第19話 カイトの家
「ただいま~」
俺は玄関の扉を開ける。
すると、ちょっとばかし緊張で顔が強張っているアリスが口を開いた。
「お、お邪魔します」
「お邪魔します!!」
「あら? そっちのお二人が話をしていた子かしら?」
廊下を静かに歩き、姿を見せる母さん。
既に話は帰り道の間に通してあり、母さんはにこやかにアリスとドロシーを見る。
「いつもカイトがお世話になっているわね。貴方がアリスさんで、そっちがドロシーさんかしら?」
「あ、こちらこそお世話になっています。神埼アリス・バートリーと申します」
「初めまして!! 神埼ドロシー・バートリーって言います!! 宜しくお願いします」
静かな挨拶をし、頭を静かに下げるアリス。
それとは対照的に元気いっぱいといった様子で大きく頭を下げるドロシーちゃん。
それを見てから、母さんは俺に声を掛ける。
「とても礼儀正しい子じゃない。カイト、失礼の無いようにね」
「分かってる。ああ、後、伝えといたの忘れないでよ」
「分かってるわ」
そう言ってから、母さんは軽く会釈をしてから俺の手から荷物を受け取り、リビングへと去っていく。
それにアリスは頭を上げてから、口を開いた。
「カイト、私達の事はどこまで話してあるの?」
「何処までって友達ってくらいだけだぜ? それ以外の事は何も話してない」
「そう。分かったわ。ドロシーちゃん、わざわざ言わなくてもいいからね」
「うん、分かった」
「じゃあ、立ち話も何だし、入れよ」
俺はアリスとドロシーを家に入るように促す。
俺の部屋は階段を上がった先の部屋だ。
ギシ、ギシっと床の軋む音を響かせながら、階段を上がる。
それから、俺の部屋の前に到着し、扉を開ける。
「適当に座ってくれ。あんまり綺麗じゃないけど」
「お、お邪魔……します……」
何処か緊張した様子のままアリスとドロシーちゃんは部屋の中に足を踏み入れる。
所詮、男の部屋だ。大して面白いものなんてない。
俺は男子高校生が誰しもが持つ『ウス=異本』は持っていない人間だから。
ドロシーちゃんはキョロキョロとせわしくなく辺りを見渡す。
「何ていうか、男の子って感じの部屋だ!! 私達と全然違う!!」
「そりゃな。まぁ、適当に座って話でもしようぜ。何ならゲームもあるぞ?」
「ゲーム!! やる!!」
ドロシーちゃんが唐突に目を輝かせ、テレビの前にあるゲーム機の前に座る。
じゃあ、ドロシーちゃんにはゲームでもやってもらって。
俺はアリスを見た。
やはり、何処か落ち着かない様子だ。
というか、一般男子高校生の変哲も無い部屋にアリスという超トップモデルかつ、美少女がいるというのはとてつもない違和感がある。
何というか、貧乏人の中に迷い込んだお姫様。そんなイメージ。
「まぁ、大したもんが無くて悪かったな」
「そんな事無いわよ。何というか……落ち着くと思っただけ」
「そうなのか? 変な感性だな」
「そう? まぁ、私の家はかなり大きいからね」
「確かに」
アリスの家は確かにでかかった。
何ていうか、豪邸って感じ。しかし、俺は普通の二階建ての家だ。しかも、築年数も結構立ってる。
床も軋むし、壁だってちょっと薄いし、そろそろ建て替えを考えなければならないのかもしれない。
「……そういえば」
「ん? どした?」
「あー、いえ、何でもないわ」
「何だよ、気になるじゃねぇか」
言い出そうとしてやめてしまったアリスを見て、何か気になってしまう。
言いかけたのなら是非とも言って欲しい。
すると、アリスはしばし悩んだ後、口を開いた。
「その……ご飯をご馳走になるのは良いんだけれど。私達吸血鬼はニンニクがどうしてもダメなのよ」
「ああ、ニンニク? 使わないでって話してあるぞ?」
「え?」
「単純に嫌いだからって。吸血鬼の事は一切話してない」
流石にそこは抜かりない。
