第14話 ドロシー

 ゲーム画面に集中する。

 私は集中力を高め、コントローラーを動かす。

 ここを、ここを乗り切れば……。今苦労していたダンジョンをクリアする事が出来る。

 私は熱くなる頭を抑える為に一度息を吐く。


 それから瞳を紅く輝かせた。

 それと同時に頭からは黒い角、背中からは悪魔のような羽が生える。


 家に居るから大丈夫!! 私は歴戦のコントローラー捌きでボタンを押していく。


 しかし、指が――滑った。


「あ……」


 『GAME OVER』


 無慈悲にもディスプレイに映し出される文字に私はその場に倒れ、天を仰ぐ。

 それからバタバタと手足を動かし、羽も一緒に動かす。


「ヤダヤタ!! もうやりたくない!! もう無理!! きついって!!」


 せっかく、2時間掛けてここまで来たのにまた最初からなんて何て鬼畜ゲーム!?

 私はコントローラを投げ捨てる。私は力加減を間違えたのか、コントローラーが壁に埋まる。


「むぅ……」


 私は頬を膨らませ、胡坐をかく。

 お姉ちゃんが帰ってくるまでにクリアしようと思ってたのに!!

 お姉ちゃんが帰ってきたらどうせ、勉強しろって言われるからクリアしようと思ったのに!!


 私は悔しさを感じ、バタバタ暴れる。


「ぬがあああッ!! もう一回やる元気も無い。うぅ……」


 私は立ち上がり、自室の窓にあるカーテンを開ける。

 私達、吸血鬼は太陽の光が苦手。私はゲームに集中したい時、必ずカーテンをする習慣をつけている。

 私がカーテンを開けると、窓が濡れている事に気付く。

 窓の外を見ると、どんよりとした重い雨雲も見える。


「あ、お姉ちゃん。大丈夫かな? あ~……でも、大丈夫か」


 私は自己完結する。

 だって、お姉ちゃん。いつも雨降った時、人が居なくなったのを見計らってから飛んで帰ってくるし。

 だとすると、もしかしてまだゲームが出来る?

 これはチャンス!!


 私はそう思い、ゲームをしようと壁に埋め込まれたコントローラを手に取ろうとした時だった。


「ただいま~」

「なっ……何で!?」


 私は目を丸くした。

 外はまだ雨が降っているから帰ってくるなんて事ないのに!!

 私はすぐさま部屋を飛び出し、階段を滑るように下りていく。

 それから廊下を一足で飛び、玄関に繋がる扉を開けた。


「お姉ちゃん!? だ、だいじょう……ぶ……」


 私は目の前の光景を疑った。


 お、お姉ちゃんが……。

 あのお姉ちゃんが……。


 男の子と一緒に帰ってきてるううううッ!!

 し、しかも、何か家にまで来てるしッ!! え? どういう事!?


 あ、分かった。ドロシーちゃん分かっちゃったかも。


「アリス、この子は?」


 お姉ちゃんの隣にいる左側をビッショリと濡らした黒髪の男の子。

 その男の子は私に向けて首を傾げる。私は一つ頭を下げる。


「私は神埼・ドロシー・バートリーっていいます。お姉ちゃんの妹です!!」

「そうなんだ。俺は新道カイト。宜しく」

「ほら、挨拶は良いから。カイト、早く入って。服を乾かさないと」

「あー……なんか悪いな」


 申し訳無さそうに言うカイトさん。

 お姉ちゃんはすぐさまカイトさんを上げる。

 お姉ちゃんとカイトさんはリビングへと足を進めて行き、私はカイトさんが履いて来た靴を見た。


 あー、靴もビッショリだ。


 何か水でも被ったのかな~。私は右手をかざし、魔力を軽く出す。

 それから靴の水分を抜き取り、軽く握って消失させる。


「良し。これでオッケー!! おねえちゃ~ん!! 靴、乾かしといた!!」


 私はリビングの扉を開けると、カイトさんの制服を受け取り、干しているお姉ちゃんの姿があった。

 カイトさんは黒のブレザーを脱いだ白いカッターシャツ姿。

 それに髪もちょっと濡れてそう。私はカイトさんに近寄り、口を開いた。


「カイトさん、ちょっと良い?」

「え? 何かな?」

「髪の毛、乾かさないと風邪引いちゃうよ?」

「え?」


 私がカイトさんの頭の上に手をかざそうとした時だった。

 お姉ちゃんが慌てたように声を上げた。


「ま、待って!! ドロシーちゃん!!」

「何? お姉ちゃん」

「わ、私!! 私がやるから……」

「え? でも、お姉ちゃん……はは~ん」


 お姉ちゃんは慌てた様子で服も持ったままだ。

 あ、カイトさんって吸血鬼の事知らないのかな? でも、何だかそれとは違う慌てよう……。

 何かそれをされたくないような……自分の仕事を取られたみたいな反応だったような……。

 あ、もしかして、私がカイトさんの頭を乾かすのが嫌なの~。

 

