第18話 休日

 俺は今、自室でネットサーフィンをしていた。

 今日は学校も休みであり、特にする事もなく、ただただだべっている。

 ベッドの上に横たわり、スマホの画面を凝視する。


「お? このまとめは面白そうだ」


 俺は画面に映し出されたまとめサイトの項目をタップし、眺めていく。

 休日というのは身体を休める日であり、特別何かをする必要は無い。

 悠々自適に、何も考えず、ただ、怠惰に過ごす。これこそ至高だ。


 コンコン。


 部屋の扉がノックされる。

 俺がそれを認識すると同時に思い切り部屋の扉が開かれた。


「カイト!! 今、暇?」

「げっ!? 母さん」


 扉の向こうに立っていたのは母だった。

 母は腕に手提げ袋を持っている。これは非常に面倒事になりそうだ。

 俺が横になったままで居ると、母さんがうんざりした様子で溜息を吐く。


「アンタ、せっかくの休日なのに何してるの?」

「何って……ネットサーフィン?」

「見れば分かるわ。暇そうね」

「いや、暇じゃない……」


 こう見えても、ネットという大海原を駆け巡るという重大な仕事をしている訳で。

 しかし、母さんは首を横に振り、口を開く。


「暇ね」

「暇じゃないって」

「暇でしょ」

「暇じゃない」

「暇でしょ?」

「……暇です」

「はい、買出し宜しく。買ってきて欲しいものは全部、書いてあるから」


 そう言いながら、母さんは紙切れと手提げ袋を俺の腹の上に置く。

 ……結局、いつもこうだ。

 こういう時、暇という言葉でごり押ししてくるのは母さん。

 確かに暇なのかもしれないけれど、圧で言う事を聞かせようとしてくるのは本当に辞めて欲しい。


 俺は一つ溜息を吐き、スマホを部屋の中に置いてある机の上に置く。

 それから腹の上に置かれた手提げ袋を持ち、紙切れを見た。


「必要なのは……あー、晩飯の食材か」


 いつも通りである。

 まぁ、これくらいならばいつも行っているスーパーにでも行けば買える事だろう。

 俺は立ち上がり、部屋を出る。それから玄関へと進み、靴を履いた。


「んじゃ、いってきま~す」


 そう言ってから、俺は外に出る。

 昼時の外は晴天。雲一つない青空。これは良い天気だな。

 そんな澄み切った空の下を歩き、俺はスーパーに到着する。


「さて、物を買ってとっとと帰ろう」


 毎週のように母さんから頼まれ事をしているのでこういうのは慣れている。

 俺は目的が同じ夜ご飯の食材を買って来たであろう主婦たちや子連れのお母さんたちの間を割って進み、目的のモノをカゴの中へと入れていく。


「後は……んぅ~、ほうれんそうか。うわ、さっき野菜コーナー行ったじゃん。これ、後で思い出してから書いたろ。はぁ~、面倒くさ」


 上から順番に見ているせいで、一番下に書かれていたほうれん草を見逃している。

 せっかく、一番上が野菜だったのに。そのついで入れておけば二度手間にならなかったな。

 そんな面倒くさい気持ちが乗り、重くなった足取りで俺は野菜コーナーへと向かう。


「お? ラッキー。後一つじゃん」


 ちょうと、ほうれん草が袋にくるまれたものが一つだけ残っていた。

 これはチャンス。

 ほうれん草を手に入れる事が出来なければ、また違うスーパーに行かなければならない。

 母さんは目的のものを手に入れないと、もう一度買って来いと平気で言うから、尚の事、面倒な事になる。


「よしよし、今の内に」


 俺がほうれん草を取ろうとした瞬間、ちょうど、俺とは反対側から白く細い手が伸び、ほうれん草を掠め取っていく。


「あっぶなぁ~い!! ほうれん草を手に入れられない所だった!!」

「……え?」

「あ……」


 何処かで聞いた事のある声がした。

 俺は声がした方向へと視線を向ける。そこに居たのは背が小さい女の子。

 ただ、見た目は良く知っている。

 アリスをそのまま小さくして、ほんの少し胸を大きくした女の子。


「ドロシーちゃん?」

「か、カイトさん!? 何でここに!?」

「何でって……買出し?」

「あ……家のお手伝いをしてるんですか?」

「そんな感じ」

「ドロシーちゃん、ほうれん草は……あ……」

「あ……」


