第21話 サルの困惑

「ふわあ……」


 俺は欠伸をする。

 昼食時、俺は飯を食い終わり、屋上で一休みでもしようかなと考えていた。

 屋上は前に俺とカイトで扉を開ける為のピッキングで遊んでいた場所だ。

 それで開けられるようになった事を思い出し、俺はそこに足を運んでいた。


 今日は新作ゲームのやりすぎで、完全に寝不足だ。


「こういう日は屋上で寝るに限るな」


 いつも来ているという訳ではないけれど、本当に時々来ているのだ。

 あそこは人も寄り付かないし、絶好の睡眠場所。

 俺は階段を上がっていく。昼休みではあるし、何人かの生徒とすれ違うけれど、それでも最上階に来ると、生徒の姿は一人も見えない。


「良し良し。さっさと仮眠でも取って、午後の授業に備えるか」


 俺は授業中寝たいと思っているのだが、俺の後ろに居る悪魔がいつもそれを許してくれない。

 いや、あいつの言っている事が間違いという話ではなく、俺が悪いんだが、授業というのはどうしても退屈じゃないか。

 授業の話を聞いても、何か良く分からないし。

 けれど、聞かないと普通に後ろから怒られるし、相手は親友。

 そう邪険にするわけにもいかない。


 俺は階段を上がりきり、屋上に繋がる扉を見る。

 扉はしっかりと閉まっていて、開けた形跡は無い。

 胸ポケットから針金を取り出し、扉にある鍵穴に入れる。


 カチャカチャ、と鍵を開けようとするのだが、そこで違和感を覚える。


「ん? 開いてるぞ?」


 間違えるはずが無い。

 俺はこの屋上の鍵を開ける事に関してはプロだ。

 そして、これをやった人間というのは他にいない。

 俺達はその場のノリで毎日のように通って、ピッキングをマスターしたんだから。たかが、屋上の扉を開ける為にそこまでするようなバカは俺達以外には居ないだろう。


 俺は首を傾げる。


「カイトの奴が開けたのか? ん? そういや……」


 俺は気付く。

 そういや、いつもカイトって昼飯の時、居なくなるよな。

 新学期が始まってからというもの、女王様の弁当を食べている事は周知の事実だが、それを何処で食べているのか、という情報は一切入ってこない。

 それをカイトに聞いたとしても、はぐらかされるだけで、それ以上聞いてくるな、という雰囲気を感じて聞く事が出来ない。


 俺とカイトは基本的に互いに踏み込んで欲しくない部分は踏み込まない、という暗黙の了解がある。本当に話したくなった時、にっしもさっちもいかなくなった時のみ話を聞き、手助けする。

 そう何となく互いの間で決めていた。

 俺には俺の、カイトにはカイトの。住む世界があるんだから。


「……入ってみるか」


 俺は出来るだけ音を立てずに静かに扉を開ける。

 屋上はそれなりに広い。俺は辺りを見渡した。出来るだけ、存在を気取られないように。

 そこで、俺が目にした光景に言葉を失った。


……え?



「…………」

「…………」


 カイトと女王様が居る。

 日傘のようなモノを立てて、日光を遮断し、そこでカイトが女王様に右腕を差し出している。

 その右腕に女王様が噛み付き、喉を何かを飲むように動かしている。

 それだけじゃない。女王様の様子がおかしい。

 

 頭にはまるで悪魔のような角。背中には羽。少なくとも、人間にはあるはずの無いモノがあった。

 しかも、羽はパタパタとまるで生き物のように動いている。


――え? どういうことだ!?


 俺の頭は混乱する。

 こんな光景を見せられて、混乱しない奴なんて居ないだろ。

 と、とりあえず、混乱する頭を動かし、俺は扉を閉め、屋上に繋がる廊下に戻り、階段を一つ下りる。その踊り場で混乱する頭を整理する。


「ま、待て。あれは間違いなくカイトだ。その側に居たのは女王様、なのか?」


 そもそも、女王様がどうしてカイトの腕に噛み付いている? それで何かを飲んでいた?

 俺はバカな頭で考える。

 思い出せ、どうして、カイトがいきなり女王様と仲良くするようになった?


 あれはそう。カイトがいつも通り、バッジを付ける時に指を刺して血を流した時。

 あの時に何故か、女王様がカイトを保健室に連れて行った。

 そして、その翌日から何故か、女王様がカイトに昼飯を作るようになったんだ。

 それだけじゃない。二人の距離はそこから縮まった。


 何かがある、として。腕から吸うもの――血?


