第10話 吸血鬼の天敵
とある日の体育の授業。
俺はグラウンドで日差しに晒されながら目の前で行われているサッカーの様子を見つめていた。
ウチの学校の体育は男女混合で行われる。
『きゃああッ!! 女王様の麗しい御姿!!』
『汗も滴る良い女とはまさにこの事!!』
『あんなにも美しいのに男子に混ざっても、遜色ない運動神経の良さ……やはり、文武両道!! 素晴らしいです!!』
そんな女子クラスメイトたちの黄色い声援を一身に受け取る美女。神埼アリス。
彼女は吸血鬼であるが故か、とてつもなく運動神経が良い。
これは俺も実感している事であるし、目の前で見ているから良く分かっている。
ただ、それでも彼女の抜群の動きは男子を翻弄している。
そのかっこよさ、勇ましさに女子は歓喜している。
だが、男子連中は違う。そんな動きで翻弄されているんじゃない。
歓喜、している訳ではない。
『……やばくね?』
『ああ。やばいな。バルンバルンだ』
『それに足も長いし……ケツもでかくない?』
『体操服って今思うと、すげーえっちだよな……』
今、彼女は体操服に身を包んでいるのだが、これがまぁ、似合うというか、少々犯罪チックだ。
彼女は元々、大人びている。
スラっとしているにも関わらず、出ている所は出ている抜群のプロポーションが如何なく発揮され、多くの人達の視線を釘付けにしている。
俺の隣に居るサルもまた、目を輝かせる。
「こ、これが、女王様の……くぅっ!! たまらん!!」
「マジで、お前等全員地獄に落ちたほうが良いぞ?」
「なっ!? お前だってあの姿には目を離せないだろ!!」
確かに。それはそうだ。
動く度にふわりと舞う艶のある黒髪、躍動するおっぱいに、ハーフパンツからスラリと伸びる艶かしいおみ足。
そりゃ、男からしたら決して目を離せないものかもしれない。
でも、俺はもっと別の事が気になってしょうがない。
俺は天を仰ぐ。燦々と照りつける太陽が俺の身体を熱くする。
春先にしては気温が高く、太陽の照りも強い。
彼女は吸血鬼だ。
吸血鬼は太陽の光を嫌う。彼女自身も長時間当たるのは良くない事だと言っていたし。
と、そんな事を考えていると、クラスメイトの一人の声が聞こえてきた。
『あれ? 女王様、疲れたのかな?』
『あ、本当だ。そりゃ、ずっと動き回っていたからね』
確かに。アリスから動きのキレがなくなってきたような気がする。
さっきまでは俊敏、機敏に動き回り、グラウンドの上を躍動していたが、今は少々休んでいる様子だ。
う~ん……俺は天を見上げる。
やっぱし、あんまり無理はさせられないか。
あんまりこういう事をするのは憚られるかもしれないし、彼女自身が嫌がるかもしれないが、無理だけはするものではない。
俺は立ち上がり、授業の様子を見つめる先生に声を掛ける。
「先生、ちょっと良いですか?」
「カイト、どうした? お前の試合はもう少し後だぞ?」
「いや、試合じゃなくて。アリスの事なんですけど」
「神埼の?」
首を傾げる先生に俺は言う。
「何かちょっと体調悪そうなので……保健室に連れて行きたいんですけど……」
「……当人に話を聞いてみるか。神埼ー!!」
俺の話に賛同してくれたのか、言い出した事が気になったのか、先生がアリスを呼ぶ。
すると、アリスは首を傾げ、俺と先生の下へと歩き出す。
それに周りのクラスメイトたちも困惑気味だが、俺は気にせずアリスを待つ。
「何でしょうか?」
「カイトが体調悪そうに見えるからって話なんだが、体調悪いのか?」
「……え?」
俺が指摘した事に驚いているのかアリスが目を丸くする。
気付いていないのか?
