第16話 アリスのラブレター

 何気ないある日の事だった。

 俺は教室の扉を開け、自分の席へと向かう。


「お、オッス、カイト」

「おはよう、サル」


 いつも通り、通りすがりにサルに挨拶をすると、サルは身体をこちらに向ける。


「今日も相変わらずつまらなさそうな顔してんなぁ~」

「そういうお前はテンション高いな」

「お? そう見えるぅ? そう見えちゃうぅ~。か~っ、やっぱ、伊達男のオーラは隠せてないか~」


 俺はサルの額に手を当てて、自分の額にも手を当てる。


「お前……熱でも出したか?」

「お前さりげなくひでーな。それよりも聞いてくれよ、親友」

「はいはい、何ですか?」


 こいつが調子に乗っているときは大抵どうでも良い事だったりするが、こいつは話したがりなので何となく乗ってやる。

 すると、サルはふふん、と自慢げに笑ってから口を開いた。


「今日、俺は愛の告白を受ける事になってるんだ」

「……それ、イタズラじゃねぇの?」


 それはつまる所、サルにラブレターという話だろうか。

 些か疑問である。俺が訝しげな表情をサルに向けると、失礼な言わんばかりに腕を組む。


「お前、その顔はさては信じてないな。まぁ、まぁ、モテない男の僻みも分からなくもないぞよ? ホッホッホ」

「……お前、今日は一段とウザイな」

「そういう訳で、俺はちょいとお先に幸せの未来へと進ませてもらうぜ」


 人差し指と中指をくっつけて、チョリースみたいなポーズをするサル。

 正直、クッソウザイ。

 もうこれでもか、って調子に乗ってるのがマジでうざい。

 俺は一つ息を吐いた。


「……お前、相手も分からないのに受けるつもりなのか?」

「当たり前だろ? こんなチャンスは滅多に無いんだからな!!」


 グイーン、と鼻が伸びているように見えてくるサルの顔。

 まぁ、サルの言い分も分からなくはないが、ここから先は当人同士の話。

 俺は一つ息を吐いた。


「はいはい。じゃあ、その経過はちゃんと聞かせてくれよ」

「分かってるって。ハハ、カイトくんもいつかもらえるといいですな!!」

「ホント、クソウザイからやめてくれるか?」


 と、俺とサルがそんな事をしていると、俺の横をアリスが通っていく。


「アリス、おはよう」

「……あ、え、ええ。おはよう」


 アリスは何処か戸惑いがちに挨拶をしてから、鞄を机に掛け、椅子に腰を落ち着かせる。

 それから考え込むような素振りを見せる。

 何かあったのだろうか、俺は気になり、アリスに尋ねる。


「アリス、何かあったのか?」

「ん? ああ、ごめんなさい。カイト、今日のお昼は一人で食べてもらえないかしら?」

「何かあったのか?」


 昼を一人、という事になると、吸血をしないという事になるが、それはアリス自身大丈夫なのか。

 気になる所ではあるが、サルが訝しげな表情で俺を見た。


「そういや、お前。いっつも昼、居ないよな。何処行ってるんだよ」

「あ? そりゃ、お前……色々あるんだよ」

「……ふーん。そうなのか」


 俺の言葉を聞き、サルは訝しげな表情を辞めて、笑顔を向ける。


「ま、色々あるよな!!」

「そうそう」

「…………」


 バシバシ、と俺の肩を叩くサル。

 こういう時、サルは理解がある、と言えばいいのか、察しが良い。

 これ以上、追求しないで欲しいという事を察して、聞かないでくれる。

 本当にありがたい親友だ。すると、アリスがチラチラと俺の顔を伺うように見つめる。


「どうしたんだよ、アリス」

「そ、そのね……ラブレターを貰ったのよ」

「ら、ラブレター!? じょ、女王様にですか!?」


 俺が驚くよりも前にサルが声を上げる。

 ラブレターというのには驚くが、それはアリスからすれば日常茶飯事とも言えるような出来事ではないんじゃないだろうか。

 しかし、アリスは何処か戸惑っている様子だ。

 いや、戸惑っている、というよりも、何か気にしている?


「何か気になるのか?」

「え? あ、いえ、別に。ま、まぁ……私くらいになれば多くのラブレターを頂くからね」

「そうだよな~。流石、アリス」

「…………」

「カイト、お前……」


 何故か哀れむような眼差しを俺に向けてくるサル。

 え? 何か間違えた?


 しかし、ラブレターか。

 

