第20話 月明かりの帰り道
今、俺はアリスとドロシーちゃんと一緒に夜道を歩いている。
今までのお礼として食事を用意し、それを楽しんだ後、両親に言われるよりも前に俺はアリスとドロシーを家まで送ろうとしていた。
まだまだ春先。夜は冷え、ひゅぅっと風が吹くと、若干身体が震える。
「うわ、まだちょっと夜は寒いな」
「そう? 人間って大変だね~」
平気そうな顔で言うドロシーちゃんに俺は怪訝な顔を浮かべる。
「平気なのか?」
「うん。むしろ、吸血鬼はこの夜こそが一番力が出る時間だからね!! と、言う訳で!!」
唐突にアリスの横を歩いていたドロシーちゃんが前に躍り出る。
それに俺が首を傾げると、アリスは声を荒げた。
「ドロシーちゃん、何をするつもり?」
「何って、私は先に帰ってようかなって」
そう言うと、ドロシーちゃんは周りに誰も居ない事を確認してから、軽くその場でクルリと回る。
それと同時に頭に角、背中には羽が生え、吸血鬼状態になる。
俺は思わず目を丸くする。
「え!?」
「ちょっと!!」
「にひひ、だいじょーぶ!! 誰も居ないし。じゃねー」
「ちょっと!!」
アリスが声を上げるよりも先にその場からドロシーちゃんが消えた。
それからすぐに夜空を駆ける何かが走り、俺はそれを見上げた。
「……飛んでったのか?」
「そうみたいね。全く……あの子は警戒心が薄すぎるのよ。何処で誰が見てるかも分からないのに」
はぁ、と溜息を吐いているアリス。
これが吸血鬼の力。初めて見た。俺の胸の中は驚きに溢れていた。
アリスから話は聞いていたけれど、いざ、目の前にすると絶対的な力の差を痛感する。
何一つ、見えなかったから。
気付けば、目の前からドロシーちゃんが消えていた。
俺よりも年下で、あの膂力。本当に超常的な存在なんだろう。
「でも、本人はそれなりに警戒してたんじゃないか?」
「だといいけどね。あの子は学校帰りとかでも面倒くさいからって平気で使うのよ。全く」
「アハハ、姉は大変だな」
「本当よ」
やれやれ、といった様子で肩を竦めるアリス。
何だかんだ妹には甘いのかもしれない。すると、アリスは歩き出し、口を開いた。
「私は歩いて帰るわ。力を使ってバレるのも面倒だしね」
「分かったよ。途中まで送る」
「……そう」
歩き出してから数分後。アリスが月を見上げながら、言う。
「貴方の家族、とても優しい人だったわ」
「そうか? 割とお節介というか……変な事吹き込まれなかったか?」
夜ご飯を食べ終わった後、何やら母さんとアリスが話をしていたのだが、その内容は二人とも絶対に教えてくれない。
多分、ろくでもないことなんだろうな、とは思っているけれど。
アリスは軽く髪を掻き分けてから、口を開く。
「変な事なんて吹き込まれて無いわ。料理のコツとかを教えてもらっていただけよ。主婦の知恵と言っていたわ」
「主婦の知恵、ねぇ……」
「……そういうのあんまり教えて貰った事無かったから」
その時、月を見上げるアリスの表情は何処か悲しげだった。
「私の両親はずっと多忙でね、基本的に家には帰ってこないのよ」
「そうなのか? でも、結構デカイ家に住んでるじゃないか。月一くらいで帰ってくるんじゃないのか?」
「月一なんてよっぽどよ。半年……いえ、それ以上だと思うわ」
「そうなのか。それは大変だな」
想像するだけでも大変そうだ。
俺はいつも家には専業主婦の母さんが居る。母さんは時折、小言は煩いけれど、家の事はなんだってやってくれて、俺はいつもそれに甘えている。
それを学生の身でありながら、一人でやるというのはそれは大変な事だろうと、想像が付く。
「じゃあ、ずっとドロシーちゃんと?」
「ええ、そうよ。もう小学生の頃からかしらね。ドロシーちゃんとずっと一緒なのは」
「小学生……」
「だから、私、あんまり両親から何かを教えて貰った記憶なんてあんまり無いのよ。だから、少し新鮮で楽しかったわ」
「そっか……」
小学生か。
何だかんだ言って、まだまだ両親に甘えたい時期だな。
俺も何だかんだ今、思うと、そうだったし。
そんな時に両親が居ないとなると、寂しいもんだろうな。
俺がそんな事を考えていると、アリスが一つ息を吐いた。
「……夜は吸血鬼の時間。さっき、ドロシーちゃんはそう言ってたわよね?」
「ああ、最も力が強くなるって言ってたな。何か昼の時よりもテンション高そうだったし」
「ええ、そう。実際、ドロシーちゃんは夜が大好きなのよ。だから、ああして、時々、力を使いたがる。ああいう所はまだまだ幼いわね」
「アリスにはそういう時期は無かったのか?」
ドロシーちゃんがそういう時期なら、アリスにだってそういう時期があるんじゃないか?