 いつも聞いている声が聞こえ、俺は視線を向ける。

 そこには私服姿のアリスの姿があった。いつもの制服とは違う、とてもラフな格好であるアリスは新鮮だった。

 黒のシャツにデニムのハーフパンツ。そこに黒のニーソックスを履いていた。

 良い絶対領域だ。


 アリスは俺を見て、目を丸くする。


「か、カイト? な、何でここに……」

「姉妹揃って同じ反応するのな。買出しだよ、買出し」

「そうなんだ……ふぅん……」

「お前等は?」

「私達も同じよ。お弁当の食材とかそういうの」

「なるほどな。いつも世話になってるぜ」


 そうか。そういう事を聞くと、色々と苦労をかけている事を実感する。

 確かに俺は血をあげるだけだが、アリスは違う。

 毎日、早起きをしてお弁当を作り、学校に来ている。

 それをほぼ毎日やっているのだから、頭が下がる思いだ。


「べ、別に。私が好きでやってる事だから……」

「そうか? まぁ、そうだとしても、いつもありがとうな」

「……っ」

「……はぁ~……」


 ?

 何故か、ドロシーちゃんが物凄く深い溜息を吐いている。

 俺は何かおかしな事を言っただろうか、思わず首を傾げてしまう。

 しかし、そうか。いつもお世話になっているし、そういえば、この前もお世話になった事を思い出す。

 これは何かこちらで出来る事は無いだろうか。


「あ、お姉ちゃん。カイトさんがほうれん草欲しいみたいなんだけど、どうする?」

「ほうれん草? 別に渡しても良いわよ? 家は別にすぐに切れる訳ではないから」

「うん、分かった。カイトさん。これ」

「ん? え? 良いのか?」


 ドロシーちゃんが俺に向けてほうれん草を差し出してくる。

 これは貰っても良いのだろうか。俺が困惑していると、アリスが言う。


「貰ってちょうだい。別に家にまだストックがあるから」

「……悪いな。ありがたく頂くよ」


 うーん、やっぱり、また世話になっちまったな。

 何か出来る事、出来る事……俺は必死に考えると、一つ思いつく。

 世話になったんなら、やっぱり、それなりの事をしないといけないよな。


「二人共、この後時間あるか?」

「え?」

「うん、あるよ~」


 困惑するアリスを他所にドロシーちゃんが頷く。


「良かったら、家に来ないか? 前も世話になったし、今も何か世話になっちまった。そのお返しだと思ってさ。家に来てくれよ」

「い、いいい、家ッ!?」

「家か~。うん、私は行きたい!! ほら、お姉ちゃんは?」

「えぇ……え~……」


 チラチラと俺の様子を伺い、ドロシーちゃんを見つめるアリス。

 見つめ合って一体何をしているのか。

 何かこう吸血鬼にしか出来ない念波、みたいな会話方法でもあるのだろうか。

 そんな夢見がちな事を考えていると、アリスは頬をほんのり紅く染めながら、言う。


「そ、その……ご、ご迷惑じゃなければ……」

「迷惑なんて全然。母さんも人数増えるのは喜ぶだろうしな。ああ、ただ、もう少し買出しに付き合ってくれないか?」

「え、ええ……分かったわ」

「あ、カイトさん。私も手伝う!!」

「お? じゃあ、頼めるか?」


 俺がドロシーちゃんに尋ねると、ドロシーちゃんは満面の笑顔で頷く。


「うん!! 分かった!!」

「……アリス、行こうぜ」

「え!? あ、わ、分かったわ」


 ? 大丈夫だろうか。

 さっきもそうだったけれど、顔が真っ赤になっていた。

 アリスが俺の横に立ってから、俺はアリスの方を向き、額に手を当てる。

 すると、急激にアリスの体温が上がった。


「お、おい、本当に大丈夫か?」

「だ、だだだ、大丈夫だから!! い、いきなり……そういう事、するから……」

「え? ああ、悪い悪い。何か顔が赤かったから、気になっただけだ」


 ん? 何かヘンだぞ?

 今、一瞬、バクンと胸が高鳴ったような。いや、気のせいか。


「カイトさん、お姉ちゃん、早く!!」

「ああ、悪い」

「行きましょう」


 ああ、多分、気のせいだ。

 俺とアリスは少し離れたドロシーちゃんの所に急いだ――。

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