第12話 優しいカイトさん
「…………」
先生の話が終わった下校時間。
ガタガタ、と右斜め前に居るサルが帰る準備をしている。
それは何かから逃げ出そうとしているかのように。
その瞬間、私の隣に居るカイトが動いた。
「おい、サル。何逃げようとしてんだ? えぇ!?」
「ウキッ!? く、首根っこ掴んで何だよ!! いやあああッ!! 暴力はんたあああい!!」
まるで痴漢される女性のように叫び始めるサル。
それにカイトはやれやれと肩を竦めた。
「おいおい。んな事言ってもいいのか? ていうか、そもそもお前が悪いんだろうが」
「うっ……」
言いにくそうに言い淀むサルにカイトが首根っこを掴んだまま言う。
「お前、今日の宿題はどうした?」
「……ひゅー、ひゅー」
「口笛吹けないのに何やってんだよ」
そっぽを向き、自分は関係ないといわんばかりの態度を見せるサル。
それにカイトは若干お冠だ。
私はそれが何だか気になってしまって、手を止めてしまう。
私から見ると、この二人は少し羨ましく見える。
やっぱり、互いに気兼ねなく接する事が出来る友人というのは貴重だと思うから。
私がじーっと見ていると、カイトが首根っこを更に締め上げ、口を開く。
「お前、今日の宿題やってなくて先生に怒られてたよな?」
「ち、違う!! 家!! 家に帰ったらやろうと思ってたんだよ!! でもほら、昨日は新作ゲームが……」
新作ゲーム?
ああ、そういえば、ドロシーちゃんが言ってたっけ。
昨日は大人気ゲームが出るから夜更かしするって。
結局、朝寝坊してて、注意したのを思い出す。
けれど、その言い訳はカイトの機嫌を損ねるものだったのか、カイトはサルを無理矢理椅子に座らせる。
「はい、残念。サルくんは今日、居残りです」
「ま、待ってくれって、カイト様ぁ~。そんな後生な……」
「言い訳は聞かないぞ。俺はお前のおばさんから頼まれてるんだ。サルがちゃんとやってなかったら、そのケツを叩けってな」
「くっ……」
「そもそも、毎回同じ事をいうが、お前が宿題を忘れなければそれで良いだろ? なのに、何で忘れるんだ? こうして面倒を見る俺の身になってくれないか? いい加減……」
「ぐっ……何も言い返せない……」
サルはそっぽを向き、カバンの中から教科書とノートを取り出す。
それからカイトも椅子に座り、教科書とノートを開いた。
どうやら、カイトも一緒に勉強をするらしい。
宿題をやるのかな。
「ねぇ、カイト」
「ん? どうした、アリス」
「私も一緒に勉強してもいい?」
「別に良いぞ」
「何……だと……じょ、女王様とお勉強会!?」
唐突にサルのやる気が一気に上がったように見える。
私が居ると、そんなに嬉しいのかしら?
それは良く分からないけれど、カイトと一緒に勉強が出来る機会だ。
私は椅子に座り、教科書とノートを出す。
すると、カイトが言う。
「アリスは別に教えなくてもいいよな?」
「ええ。問題ないわ」
「了解。じゃあ、サル。ほれ、さっさとやるぞ」
「も、勿論だ!! うっし!! 頑張っちゃうぜ!!」
「何急にやる気だしてんだか……」
呆れた様子で言うカイト。
私もまた宿題に集中し、チラチラと横目でカイトを見る。
カイトはサルに宿題の概要からやり方まで全部説明している。
サルってそんなに頭良くないのね。
まぁ、学力なんてのは人それぞれではあるし、別に良いと思うが。
アリスは隣を見て思う。
「だから、サル。そこは違うって」
「え? いや、お前さっきこっちって言ってたやん」
「だから、それは違う公式だって。お前はダチョウか?」
「それはお前、言っちゃいけねぇよ……」
「だったら、ちゃんと話を聞いてやれよ」
教えてもらってるサルの姿を見て、とてつもないジェラシーを感じてしまう。
ああやって、私もカイトに勉強を教えてもらいたいと思ってしまう。
だって、多分、カイトはそう言っても、私の勉強を見てくれるとは思えないから。
私も……ああやって、サルみたいに気兼ねなくカイトと話したいな。
「……ん? アリス。何か分からない所でもあったか?」
「え? い、いいえ。何でもないわ」
「そうか」
思わず私はカイトの顔をじーっと見てしまっていたらしい。
いけない、いけない。
いくら私でもサルにジェラシーを感じるなんて。良くないわ。
私は宿題に戻る。
「だから、お前、話聞いてんの? マジで」
「いや、聞いてるのよ。聞いてるけど、入ってこない。右耳から左耳に抜け……いたっ!?」
隣からバチン、という音が聞こえてきた。
私が思わずそっちに視線を向けると、サルの頭をノートで軽く叩いているカイトの姿があった。
ペシペシ、と何度もサルの頭を叩きながら、カイトは言う。
「それを聞いてないって言ってんだよ。はい、さっさとちゃんとやれ」
「今ので、俺の貴重な脳細胞が無くなりました~。せっかく覚えたのに、もうできませ~ん」
「煽ってんの? やってないのはお前だろうが、クソザル。ったく、あ~あ、もう、しゃーないか」
ギシっとあまりにも真面目にやらないサルに見かねたのか、カイトは椅子の背もたれに背中を預けたまま、私を見た。
え? 何?