こう見えても、吸血鬼の事はそれなりに調べている。
吸血鬼の苦手な食品は大抵、ニンニク、という話があり、夜ご飯をご馳走するという話になった時、いの一番に伝えている。
流石にそれで何か問題が起こる方がまずい。
すると、アリスが髪を撫で始める。
「そ、そう。ありがとう」
「別に気にするなよ。誰にだって出来る事と出来ない事があるもんだ」
「そうね……」
「そういや、アリス。血は良いのか?」
そういえば、と思い出す。
平日であれば昼休みに血を吸っているのだが、アリスの話では休日は互いに予定などもあるから、とアリス自身が吸うのを我慢している。
しかし、今は別に一緒にいるのだから、ついでにと尋ねる。
アリスはしばし考えてから、首を横に振る。
「いいわ。もしも、角と翼があった状態で貴方のお母様に会ったら大変でしょう?」
「ああ、それもそうか」
……何だろう。不思議な感覚だ。
いつもアリスと話すのは別に緊張なんか全くしないし、意識する事なんて殆ど無いのに。
今は何故だか、緊張している自分が居る。
話す内容が頭の中で上手く纏まらず、こう何を話したらいいのか、分からなくなっている。
いつもだったら、話す内容なんてスルスルと出てくるはずなのに。
最近、何だか変だな。
そんな違和感を持ちながらも、俺は何とかアリスと会話を続けていく。
けれど、この違和感は全く拭う事が出来ない。
何だろうか。ずっと胸の中にあるしこりのようなモノを感じていると、部屋がノックされる。
「カイト、夜ご飯出来たわよ」
「ん、了解。んじゃ、下に行こうか」
俺の言葉にアリスは小さく頷き、ドロシーちゃんはゲーム機の電源を落とす。
それから階段を下り、一階にあるリビングへと向かう。
母さんはリビングと併設されたキッチンで食事の用意をしながら口を開いた。
「カイト、手伝って」
「あいよ」
「あ、私達も……」
「良いのよ。座っててちょうだい」
「アリスとドロシーちゃんはお客さんなんだから休んでて」
「そ、そう言うなら、お言葉に甘えて……ドロシーちゃん」
「うん!!」
アリスはドロシーちゃんの手を引き、椅子に腰掛ける。
今日の夜ご飯はハンバーグか。
それに買って来たほうれん草とかも使って、おひたしなどもある。
なるほど。いつも通りの夜ご飯だな。
「わあ、美味しそう!!」
「そうね。ありがとうございます」
「良いのよ。貴方みたいな美人をカイトが連れてくるなんて思わなかったから」
母さんはそんな事を言いながら、食器を並べていき、アリスに声を掛ける。
「カイトはあまり友達を作るような子じゃないからね」
「そうなんですか?」
「そうよ。一番仲が良いのもサルくんくらいだしね。女の子なんて殆ど聞いた事も、見た事もない」
俺はいつも自分が座っている所に座り、母さんに声を掛ける。
「母さん、あんまり余計な事は……」
「あら? ダメかしら。割と事実だと思うけれど」
「…………」
何というか、自分の過去が知られるというのは恥ずかしいものだ。
特に、アリスには知られたくない。何故だかはぜんぜん分からないけれど。
「と、とにかく、食べようぜ!! 腹が減った。んじゃ、いただきます」
「い、いただきます」
「いただきます!!」
アリスとドロシーちゃんも礼儀正しく手を合わせ、ハンバーグを口に運ぶ。
「ん、これ、すっごく美味しい!! お姉ちゃんの作るハンバーグより美味しい!!」
「そ、そうね……これは凄いわ……」
「だろ? 母さんは割りと料理上手でな。俺が好きなタイプが料理上手なのは間違いなく母さんの影響だな」
「まぁ、昔色々やってたからね」
そう言いながら、母さんはキッチンへと足を進めていく。
ドロシーちゃんは満面の笑顔で。
アリスは礼儀正しく箸を進め、目を輝かせる。
「これは……どうしたらこんなにふっくらした仕上がりになるのかしら……」
「後で教えてあげようかい?」
