第15話 ドロシーVSクソボケ

『お姉ちゃん』


 私は思念をお姉ちゃんの頭の中に送り込む。

 すると、お姉ちゃんからの返事も返ってきた。


『どうしたのよ? さっきから思念を送ってきて』

『お姉ちゃん、カイトさんの事、好きなんだよね?』

『っ!?』

「……っ!?」

「アリス?」


 私の思念を読み取ったせいか、お姉ちゃんの顔が紅く染まる。

 だから、分かりやすいんだって。それで何でカイトさんは気付かないの!?


「だ、大丈夫か? 何か顔紅いけど、風邪でも引いたか?」

「べ、別に……問題ないわ。気にしないで」

『ドロシーちゃん、あんまり変な事言わないで』


 言葉を発しながら同じように思念を飛ばすお姉ちゃん。

 変な事って、別に変な事をしているつもりなんて全然無い。

 私はただ一つ、妹として、お姉ちゃんが大好きな妹としてやるべき事をやっているだけだ。


『お姉ちゃん、カイトさんは超鈍感だよ』

『うっ……そ、そう思う?』

『うん。鈍感っていうか、恋愛感情が最早無いよ』


 カイトさんはお姉ちゃんの乙女心に全く気付いた素振りを見せていない。

 というよりも、そもそも、恋愛感情というものを持っているのかすら分からない。

 

 そんな難攻不落とも言うべき城砦を落とすにはそれなりの攻撃力が必要になるのだが……。


『でも、ど、どうしたら良いの? じょ、状況的にはチャンス、よね?』

『うん、チャンスだよ。むしろ、やっぱり、ここしかない』


 お姉ちゃんが恋愛経験無さ過ぎて、攻撃力がほぼ皆無って事。

 となれば、お姉ちゃんよりは恋愛経験がある私が人肌脱ぐしか無い。

 

 私はカイトさんに身を寄せて、尋ねる。


「ねぇ、カイトさん」

「ん?」

「カイトさんって女の子とお付き合いするなら、どんな人が良いの?」

「それ、最近、良く聞かれるんだよな~」


 う~む、と腕を組むカイトさん。

 どうやら、私と考えている事が同じ人間がカイトさんの周りにも居るらしい。

 カイトさんは私の顔を見て、言う。


「俺は自分をしっかり持っていて、美人。後は一緒に居て楽しい人。それと料理上手かな」

「……そうなんだ」


 いや、それお姉ちゃん!!

 お姉ちゃんの特徴を並べてるじゃん!! 私はすぐさまお姉ちゃんに思念を飛ばす。


『お姉ちゃんじゃん!! 何で!? 何で攻めないの!?』

『せ、攻めって……ど、どうすればいいのよ……こ、これが私じゃない可能性だって充分にあるじゃない』

『私はどう? とか聞けば良いじゃん!! ほら!! やって!!』

「…………」

「アリス? どうした? さっきからずっと顔が紅いけど……」

「べ、別に何でもないわ。ね、ねぇ、カイト……」


 チラッチラっとカイトの様子を伺うお姉ちゃん。

 そうそう。ちょっといじらしく、カイトさんの劣情を煽るような視線も交えて。いい感じ!!

 お姉ちゃんはカイトさんをチラチラと見ながら、口を開いた。


「か、カイトはその……えっと……む、胸!!」

「え?」

「は?」


 私は思わず呆然としてしまう。

 え? 何で、今、胸なの?

 

「だ、男性は胸のサイズにこだわりがあると聞いた事があるわ。か、カイトはどう? どのくらいのモノが好みかしら?」

「えっと……本当に大丈夫か?」


 言っている事がやばすぎて、カイトさんが訝しげな表情でお姉ちゃんを見てる。

 私は心の中で頭を抱えた。


『な、何してるの!? お姉ちゃん!! 何で、今、おっぱいの事聞いたの!?』

『ご、ごめんなさい。つ、つい……その、気になって……』

『気になるって何!?』

『だ、だって、カイトの言う理想が私じゃないとしたら、理想のおっぱいを聞けば分かるでしょう? 巨乳とか貧乳とか、美乳だってあるわよ?』


 そこで確定しようとしないでよ、お姉ちゃん!!

 私が困惑していると、カイトさんは顎に手を当てる。


 え? 真面目に答えるの?


「胸か……なかなか難しい質問だな。実際問題、男ってのはおっぱいに並々ならぬ執着があるってのは事実だ。良く聞くだろ? 男は皆、おっぱい星人って」

「いや、聞いた事無いけれど……」

「……そうなんだ」


 因みに私は年の割りには大きい方。

 ぽよぽよぷにぷにで、良く揺れるから、時々痛くなるのが悩み。

 確かに私は思う。

 男子の視線が時折、私の胸に集中する時がある。私は思わず自身の胸を触り、持ち上げた。


「じゃあ、こういうのとか好きなの?」

「えっと……好きか嫌いかで言えば好きだけど、はしたないと思う。ほら、アリスがすごい目で見てる」

「ドロシーちゃん、やめなさい」

「……はい」


 私は自分の胸から手を離すと、カイトさんは曖昧に笑う。


「だから、俺個人の意見としては、その……その人のサイズに合っていればいいと思うってのが答えかな」

「そ、そう……ち、因みにだけど……」


 お? そう!!

 ちょっとエッチな質問もぶつけちゃえ!!

 それでカイトさんに自分は女の子だって部分を見せ付けるの!!

 そうすれば、カイトさんだって――。


「貴方の友人のサルは巨乳好きよね? 良く視線を感じるわ」

「おう」


 誰だ、それはああああああああああッ!!

 ていうか、違うじゃん!! 今のはお姉ちゃんが自分の胸はどう? って聞くタイミングじゃん。

 サルって誰? それ、最早、人間じゃないじゃん!!