「ち、血を吸ってる? って事か? だとして、日傘……」


 俺はもう一つ思い出す。

 体育の授業で、カイトがいきなり女王様の不調に気付いて、保健室に連れて行った事があった。あれは体育での疲れで体調が悪くなったのかな~なんて思ってたけど、実際は違う?


 何だろうか。色々と点だったものが線になっていくのを感じる。


「ち、血を吸って、悪魔みたいな角や羽が生えてる……も、もしかして、じょ、女王様って人間じゃない?」


 ほ、本当にそんな事があるのか?

 女王様が人間じゃないなんて事。た、確かにあの美貌は人間離れをしている、しているけれど。

 それが女王様が人間じゃないという結論にはならない。

 たまたま、女王様が人間離れして見目麗しいだけかもしれないし。


 けれど、あんなものを見せられたら……。


 たらり、と俺の頬を汗が伝う。


 も、もしかして、お、俺はとんでもないものを見てしまったんじゃないか?

 女王様の知られちゃいけない秘密を知ってしまったんじゃないか?


 俺は考える。


 俺はカイトの親友だ。あいつを裏切るような真似だけは絶対にしねぇ。

 あいつは昔からいつも俺を助けてくれる。

 悪態を吐きながらも、絶対に見捨てるような事はしない男だ。


 だったら、俺のするべき事は一つだけ。


「何も見なかった事にしよう。知らなければ言う事も無いしな」


 何も見なかった事にするだけだ。

 今、見た光景を全部、俺の頭の中から消し去る事。

 間違いなく、あれはカイトと女王様の間にしかわからない事で、俺に関係のある事じゃない。

 そこに俺が首を突っ込んで良い事がある訳がない。

 俺は女王様とカイトがくっつくべきだと思っているし、女王様がカイトに惹かれるのも分かる。


 多分、ああいう姿の女王様を誰よりも真っ直ぐ受け止めたのがカイトだ。


「だったら、俺のやるべき事は変わらねぇ」


 至極単純な話だ。

 簡単な話。俺は後頭部で腕を組み、歩き出す。


「さってと、どっか別の場所で寝るとするかな」

「……サル?」

「ウキッ!?」


 いきなり背後から声を掛けられ、俺は驚きのあまり肩を震わせる。

 声のした方向へと視線を向けるとそこにはカイトが居た。

 カイトはなにやら右手を確認しているが、それをすぐにやめて、口を開く。


「何でここに居るんだ? 飯は食ったのか?」

「ああ、食ったぜ。勿論だ」

「そうか。それで? 何で屋上に用があったんだ?」

「昨日、新作ゲームをやっててな。寝不足なんだよ」


 俺が素直に言うと、カイトは右腕を撫でてから口を開いた。


「そっか。じゃあ、寝ていけばいいじゃねぇか」

「え?」


 いきなり何を言ってるんだ? こいつは。

 そんな事したら、女王様が何か別の存在だって俺にバレ――。

 すると、カイトが一つ息を吐き、俺に近付く。それから俺にだけ聞こえる声で言う。


「動揺すんな。見たんだろ?」

「……んで、わかんだよ」

「伊達に親友やってねぇよ。お前が適当なごまかしをいう時、変に冷静だからな。いつも騒がしいのに、お前」

「…………」


 そんなに騒がしいか? と思ったが、カイトは一つ溜息を吐いた。


「ったく……それにお前が何でもかんでも言う奴だとも思ってねぇよ。全部、忘れようとしたんだろ?」

「……ああ、そうだ。あんなん見たらまずいだろ?」

「そりゃな。まぁ、配慮できなかった俺達にも問題があるし、お前には最初から話しとくべきだったな。同じ場所の開け方を知ってるんだからよ」


 確かに。

 この屋上を開けられるのは俺とカイトだけ。

 遅かれ早かれ、こんな形にはなっていたのかもしれない。

 すると、カイトは俺の手を掴む。


「サル、ちょっと付き合ってくれ。相談があるんだ」

「そ、相談か? ああ、勿論だ。何処でする?」

「空き教室。そこで良い」

「あいよ」


 多分、これからの事で相談したい事があるんだろう。

 別に断る理由なんて無い。むしろ、話してくれるんなら俺だって聞いてやりたい。

 何も一人で背負い込む必要なんてないんだからな。


 俺はカイトに連れられるまま、空き教室へと向かった――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る