 ラブレター……。今日は何だか不思議な日だな。

 サルもラブレターを貰って、アリスも貰って。まぁ、俺は貰ったところで困るだけだけど……。

 アリスがラブレターか。


 何というか、気になる自分が居るな。


 一体相手はどんな奴なんだ? う~ん、何か気になっちまうな。


 今までそんな事無かったのに。不思議なもんだ。

 俺が首を捻っていると、サルが訝しげな表情をする。


「どうした? そんなスッキリしない顔して」

「いや、アリスがラブレターって相手がどんな奴かなって」

「気になるの?」


 アリスの問いに俺は頷く。


「ああ、気になる。アリスは色々と難しい所があるだろ? そういうのも背負えるような奴じゃないと何か嫌っていうか……」

「お前は女王様のお父さんか何かか?」

「え? いや、そういう訳じゃないけど……」

「……か、カイトはわ、私が告白を受けると思う?」


 頬を紅く染め、軽く髪を撫でながら言うアリス。

 それに俺は首を傾げた。


「えっと……それはアリス次第、じゃないのか?」

「ええ、まぁ、そうなんだけど……」

「…………」

「…………」


 俺とアリスの間に妙な沈黙が流れる。

 それから、特に俺とアリスは話す事なく、昼休みの時間を迎えた。


「……何してんだ? 俺」


 俺は自分のしている行動が良く分からなかった。

 何故だか、アリスを尾行している。


 どうしてもさっき言っていた話、ラブレターが気になってしょうがない。

 アリスは相手の男次第で、その返事をしてしまうのか。

 それがどうにも気になって、何も手に付かない。

 せっかくアリスが作ってくれた弁当も食べられないほどだ。


 う~ん、どうしたんだ? 俺。


 何をそんなにアリスの事が気になってるんだ?


 アリスは別に俺からすれば友人の一人でしかないのに。

 何とも不思議なものである。

 俺がそんな事を考えながら、アリスの後を付いて行く。


 彼女は吸血鬼だ。あんまり、変な事をすればすぐにバレてしまう。

 出来るだけアリスに悟られないように、遠く離れながら。


 アリスの尾行を続け、辿り着いたのは校舎裏。

 その茂みの中に隠れ、俺は動向を見守る。


 キョロキョロとアリスは辺りを見渡し、腕を組む。何処か退屈そうだ。


「全く……私の昼食時を邪魔するなんて、どういう了見かしら?」

「……あ、あの!!」


 お? 姿を現した。

 それは同学年の男子だ。俺は一度も同じクラスになった事の無い奴で良く知らない。

 それはアリスも同じだったのか、腕を組んだまま退屈そうな顔をする。


「貴方かしら? この手紙を書いてくれたのは」

「は、はい!!」

「そう。かなり情熱的に書かれていて、素晴らしいラブレターだと思うわ」


 そう言いながら、アリスはポケットからラブレターを取り出し、男子に渡す。

 男子はオドオドしながらも、アリスの顔を真剣に見る。


「で、でしたら、その……僕の気持ちも分かっていただけたと思います!! あの、お、お付き合いしてくれませんか?」

「申し訳ないけれど、他を当たってちょうだい」


 そう冷たく言うアリスはラブレターを彼の手に握らせる。


「私は誰かとお付き合いをするつもりも無いし、誰かも分からないような人と付き合う事は出来ないわ」

「だ、だったら、友達でも……」

「それも必要ないわ」


 ピシャリ、と言い放つアリスに男子生徒は露骨に落ち込む。

 何というか、容赦が無いな。アリスは息を吐き、口を開く。


「私以外にも魅力的な女の子も居るし、そっちにしときなさいな」

「ぼ、僕は神埼さんが……良いです」

「なるほどね……諦められないって事?」

「は、はい!! だから、恋人じゃなくて、友達から――」


 と、男子生徒が言った時、アリスは真っ直ぐ男子生徒の顔を見た。


「二度は言わないわ。私は貴方と友達にも、お付き合いするつもりもないわ」

「……そう、ですか。じゃ、じゃあ、最後に聞かせて下さい。あの男と、一体、どういう関係、何ですか?」


 ん? 何か流れが変わったか?

 茂みの中から様子を伺っていると、アリスは目を丸くしてから、すぐに優しく微笑む。


「そうね。ただの友達よ。でも、貴方とは決定的に違う部分がある」

「……え?」

「彼は私を見ている。けれど、君は違う。君は私を――女王だと思っているでしょう?」

「そ、それはそうですよ!! 貴方は気高くて、美しいから……僕はそれに惹かれて……」


 男子生徒の意を決した言葉にも全く靡かないアリスは口を開いた。


「そう。だとしたら、私とは一生縁が無いわね。それじゃあ」

「あ……」


 その言葉を最後にアリスは去って行く。

 男子生徒はぎゅっとラブレターをクシャリと握り締め、走り去っていった。

 何というか……覗き見したのが滅茶苦茶心苦しいな。


 すると、アリスがピタっと足を止め、髪を撫で始め、口を開いた。


「い、居るんでしょう? カイト」

「……え?」


 え? バレてたの?

 俺は観念して茂みから姿を現すと、アリスが俺に湿った眼差しを向ける。


「何で貴方がついて来てるのよ。暇なの?」

「え? あ、いや、ちょっと気になって……」

「……どうして気になったの?」

「分からない」


 分からない。本当に分からないのだ、どうしてアリスが告白されるという話を聞いて後をつけるなんてマネをしたのか。

 全然分からないけれど、アリスは俺の頭をコツン、と叩いた。


「いてッ!!」

「あんまりこういう事は褒められた行為じゃないから。それはお仕置き」

「…………ごめん」

「良いのよ。ちょっと……嬉しかったから」

「え?」

「ほら、カイト。屋上、行くわよ。ほら、早く!!」


 何故だろう、さっきまで不安だった心が落ち着きを取り戻す。

 意味が分からない。

 俺は自分の中に芽生えた感情に答えを出せぬまま、先を歩くアリスの背中を追い掛けた――。


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