う。

 しかし、カイトは何を言っているのか分からないといわんばかりに首を傾げる。


「恋? 恋な訳ないだろ。俺はアリスは好きだけど、そういうのは別に無いが?」

「……いや、あるね」

「ない」

「ある!!」

「ない!!」


 自覚無し。ですか。

 だったら、こっちにも作戦はある。俺はカイトに質問をぶつける。


「……じゃあ、お前に聞くけどよ。女王様が他の男と居たらどうする?」

「それは無いな。あいつ、彼氏居ないし」

「例え話だって。もしも、女王様が他の男とイチャついてたらどうよ」

「イチャついてたら?」


 想像しているのか、カイトはう~ん、と唸り声を上げながら想像する。

 そうそう。そうやって考えて、嫌な気持ちになるだろ? それが――。


「良いんじゃないか? それがアリスの選択なら」

「こいつ、マジで……」

「いや、そうだろ? そういう未来をアリスが選んだなら、周りがグダグダ言う事じゃねぇ」

「いや、そうだけど!! そうかもしれないけど!! ほら、女王様が取られてヤダみたいな感情は無いのか?」

「取られて? いや、アリスは別に誰のものでもないぞ?」


 おい、ほんっとうに俺、こいつぶん殴って良いか?

 唐変木すぎるだろ、こいつマジで。


 いや、違うぞ。サル。カイトという人間は時に俺の想像を超えていく。

 このアプローチはダメなんだ。

 この恋愛に疎すぎるバカに恋愛の感情というのを教えてやるのが、親友のやるべき事。


「じゃあ、質問を変えよう」

「おう」

「お前、女王様の事、好きか?」

「ああ、好きだ」

「友達として?」

「ああ、勿論だ」

「女の子としては? 魅力的だな~とかは?」


 俺の質問にカイトは考え、口を開いた。


「それはそうだな。魅力的だ」

「おっぱいデカイし、ケツもデカイし、揉みたいって思うよな」

「……それは無いな」

「何でだよ!!」

「いや、お前……それはセクハラだろ」


 こいつ、枯れてんのか? マジで。

 ていうか、理性が仕事しすぎだろ。俺は肩を竦める。


「そうじゃねぇよ。セクハラとかは一旦置いといて、女王様のおっぱいとか、ケツを触りたいって思うだろ? 独り占めしたいって。男なら当然思う事だろ?」


 第二のアプローチ。思春期男子の性欲を利用する。

 基本的に男子高校生は女の身体に弱いが、流石に恋する相手、つまり、異性であれば、特別な感情を抱くはず。

 それこそ、抱きたい的な。そうした邪な気持ちを呼び起こさせて、恋を自覚させる。


 これはいけるかもしれない。


 カイトは無言のまま考え、口を開いた。


「確かに。それは思うな」

「だろ? だったら、それが恋だ。その独り占めしたいって感情が……」

「いや、独り占めっていうか、一人しか無理じゃね? お前、3Pとかはハイレベルすぎないか?」

「…………」

「さ、サル?」


 いや、落ち着け。

 怒りに負けるな。このバカの変化球過ぎる返答にイラつくな。

 どういう思考回路してんだよ、恋ってロジカルだけ欠落してんのか? こいつは。

 それかお母さんのお腹の中に恋愛感情を捨ててきたのか?


 それは無い。カイトは今、それを目覚めさせようとしているんだから。

 アプローチを変えてやれば良い。


 俺は一つ息を吐き、カイトに尋ねる。


「じゃあ、お前に聞くけど!! さっきやってたアレ!! アレをお前じゃなくて別の男だったらどうする?」

「さっきの? ああ、アレか……アレは……ん?」


 と、そこでカイトは目を丸くする。

 それからすぐに口を開いた。


「い、今だ!! サル、今すげーもやってるぞ!! 確かに……考えてみたら、俺以外の奴から血を貰うのは嫌だな……う~ん……何でだ?」

「それが恋って事だ。好きな人を奪われたくないっていう気持ちだ」

「恋? これが? ……そうなのか? でも、これただの独占欲じゃねぇか?」

「恋ってのは独占欲みたいなもんなんだって!!」


 俺が後押しするが、どうもカイトはピンと来ていない様子。

 しかし、カイトは考え込んだまま、口を開いた。


「そう……なのか? ……サル、悪い。ちょっと考えても良いか? また、答えが出たら相談に乗ってくれ」

「お、おう」


 そう言うと、ぶつぶつと呟きながらカイトは空き教室を後にする。

 その背中を見送り、俺は一つ息を吐いた。


「ったく。これで多少は女王様を意識するだろ。これで女王様の恋も実るはずだ。うんうん、良かった良かったハッピーエンドってな!!」


 これでカイトと女王様は正式にお付き合いをする事になり、女王様と親友の幸福が約束される。

 これはとてもめでたい事だ。

 親友には幸せで居て欲しいもんだからな。


「是非とも、カイトには男を見せて欲しいな」


 せっかく後押ししたんだし、俺の恋だって諦めたんだ。

 親友が幸せにならなくちゃ割りに合わない。


「さ、教室に戻るか」


 今日見た事だけを綺麗に忘れ、俺は空き教室から出て行った――。

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