「アリス、知ってるか?」
「何かしら?」
「サルってエ――むぐっ!?」
「てめぇ、何口走ってんだ、コラぁぁぁあああッ!!」
カイトが何かを言おうとした瞬間。
吸血鬼の私が見えないほどの速度でカイトの口を塞ぐサル。
サルはそのまま捲くし立てるように言う。
「お前、女王様にそんな事言うんじゃねぇよ!!」
「ぷはっ。サルが――むぐっ、ぐえっ!?」
「てめぇ、まだ言うか!!」
そう言いながら、サルがカイトの首に腕を回し、ヘッドロックをする。
私にはあまりにも見慣れない光景に目を丸くする。
「ちょ、ちょっと、サル!?」
「ほ、本当に何でもありませんから、女王様!! なっ!? カイト、何もないよな!?」
「てめぇがちゃんとやればいいんだよ……分かるか? サル……。お前の生殺与奪の権利は今、俺が持ってんだ……」
「こいつ……」
クックック、と悪魔のような笑みを浮かべるカイト。
その顔は絶対に私には向けるようなモノじゃない顔で、何だかすごく羨ましい……。
私もあんな風に何気なしにじゃれあう事が出来る相手とかいたら、楽しいだろうな。
そう思うと、カイトとサルの関係が物凄く羨ましく感じてしまう。
「貴方たち、本当に仲が良いのね」
「ど、何処がですか!? 俺は今、コイツに殺されそうになってるんですよ!!」
「それはお前がちゃんと宿題をしないからだろ、バーカ。ほら、とっとと解放しろ!!」
「言わないか? あの事は、言わないか?」
「言わないから……ほら、ちゃんと宿題やれ」
カイトが適当に答えると、サルは机に戻り、宿題をゆっくりとだが進めていく。
ようやく軌道に乗ったのか、カイトが一息吐いた時、私は尋ねる。
「サルとはやっぱり長い付き合いだから、ああいう事が出来るの?」
「ああいうって、ああ、あれは普通にじゃれ合いの一種だろ。昔からあんな感じだよな、サル」
「……確かに。そうだな」
宿題を進めながらサルは言葉を続ける。
「俺とこいつは小学校低学年からの付き合いだからな。下手な奴よりも互いの事を分かってるんですよ」
「へぇ……そうなんだ……」
「だから、こいつの良い所も悪い所も知ってるんすけど……こいつって割とモテるんですよ」
唐突にサルの言った事に私は心臓がキュっと掴まれるような感覚を覚える。
い、意外とモテる?