 じゃあ、やっぱり、お姉ちゃんが好きな人ってこの人なんだ。


 私はソファーに座っているカイトさんの真横に座る。


「ねぇ、カイトさん。質問してもいい?」

「ちょっと、ドロシーちゃん!! 向こう行ってなさい」

「えー、良いじゃん!! お姉ちゃんが友達連れてくるなんて初めてだも~ん。それに、私もカイトさんの事、気に入っちゃったし」

「え?」

「ん? そうか? ドロシーちゃんみたいな可愛い子に気に入られるのは嬉しいな」


 アッハッハ、と嬉しそうに笑うカイトさんは私の頭の上に手を置き、軽く撫でてくれる。

 あぁ~……これは良いかもしれない。

 私はチラリとお姉ちゃんを見た。お姉ちゃんの顔は――絶望に染まっていた。


 え? え?


 それからお姉ちゃんはキっと私を睨み付ける。その瞳は紅く――染まっていた。


「か、カイトさん!? あ、頭はちょっと……」

「え? あ、ごめんね。いきなり」

「う、ううん。別に。大丈夫だよ、問題ない、問題ない」


 私は決してお姉ちゃんとは目線を合わせない。

 アレは……マジだ。

 お姉ちゃんのアレ、久々に見た。この家族で最強の吸血鬼はお姉ちゃんだ。

 つまり、純粋に戦ってお姉ちゃんに勝てる人は誰も居ない。

 誰もお姉ちゃんには逆らえないのだ。


 お姉ちゃんは少々むくれた様子でカイトさんの背後に回る。


「……髪、乾かすわよ」

「え? あ、ああ、頼む。でも、どうやるんだ? ドライヤーでも使うのか?」

「必要ないわよ。魔法を使うから」

「え?」


 カイトさんの疑問よりも先にお姉ちゃんが両手に魔力を込める。

 それからほんの一瞬の間にカイトさんの髪から水分が無くなる。

 

「え……今、何かやった?」


 カイトさんは目をパチクリとさせ、驚愕の様子。

 しかし、お姉ちゃんは一つ息を吐き、簡単に言う。


「ええ。貴方の髪についた水分を全部蒸発させたの。服もすぐに乾かすから待ってて」

「はぁ……すげぇ便利だな、吸血鬼って」

「日常的には使えないけどね。この家なら吸血鬼って知ってる人しか居ないから」


 お姉ちゃんはそう言ってから、服も同じように乾かしていく。

 

 っていう事はやっぱり、カイトさんは吸血鬼ってことを知ってるんだ。

 じゃあ、隠す必要はないね。


「カイトさんはお姉ちゃんの吸血鬼って何処で知ったの?」

「俺はな、お姉ちゃんに襲われたんだ」

「……え?」

「か、カイト!? それじゃあ、語弊があるじゃない!!」


 お、襲われた!? そ、それって逆レ○プって奴じゃないの!?

 何かお父さんが持ってたDVDにあったよ!?

 お母さんに言ったら、ブチギレて、次の日干乾びてたけど。

 も、もしかして、カイトさんも干乾びるほど、吸われちゃったの!?


「え? じゃ、じゃあ、カイトさんって吸血されたの? お姉ちゃんに?」

「あ……純粋でよかったわ」

「純粋? お姉ちゃんがカイトさんを襲って、血を吸ったんでしょ?」


 襲うってそれ以外に意味があるの?

 私が首を傾げていると、クスクスと口元を抑え、カイトさんがお姉ちゃんを見る。

 お姉ちゃんの顔が今まで見た事も無い程に真っ赤になっている。


「アリス……お前、何……プハッ」

「~~~~ッ!? う、うるさい、うるさい、うるさい!! バカ、ヘンタイ!!」

「分かった、分かったから……」


 顔を真っ赤にしたまま叫び続けるお姉ちゃんを宥めようと、手で抑えるように促す。

 でも、お姉ちゃんは顔を真っ赤にして叫ぶ。


「ち、違うから!! た、ただ、あの時はちょ、ちょっと衝動が抑えられなくなって血を吸っちゃっただけ!! わ、分かった!?」

「分かったって……俺が悪かった。紛らわしい言い方して」

「フー……フー……」


 お姉ちゃんが息を荒げてカイトさんを凄く睨んでる。

 何か新鮮なお姉ちゃんだ。カイトさんは私を見て、言葉を続ける。


「まぁ、その時にな。血を吸わせたんだよ。それ以来からずっとアリスが吸血鬼って事は知ってるし、毎日、血も上げてるぞ」

「え!? そ、そうなの!? お姉ちゃん!!」

「……え、ええ、そうよ」

「そんな事、一言も言ってなかったじゃん!!」


 まさかそんな事までしているなんて思わなかった。

 でも、これで一つはっきりした事はある。お姉ちゃんが何で毎日お弁当を作ってたのか。

 その相手は間違いなく彼だ。多分、血を吸う代わりのお返しって事なんだろう。


 やっぱり、お姉ちゃん。何だかんだアプローチはしてるんだね。

 