「ぜ、是非!!」
母さんの提案にアリスが頷くと、母さんは優しく笑う。
「そうかい……。何ていうか、嬉しいもんだね」
「? どういう事ですか?」
「カイトはね、女の子があまり好きじゃないから」
母さんが唐突に喋りだし、俺は盛大に咽る。
咳が止まらない……。俺は口を抑える。
「ゴホッ、ゴホッ!! 母さんッ!! 言わなくても良いから!!」
「言わなくても良いって、別に言って困る事でも無いだろう? それにアンタが一緒にいるって事はそういう子じゃないって分かってるんだろ?」
「まぁ……そうだけど」
「だからこそ、親としても息子と仲良くしてくれるのは有り難いんだよ」
母さんの言い分は良く分かる。
特に小さい頃はそれで母さんがブチギレた事も何回もあった。
学校に掛け合ったこともあったし、相手の親御さんに殴り込みにいこうか、という勢いもあった。
それだけの事があったからこそ、母さんが嬉しいって思うのも。
俺は一つ溜息を吐き、アリスを見た。
アリスはただ何も言わず、俺の言葉を待つだけ。
対するドロシーちゃんは一心不乱にハンバーグを貪っている。興味が無いらしい。
「前に虐められてたって話、したろ?」
「聞いたわね」
「……あら?」
何か遠くで母さんが声を上げたが、気にせず俺は言葉を続ける。
「それ、女なんだよ。そん時から俺は女があんまり好きじゃねぇんだよ。何ていうか、進んで関わりたくないくらいにはな」
「そうだったのね……でも、人をフラットに見てるって」
「それはそうだ。当然、フラットには見てる」
それは絶対に揺らいだらいけない部分だ。
俺が男であろうが、女であろうが、そこは決して変わらない。
けれど、俺は一つ息を吐く。
「でも……それはあくまでも理想でしかない。多分、俺はそう思っていたとしても、過去に受けた傷はそうさせない。……ままならないもんだな」
過去の傷、というのはそう簡単に消えないもので。
フラットに見ようと思っていても、何処か無意識の間で女を何処か違う存在だと思ってみているのかもしれない。
だとしたら、どうして、何でアリスはその枠組みに入らないのか。
それがイマイチ、良く分からないけれど。
俺はハンバーグを口に運び、言う。
「だから……そういう意味じゃ、アリスは特別なんじゃないかな」
「……え?」
「ん?」
「何でか知らんが、アリスだけはそれとは全く違うように感じる。やっぱり、アレかね。女王様で気高くて、美しいからなのかね」
「……なるほどね」
母さんの何処か納得した声が聞こえ、それにドロシーちゃんが視線を向ける。
すると、母さんがなにやらドロシーちゃんにウインクをした。
「え!? ま、まさか!!」
「…………」
「っ!?」
「あ、アリス!? どうした、急に!?」
「な、何でもない!! 何でもないわ!! 気にしないで!!」
いきなり、急激に顔を真っ赤にしたアリス。
熱でもあるんじゃないか、と思うくらいに頭から湯気が昇っているように見える。
ほ、本当に大丈夫なんだろうか。
「あ、アリス!? だ、大丈夫か!? とんでもないくらい顔が紅いぞ!?」
「だ、大丈夫!! ドロシーちゃん、変な事言わないで!!」
「えぇ~、言ってないよぉ~。ちょぉ~っと可能性の話をしただけじゃん」
「あらあら、まあまあ……うふふ」
「え? え? 何? 良く分からん」
ドロシーちゃんとアリスが何か話をしたらしいけれど、そんな素振りは無かったぞ?
「なぁ、アリス。一体何を」
「聞かないで!!」
「いや、気にな――」
「聞かないでって、もう!! うるさい!! バカ!!」
「何故……」
「くふふ……おもしろ~い」
それから夕食の間、何故かずっとアリスは俺と口を利いてくれなかった――。
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