けれど、それは何となく分かるかもしれない。
だって、カイトって凄くかっこいいし、優しいし、あったかいし、人の事よく見てるし、気配り出来るし……。
女の子は放っておかないって思ったけど。やっぱりね。
でも、それだと私にチャンスはないのかしら……。
いや、そうやって諦める訳にはいかない。
だって、私は……カイトが好きって気持ちだけは絶対に負けないから。
私がそんな事を考えていると、サルはシャーペンを走らせながら言う。
「こいつ、誰に告白されても絶対に受けないんですよ」
「え? カイトってそうなの?」
「ん? ああ、別に好きとかそういう感情はないし」
あっけらかんと答えるとカイトに湿った眼差しを向けるサル。
「こいつはこういう奴なんです。誰かを特別扱いなんて絶対にしない。ホント、気配りとか、人の事をよく見てるのにさ。勿体無いですよね?」
「……ええ、そうね。それは、勿体無い気がするわ」
人から好かれる、というのは大きな美点だと思う。
少なくとも、私のように高嶺の花のように扱われるよりも、絶対に良いと思う。
……いや、別にカイトが告白受けてくれなくて嬉しいとか思ってないから!!
これっぽっちも全く思ってないから!! うん。だから、心が嬉しがってるとかそんなの絶対に無い。でも、これは逆に言うと……。
え? 私も脈無し?
カイトが人を特別視しないなら、それってもう私にもチャンスが無い事と同じなんじゃ……。
私が心の中で絶望しているのとは他所にカイトは全くピン、と来ていないのか、天を仰いだまま言う。
「でもさ、そういうの嫌なんだよな~。なぁ~んか、誰かを特別に思うっていうか、特別扱いって言うの? そういう平等じゃないのはさ」
「かーっ!! そういうんじゃないだろ? カイト。人なんだから好きも嫌いもあるじゃねぇか。別に誰かを特別扱いしたって良いだろ?」
「……そういうもんか? 俺は人をフラットに見たいんだけどな」
う~む、と腕を組みながら考え込むカイト。
何だろうか。そんなカイトの姿を見ていると、それこそがカイトなんじゃないかなって思ってしまう。
誰が相手でもその人となりを見て接する。それはカイトの一番良い所。
だから、私はカイトを好きになったんだから。
「……私はそれで良いと思うわよ」
「え? じょ、女王様?」
「そうか?」
「ええ。それはカイトの美点であるし。私もそういう所は嫌いじゃないわ」
「おー、そういうもんか」
うんうん、と頷いているカイト。
どうやら納得してくれたらしい。まぁ、それがカイトらしさって事なのかもしれないわね。
私もまたそう納得していると、カイトがあ、と呟いてから口を開いた。
「でも、今思うと、アリスは特別かも」
「ふぇ?」
「……え?」
え? え? え?
と、特別!? そ、それって、私にもチャンスがあるって事!?
これは、私はあるかもしれない!! 私は嬉しさで舞い上がる心を無理矢理押さえ込みながら、口を開く。
「そ、そうなの?」
「おう。だって、弁当作ってもらったり、色んなことをしてるしさ。やっぱ、今、一番特別な関係って言ったら、アリスだろ?」
「~~~~~~ッ!?」
「じょ、女王様!? だ、大丈夫ですか!?」
私は机に思い切り顔を伏せる。
だ、ダメよ!! 絶対にダメ!!
ニヤけたら、ダメなの!! どれだけ嬉しくても、絶対にニヤケたらダメ!!
か、カイトの特別になれたから嬉しいなんてそ、そんな事ある訳ない。
うぅ、ダメ!! もう、我慢できない!!
「わ、私、か、帰る!!」
「え? あ、アリス!?」
「じょ、女王様!!」
「ご、ごめんね、二人共!! そ、それじゃ!!」
そう言ってから、私は逃げるようにその場を後にする。
ダメだ。顔も熱くて、ずっと口角がピクピクしてる。
脈が無いと思っていたら、脈があるだけでこんなにも嬉しいなんて!!
うふふふふふふ、ドロシーちゃんに報告しよ。私、カイトの特別だって。
☆
唐突に去っていったアリスの背中を見つめ、俺は顎に手を当てる。
「……なぁ、サル」
「何だ?」
「俺、何か間違ったか?」
「いんや、下げた上で想像よりも上げたから、キャパオーバーしたんだと思うぜ?」
「何が?」
「そりゃおめぇ……火、だよ」
「……良く分からん」
「まぁ、とりあえずなんだ……お前は何も悪くねぇよ……そのままの君で居てくれ」
「……そうか」
何かあったんだろうけど、大丈夫かな。
まぁ、アリスの事だからきっと大丈夫だろう。俺はそう思う事にして、宿題に戻った――。
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