 でも、何でだろ。二人からそういう甘い空気が全然感じられない……。


「ねぇ、カイトさん。彼女って居るの?」

「え? 居ないけど……」

「居ないんだ……。だって、お姉ちゃん」

「な、何で私に言うのよ。ていうか、知ってたわよ」

「あれ? 話した事あったっけ?」


 あ、髪撫でてる。

 アレやるときってお姉ちゃん、心がざわついてるっていうか、落ち着かない時なんだよね。

 すると、お姉ちゃんはそっぽを向き、こっちへと歩き出す。


「こ、告白されても受けたことないんでしょう? なら、居ないじゃない。ちょっと想像すれば分かるわ」

「え!? そ、そうなの!? もったいな~い」

「俺はそういうの苦手でね」


 カイトさんの目の前にあるソファーにお姉ちゃんが座り、一つ息を吐く。

 何だ、じゃあ、付き合ってないのか~。

 んぅ~……でも、何ていうんだろう……。こう、直感的なものを感じるんだけど……。



 カイトさんってもしかして、すっごく鈍かったりする?



 ここは、ちょっと踏み込んでみようかな。


「ねぇねぇ、カイトさん。お姉ちゃんとかどう?」

「え? アリス?」

「っ!? な、何言ってるの!?」

「ほら、お姉ちゃんってすっごい美人だし、お弁当だってすっごく美味しいでしょ? それに家の事だって何でも出来るし!! お嫁さん適正高いと思わない? 

 それにお姉ちゃんって今、彼氏居ないんだよ!!」


 お姉ちゃんが顔を真っ赤にしようが関係ない。

 ここで、お姉ちゃんを意識させないといけない。それこそが妹である私の役割。


 でも、カイトさんはニコっと笑うだけで全然動揺しない。


「いや、俺なんかじゃ不釣合いでしょ?」

「そうかな? だって、お姉ちゃん。毎日、カイトさんの為にお弁当まで作ってるんだよ?」

「ちょ、ちょっと、ドロシーちゃん!?」

「あー、あれな。滅茶苦茶旨いよな~」

「そうだよ。カイトさんの好みだって色々聞いてるって言ってたし」

「そう!! 俺の味付けの好みとかで変えてくれる!! いや~、本当に嬉しいし、美味しいし、いつもありがとうな、アリス」


 そんな事を言いながら、お姉ちゃんに笑顔を向けるカイトさん。


 いや、違う!! 違う!! そうじゃないんだって!!


 普通、女の子が好きでもない人にそんな事しないから!!

 何で気付かないの!? ええい、仕方ない!!

 分かる? お姉ちゃん、今、今だよ!! 私はお姉ちゃんに思念を送る。


『今だって!! 今、君だからだよって言うんだよ!!』

『な、何言ってるのよ!!』

『お姉ちゃんが押せばいけるから!! ほら!! やるんだよ、今ここで!!』


 私の思念が届いたのか、お姉ちゃんも私に思念を飛ばしてくる。

 それからお姉ちゃんはしばし考え込んだ素振りを見せていると、カイトさんが首を傾げる。


「…………」

「アリス? どうした? 考え込んで」

「え? えっと……ま、まぁ、当たり前よね。血を貰うお礼なんだから。気にしないで」

「おう。でも、いつもありがとうな」

「っ!?」


 いや、弱すぎだし、チョロすぎぃぃぃいいッ!!


 何で微笑まれただけで、キュンって顔してるの!?

 女ていうか、メスの顔が滅茶苦茶出てるのに、何でカイトさんは全然気付いてないの!?


 え? クソボケ!? クソボケなの!?


 私は何を見せられてるの!? 私が困惑していると、カイトさんは言う。


「だから、アリスの旦那さんになる奴は幸せもんだな」

「……そ、そうね。そうかも、しれないわね」


 いや、お前がなるんだよ、クソボケがああああああああッ!!

 私は二人の恋愛クソボケ具合に発狂していた。


 多分、この二人、進展しません!! 無理です!!


 私はそう確信した――。

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