「……そうか。今思うと、アリスもアレか。胸、デカイよな」

「……ふえ!? な、何!?」


 ささっと、お姉ちゃんはすぐさま胸元を隠す。

 いや、恥ずかしいのは分かるけど、今は見せ付けて……。


 すると、カイトさんも申し訳なさそうに視線を逸らした。


「あ、悪い悪い。こう言ったら、怒るかもしれないけど。アリスの胸って形も綺麗だし、割と男の理想的なタイプじゃないか? 自信、持っていいと思うぞ」

「……そ、そう?」

「ああ」


 うわあ……お姉ちゃん滅茶苦茶嬉しそう……。

 でも、相変わらず気付かないカイトさん。う~ん……これはもっと直接的に行くしかないか。

 私はそう結論付け、口を開いた。


「じゃあ、カイトさん。お姉ちゃんと付き合ったらどうですか?」

「っ!?」

「え? アリスと俺が?」

「うん。お似合いだと思うけど」


 私の唐突な言葉を聞いて、お姉ちゃんの思念がすぐに飛んできた。


『な、何を言っているのよ、ドロシーちゃん!!』

『何って、彼女立候補? だって、もう鈍感すぎて、手の内ようがないし、お姉ちゃんはポンコツだし。もう関係を進展させるにはこれしかないもん』


 お姉ちゃんはカイトさんが好き。

 しかし、お姉ちゃんからの攻撃がほぼ無意味になってしまうのなら、もう残された手段はただ一つ。

 パワープレイだ。


「ほら、カイトさんの理想にピッタリだと思いますよ? お姉ちゃん」

「ど、ドロシーちゃん!? や、やめて……本当に……」

「うぅ~ん……そういうのは良く分からないかな?」


 あはは、と申し訳なさそうに笑うカイトさん。

 それに、と前置きしてから更に言葉を続ける。


「俺じゃアリスとは不釣合いだよ」

「どうして? お姉ちゃんも普通の女の子だよ?」

「いや、それは分かるよ? でも、アリスくらいの女の子だったら、俺よりももっともっと良い人が沢山居ると思う。それこそ、お金持ちとかさ」

「…………」


 カイトさんの言葉にお姉ちゃんは押し黙る。

 これはショックだよね、私、悪い事しちゃったかな……。


 これじゃあ、もう、お姉ちゃんに脈は無いよって言ってるようなものだよね。

 そう私が考えているときだった。お姉ちゃんは顔を真っ赤にしたまま、ぎゅっとスカートの裾を掴んで、言った。


「わ、私は、あ、あああ、貴方のような人でも構わないわ!!」

「ん? そうなのか? いや~。勝手にアリスはすげー高望みしてると思ったわ」

「し、してないわよ、別に!! ただ、気持ちの方が大事だって思うだけ!!! ちゃんと好きな人っていうか、大事って思える人とそういう関係になるのが大事でしょう?」


 お姉ちゃんの言葉にカイトさんは頷く。


「はは、そうかもしれないな。確かに。互いに支え合って生きていけたらいいよな」

「ええ、そうね」

「そういう意味なら、俺達もそう変わらないな」

「え?」

「ん?」


 あれ? 流れ変わった?


 これはお姉ちゃんの決死の一打が逆転サヨナラホームランを呼んだ?

 ここから、お姉ちゃんとカイトさんが付き合える? 本当に?


 私は期待感を胸にカイトさんの言葉を待つ。

 カイトさんはニコっとお姉ちゃんに向けて、爽やかな笑顔を向けていった。


「だって、俺達もそうだろ? 俺が君に血をあげて、俺の昼飯を君が作ってくれてる。それに友達同士で、互いに助け合ってるし、似たようなもんじゃないか?」

「……そ、そうね!! 確かに!! そうかもしれないわ!!」


 だから、違うんだって!!

 そうじゃない!! 友達じゃなくて、恋人なの!!

 お姉ちゃんがなりたいのは!! 何で、それが分からないの!?


 やっぱり、クソボケなの!!


 私が錯乱していると、カイトさんは外を見た。


 どうやら、こんな会話をしていたら外の雨が上がったらしい。


「雨、上がったな。そろそろ俺は行くよ」

「え、ええ、分かったわ。カイト、本当にありがとうね」

「良いんだって。困った時はお互い様だ。それじゃ!! また明日な!!」


 そう言ってから、カイトさんは荷物を纏めて部屋を出て行ってしまった。

 どうやら、見送りも必要ないらしい。

 私は一つ息を吐いて、膝の上に肘を付いた。すると、お姉ちゃんが私の隣に座る。


「ごめんね、ドロシーちゃん。色々頑張ってくれたのに」

「ううん。お姉ちゃんが謝る事ない。アレはカイトさんが悪い!! あんのクソボケ……」

「クソボケって……でも、良かったわ。踏み込めた事が聞けて」

「そう?」

「ええ、だって、希望は見えたから。だから、ありがとうね、ドロシーちゃん」


 なでなで、と優しく私の頭を撫でてくれるお姉ちゃん。

 それが嬉しくて、私はお姉ちゃんに甘える為に、ぎゅーっと抱きつく。


「次は落とす……絶対に。お姉ちゃんの気持ちに気付かせてやるんだから……」

「全く……どういう対抗心よ」

「私はお姉ちゃんに幸せになって欲しいの。そのためなら、どんな事だって……」

「あまり変な事はしないでね、お願いだから」

「分かってる!! そうだ!! お姉ちゃんにも色々と教えてあげるね。男の人を落とすテクニック!!」


 今日、この瞬間、私は誓った。

 

 あのクソボケとお姉ちゃんを絶対にくっつけるキューピットになってやる、と――。

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