それが気になり、尋ねると、アリスは首を横に降る。
「ふふ、残念だけど。私にそんな時期は一度も無かったわ」
「何だ、大人だったんだな」
「そうね。大人になるしかなかったのよ」
「……そうか」
「それにね――」
アリスは月を見上げてから、ポツリと呟く。
「私は夜が大嫌いだから」
「え?」
「私は夜が嫌いなの。吸血鬼っていうのはね、別名、夜の王って呼ばれている。この夜こそが、私達が吸血鬼として最も力を発揮できる時間であり、最も輝く事が出来る。
だから、多くの吸血鬼はこの夜を好み、昼夜逆転した生活を送る人だって居るわ」
吸血鬼の生活サイクルという奴か。
俺が黙って聞いていると、アリスは言葉を続ける。
「だから、吸血鬼っていうのは殆ど睡眠なんて必要ないし。多少寝れば問題なかったりするの」
「へぇ……人間だと睡眠は絶対に必要だけどな。ショートスリーパーなんて特異体質だし」
「吸血鬼は皆がそのショートスリーパーで、皆、長く起きている。それは私も同じ。そう眠れないしね。だからかな、夜の冷たい風、空気、灯りの何も無い世界に居るとね。
とてつもなく、寂しくなる時があるのよ」
「…………」
アリスは歩きながら言葉を続ける。
「皆が寝静まり、灯りの消えた町を見つめ、ただ、空に浮かぶ月を眺めるだけ。お昼にあった喧騒なんてまるで無かったかのように静かになって、まるで、世界に私一人しか居なくなったみたいに感じる。それだけじゃない。その時間は私を吸血鬼だとより強く認識させるのよ」
「……吸血鬼である事が嫌なのか?」
「嫌という訳ではないわ。ただ……人間とは違うという事を痛感させられるってだけ」
人間とは違う。
それはそうかもしれない。
吸血鬼には吸血鬼の。人間には人間の。
それぞれ良さがあり、悪い部分がある。でも、それは人間だって同じだ。
俺は歩きながら、口を開く。
「なるほどな。難しい話だ。でも、それを簡単にする魔法の言葉があるぞ? 知ってるか?」
「……ええ。知ってるわ。『私は私』でしょう」
「アハハハハ、正解だ」
だからこそ、種族ではなく、その一個人の個性が光り輝く。
種族なんて関係ない。人間であろうと吸血鬼であろうと。
それは些細な違いでしかないんだ。
「そういうこったな。俺はアリスが吸血鬼であっても、人間であっても、きっと同じように接していたであろうぜ。俺はお前はすげーと思う」
「そう?」
「ああ。小学生の頃からずっとドロシーちゃんと一緒に頑張って来た。寂しいって思う夜だって何度も越えてきたんだ。俺はそういうの全部合ったから、その辛さが全部分からないけど、俺も家族が居ないなら、辛いと思うぜ」
俺はポケットに手を入れる。確か、紙がまだ入っていたはずだ。
「辛いって思う気持ち、寂しいって思う気持ちは何も変わらない。だからよ」
ポケットの中にはくしゃくしゃになった紙があり、そこに胸ポケットに入れていたペンで文字を書く。それをアリスに渡した。
「ほれ、これ」
「……これは?」
「俺の連絡先だ。まだ、渡してなかったろ?」
そう。
俺はアリスの連絡先を知らないのだ。
RINEも電話番号も、メールアドレスも。別段知らなくても気にならなかったから。
でも、今は違う。
もしも、これから先、アリスが寂しいと思うのなら、俺はそれに寄り添ってやりたい。
俺の手からアリスは連絡先を受け取り、ニコっと笑う。
「……そう。ありがとう。これならもう、寂しくないかもしれないわね」
「だろ? 良かった」
俺が安堵の息を漏らすと、アリスはほんの少し前に歩き出し、振り向いた。
その時、まるでステージのように月光がアリスに集中し、強く照りつける。
「カイト、ありがとう」
その時だった。俺の鼓動が急激に跳ね上がったのか。
バクンバクン、と胸が高鳴り、きゅっと締め付けられるように痛む。
何だ? 今のは。
それだけじゃない。何故だか、アリスから目を離せない自分が居る。
一体、俺はどうしちまったんだ?
「カイト?」
「……あ?」
「どうしたの?」
「あ、いや、何でもない」
俺は取り繕うように言う。
何ていうか、気取られたくなかった。俺は少しだけ顔が熱くなるのを感じ、少し足早に進む。
「ほら、速く行くぞ」
「ま、待ってよ!!」
夜風は冷たいはずなのに、身体はアリスを見送るまでずっと熱いままだった。
「……お姉ちゃん、良い感じ!! その調子だよ!!」
と、そんな様子をドロシーは離れた所で見守っていた――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます