第17話 もう一つのラブレター

 はぁ、今日も美味しかった。


 私は少々上機嫌な足取りで教室へと向かう。

 私が上機嫌な理由はさっきの出来事だ。

 私はラブレターを良く貰う。その度に私は出来るだけそっけない態度で追い返すようにしている。

 誰かと付き合うつもりなんてないし、今、私には最高の思い人であるカイトが居る。


 そのカイトが私の貰ったラブレターを気にして、見に来てくれていたのだ。

 あれは多分、ちょっとは私が取られる事を嫌がったから、なんじゃないだろうか。


「そうよ。きっとそう」


 そうじゃなくちゃ、理由にならない。

 別に私とカイトは女王と食糧係。この二人の間は多少なりとも特別な関係はあれど、それ以上踏み込んだ関係ではない。

 そして、カイトはいつだって人を同じ目線で見ている。

 そこに優劣をつける事なく、フラットに。そんな彼がほんの少しでも私に、そういう独占欲? のような感情を向けてくれた事が、この上なく嬉しい。


「……可能性はゼロではないわ。このまま頑張っていけば」


 当初は不可能だと思っていたカイトが私を好きになる、という事が本格的に現実味を帯びてきた。こうなれば、後は押していくだけ。


 私の心にほんの僅かな余裕と確信が生まれ、教室の扉を開ける。

 いつも通り、騒がしいクラスの中、私は自分の席へと向かう。

 

 その途中、サルの姿が見えたのだが――。


……どうしたの? サル。


 私は思わずサルの近くで足を止めてしまう。

 サルは机の上に肘を付き、じーっと顔の前にある手元を虚空の眼差しで見つめていた。

 彼のオーラがおかしい。もう、どす黒いとも言っていい黒に染められていて、ブツブツ呟いている。


「結局そうだよ、俺は踏み台だよ、そもそも、何だよ、ラブレターって……ブツブツ、ブツブツ」


 後半何を言っているのか聞き取れなかったけれど、サルが恨み辛みを口に出しているのは分かるし、何よりも怨嗟のオーラが凄まじい事になっている。


 これは……彼もまた何か人間とは異なる存在なんだろうか。


 思わずそんな事を考えてしまうが、そんな訳はないだろう。

 私はサルに声を掛ける。


「サル、サル!!」

「……あ、じょ、女王様!?」

「どうしたのよ、そんな念仏ばかり唱えて……」

「……くっ、ふっ」

「ちょ、ちょっと!? どうしたの、本当に!!」


 いきなり、サルが滝のような涙を流し始めた。

 情緒は一体どうなっているんだ? 私はそんな事を考えるが、サルはぎゅっと悔しそうに拳を握り締める。


「じ、実は今日、俺はラブレターを貰っていたんです!!」

「あら? それはロマンチックね。相手の方とはお話したの?」


 それはとても良い話じゃないか。

 カイトの話やサルの様子を見るに、彼は魅力的な男性だと思う。

 それを分かってくれる女性は必ず現れると思っているが、サルは机の上に手を付く。


「はい、お話、しました……でもッ!! うわあああああんッ!!」

「……あの、本当に大丈夫?」

「俺だってね!! 思春期のぉっ!! あはぁッ!! 男子な訳でっ!! うわあああッ!!」


 いや、泣くか喋るかどっちかにして欲しい。

 もう泣きながら喋るせいで、良く分からない。

 これは、話しかけたらダメだったかしら?


「ラブレターをもらえて、嬉しかったんです!! だから、俺はウキウキで行ったらぁッ!! こんなものを渡されてぇ!!」


 そう言うサルは泣きながら可愛らしいピンクの封筒、そして、封にはハートのシールが貼られたそれはそれは可愛らしい手紙を渡してきた。

 これは、ラブレター? 


「これ、ラブレターじゃない。どういう事? ねぇ、サル。貴方が貰った手紙、本当にラブレターだったの?」

「……こんな文面、ラブレターだと思うに決まって……アハアアアアンッ!!」


 だから、泣くか喋るかどっちかにして欲しい、本当に。

 サルが渡してきた便箋を手に取り、私は内容を見る。


『今日、学校で一番大きな木の下に来て下さい。待っています……』


 なるほど、確かに。これはラブレターだと勘違いしてもおかしくないが。

 便箋は普通の真っ白だ。サルが最初に渡してきたものとは明らかに雰囲気が違う。


「サル……」

「そうですよ、俺は所詮、踏み台なんですよ!! カイトの!!」

「……え?」


 え? え? え?

 ちょ、ちょ、ちょ。 え?


 私の頭の中で盛大に混乱する。


 え? ら、ラブレター? カイトに? 誰が?


「……サル、このラブレターの主はカイトに渡したいって言ったの?」

「そうなんです!! 俺は……所詮、カイトへの繋ぎでしか、無かったんですぅぅぅッ!! あああああああッ!!」


 期待からの絶望のせいか、サルは泣きながら机を拳で叩いている。

 でも、私はサルを気にする余裕なんて無かった。

 か、カイトに渡されるラブレター? え? カイト、誰かと付き合っちゃうの?


 そんなの滅茶苦茶嫌なのに。


 私は可愛らしいラブレターを手に持ち、嫌な気持ちが胸中を駆け巡る。


 今、ここで、これを破けば無かった事に出来ないかしら?


 だって、カイトは私のものよ? 私が大好きな人なのに、ぽっと出の女に? 奪われる?


 カイトが?


 嫌よ、そんなの。絶対に嫌。でも……このラブレターは……。


 と、私が葛藤していた時だった。


「……おい、どうしたんだ、サルにアリス?」

「……か、カイト」

「カイト、てめぇ!! 俺の純情を帰しやがれ!!」


 涙を流しながらいきなり立ち上がり、カイトの胸倉を掴むサル。

 それにカイトは目を丸くしながらも、されるがままになる。


「ど、どうした? いきなり暴れて」

「まただよ……まだなんだよ!! これ、何度目だよ!! こんちくしょうがッ!!」

「え? 何が?」

「何がって……お前宛にラブレターが来たんだよ!! ほら、女王様が持ってる奴!!」

「ラブレター? あー、そういう事……」


 カイトは察しが付いたのか、アリスの手からラブレターを手に取り、中身を確認する。

 私は何もする事が出来ず、ただ呆然とするだけ。

 

「なるほど。放課後、校舎裏か。了解」


 そんな事を言ってから、カイトは当たり前のように自分の席に座る。


「か、カイトは返事とかどうするの?」

「あ? 断るけど」

「え?」

「だって、相手が誰かも知らない、本人に直接渡す勇気も無い奴となんで俺が付き合わなくちゃならん。そういう人は全員、断るって決めてるんだ」

「カイト、その相手、滅茶苦茶可愛いんだぞ!! 一個下のなぁ!!」


 サルはよっぽど踏み台にされたのか悔しかったのか叫ぶが、カイトは何処吹く風。


「顔が可愛かろうが、そういう奴と付き合わないって一番知ってるのはお前だろうが」

「まぁ、そう、だけどよ……」

「お前も受け取らなくて良かったのに。律儀に受け取るから……」

「だって……ラブレターだろ? 大事な思いが滅茶苦茶詰まってんじゃねぇか」


 サルの言い分も良く分かる。

 ラブレターっていうのはそんな簡単なものじゃない。

 一人一人大事な思いがあって、気持ちがある。それを相手に伝えるという大きな勇気をもって挑む事。

 私も多くのラブレターを貰ってきた以上、分かってる。


 そこにある思いの強さ、みたいなものは。


「じゃあ、最初から本人に渡せ。それで済む話だろ?」

「……薄情もん」

「あ? そうか? それだけ好きなら普通、直接行くだろ? その思いのでかさを伝えるには本人に言う以外には無いんだからよ」

「……じゃあ、カイトは直接言ってもらったほうが嬉しいって事?」

「当たり前だ。思いは言葉にしなくちゃ伝わらないからな」


 なるほど。

 意外とサルはロマンチストなんだ。思いとかそういうのは大事にするけれど、カイトはどっちかというと、リアリストと言っていいのか、こう、筋みたいなものを重視しているのかな?

 思いの大きさを伝えるなら、回りくどい事をするんじゃなくて、直球勝負。


 でも、サルはその恋愛の機微、っていうか、行きたくても行けないもどかしさとかを知っているから、考え方が大きく異なっている。 

 じゃあ、カイトにもし、私が告白するなら、ちゃんと伝えなくちゃダメなんだ。それは良い情報。


「ま、でも、会うには会いに行くよ」

「……そう」


 そこで昼休みを終えるチャイムがなり、午後の授業が終わった。


 そして、私とサルは校舎裏の茂みの中に居た。


「……あの、女王様?」

「どうしたのかしら? サル」

「やはり、気になりますか?」

「え、ええ。た、ただ、これは友人として、友人としてですから」


 そんな言い訳をしつつ、私はカイトを見つめる。


 あ、来た。ちょうど、私とサルの見つめる視線の先。そこに背の小さな女の子が姿を見せる。

 うわ、可愛らしい子。

 胸は大きくて、何ていうか、お人形のような可愛らしい子。

 顔つきも愛らしくて、皆のアイドル、みたいな雰囲気を感じる子だ。


 それを見てサルは血の涙を流す。


「くぅ……あんな犯罪的なロリ巨乳に好かれるなんて……」

「サル……貴方にもきっと良い人が現れるわ」

「そうでしょうか?」

「ええ。女王が保障するんだから、当たり前でしょう?」

「じょ、女王様……」


 何だか見ていられず、サルに声を掛けてしまう私。

 それにサルはぐっと涙を堪え、目元を抑える。

 全く……。


「あ、あの、カイトさん。私、貴方の事が好きです!!」

「あ~、ごめん。俺はそういうの考えられないからさ。ごめんね」


 その女の子が告白したが、カイトはさも当たり前のように答える。

 もう、悩む素振りなんて全く見せる事なく。

 すると、女の子は歯噛みし、カイトを見つめる。


「か、考えてもくれないんですか?」

「うん。考えないよ。だって、君の事、良く知らないし……」


 いや、ズバっと行くわね……。

 すると、告白した女の子がブスっと拗ねた表情を見せる。


「や、やっぱり、あの女王様が良いんですか? あんな周りからちやほやされてるだけの人が」

「……んぅ~。なるほど……」


 あら? 私の事を言ったのかしら?

 告白した女の子は告白を受け入れてもらえない事が納得いかないのか、勢いそのままなのか、言葉を続ける。


「だって、そうじゃない。可愛さも私の方が上だし!! 何ならこの身体つきだって、私の方が上!! 私だって学校のアイドルなんて呼ばれてるのに!! どうして断るの?」

「だって、性格ブスじゃん」

「なっ、ぶ、ブス!? ブスって言った!?」

「うん。アリスの方が100倍君よりも気高くて、美しいよ。それに何も知らない人間がアリスをバカにするな」


 カイトは一つ息を吐き、告白した女の子に背中を向けた。


「悪いけど、もう君と話したくないから。それじゃ」

「ちょ、ちょっと、待って!! ね、ねぇ!!」


 告白した女の子の静止なんて何も聞かず、カイトはその場から去っていく。

 その背中を見送った女の子は舌打ちをした。


「チッ!! 何よ!! 女王よりも私の方が人気なのに。女王からアイツを奪えば私の地位だって……クッソ!! アテが外れたわ!!」


 そう吐き捨てるように言ってから、告白した女の子は去っていった。


「な、何というか、スゲー子だったっすね」

「サルもあんな子と付き合わなくて良かったわね」

「ほ、本当にそう思うっす。でも……」


 サルは首をかしげ、口を開いた。


「カイトがあんなにキレるのも珍しいっすね」

「え? 怒ってたの?」

「はい。女王さまがバカにされた辺りで……。これも進展っすかね」


 か、カイトが怒った? 


 私をバカにされて? 私の為に。


 何それ、すっごく嬉しい!! あー、やっぱり、カイトは私の事を大事に思ってくれてる!!

 ふふ、やっぱり、私にチャンスがあるのね!!


 やった。


「……なぁ~んで、カイトは女王様がこんな顔してるのに気付かないんだろうな」


 そんなサルの嘆きが校舎裏に小さく響いた――。 

  

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