俺は顎に手を当てて、口を開く。
「アリス、お前、ずっと休んでないだろ? それに顔色もあまり良くない。一旦、保健室で休もう」
「……別に問題無いわ」
「本当に大丈夫か?」
「ええ、問題ありません。カイトも余計な心配です」
「…………太陽」
「え?」
俺の唐突に呟いた言葉に先生が目を丸くし、アリスはじーっと俺を睨み付ける。
ふふふ、やっぱりそうなんじゃないか。
違うなら、そんな反応はしないだろう。俺はアリスの手を掴む。
「ほら。休むぞ」
「ちょ、ちょっと!! 離しなさい!!」
「センセー!! こいつ、保健室に連れて行くから!! 補充宜しく!!」
「ちょっと、カイト!! 離して!! 私はまだ!!」
「太陽の下でシンドイのに無茶すんな!!」
ぎゅっと俺が強くアリスの手を握ると、何故だろうか。
アリスの体温が急激に上がった気がした。
「ほら。今、体温上がった。太陽がキツイんだろ?」
「なっ!? ち、違います!! こ、これは、カイトが……」
「はいはい」
「ちょ、ちょっと、もう!!」
俺はアリスを引き摺り、無理矢理誰も居ない保健室の中へと連れ込む。
どうやら、今は保健室の先生は不在らしい。
それから椅子に座らせて、俺もその真正面に腰を落ち着かせる。
それからすぐにアリスの額に手をやり、体温を測る。
「ほら、やっぱり。熱が篭ってる」
「ね、熱があるのは、か、カイトが……」
「俺が何だよ。ったく、ヒエピタでも貼っとくか?」
俺は机の引き出しの中から新しいヒエピタを取り出し、アリスの額に優しく貼る。
ワタワタと慌てた様子のアリスは顔を紅くしたまま、口を開く。
「そ、そんなに心配する必要は無いわ!! ていうか、私は別に……」
「別にもクソもない。ったく……吸血鬼が太陽の下で活動するにはそれなりに限界があるんだろ? それで無茶して倒れでもしたらどうするんだ?」
「そうならない線引きなら私が一番良く分かってる。カイトは心配性なのよ。そもそも、どうしてそんなに心配するの? 別に関係ないじゃない」
「お前な、関係なくはないだろ? それに心配されたくないなら、心配されないようにしろよ」
そう言いながら、俺はアリスの頬に手を添え、真っ直ぐこちらを向かせる。
「お前、今日の朝からずっと体調悪そうにしてたろ?」
「……っ!? ちょ、ちょっと待って、カイト!!」
「それなのに、お前」
「ほ、本当に待って、ち、近い……そ、それに頬に手を添えられるとその……」
目を逸らそうとするアリスを無理矢理こちらに向かせる。
「おい、逸らそうとするな!!」
「っ!? ほ、本当に、ままま、待って!?」
「何が? 今、俺は無茶しそうになったお前に説教してるんだけど?」
「お、お説教は聴くから!! て、手を離して、そ、それときょ、距離が……」
ぷしゅ~……っと音が聞こえそうなくらいに顔を真っ赤にするアリス。
何がそんなに気になるのか分からないが、俺はアリスの頬から手を離し、軽く距離を取る。
「ああ、悪かったな。でもな、お前。あまり俺に心配かけさせないでくれ。俺は無茶をしたって良い事なんて何も無い事を知ってるんだからな」
「……そうかもしれないけど。私は吸血鬼だけど、あくまで人間として生活しないといけないから。た、太陽の光くらいでそんな事を言っている場合ではないの。
こういうちょっとした弱点を晒す事で、他者にいらぬ憶測を呼ぶ事だってあるんだから」
アリスの言い分を聞き、頭の中では理解する。
確かに。太陽が苦手なんて人間も居るには居るが、少数だ。
しかし、アリスの場合はそれがほぼ常習的に起こる。そうなると、彼女に対して変な憶測が飛ぶ、というのも良く理解出来る。
でも、それは理解出来るだけで。俺の心はそう思っていない。
「だとしても、俺はアリスが辛そうにしてるのは見てられん」
「え?」
「俺はアリスのいつも気高くて、凛々しい姿が好きなんだ。自信に満ち溢れていてさ、堂々としているあの姿が。俺はそれがアリスだと思ってるし、太陽で辛そうにしているお前を見てたら、何故だか、分からんが、俺が辛くなる。だから、無茶はしないでくれ」
「…………ど、どう、どうして、貴方が辛くなるのよ」
「分からん!! でも、そうなんだよ!!」
そう。何故だか分からないけれど。
俺はアリスにはいつだって自信に満ち溢れた女王様のようで居て欲しいと思っている。
それこそが神埼アリスであり、彼女最大の魅力である、と。
だから、彼女が苦しそうにしている、悲しそうにしている姿を見てしまうと、そんな姿になってほしくないと心がざわついてしまう。
俺は一つ息を吐く。
「だから、無茶はするな」
「……や、約束は出来ないわ」
「じゃあ、俺がずっと目を光らせる。お前が無理をしていないか。とか、そういうのを全部見てる。俺はお前から目を離さないからな!!」
「っ!? な、何よ、それ!! ストーカーにでもなるつもり!?」
「ストーカーとは人聞きの悪い……ナイトと言ってくれ!!」
「な、ナイト!?」
俺の言葉にアリスが急激に顔を紅くする。
紅くなるって、本当に体調が悪そうじゃないか。
これ以上、話すのも彼女の負担になるか。俺はベッドを指差す。
「ほら、アリス。寝てろ」
「え?」
「休んでるって先生には伝えとくから。ほら、寝ろ」
「……わ、私は」
「寝ろ」
「……はい」
渋々といった様子でアリスはベッドの中に入る。
身体全体を覆うように掛け布団を掛け、俺は優しく寝かしつけるようにアリスの頭を撫でる。
「よしよし。良く入れましたね~」
「や、やめてちょうだい!! も、もう、眠るから!! は、ははは、早く立ち去りなさい!!」
「分かってるって。もう、無茶するなよ」
「……分かってる」
その言葉を最後に俺は保健室を後にする。
ったく、本当に無茶ばっかり。これはアリスに何か対策をしてやる必要があるな。
何か無いだろうか。そんな事を考えながら、俺はグラウンドへと戻った――。
☆
私は布団の中で悶々としていた。
「……体調悪いのは貴方のせいじゃない」
そう、私は今日、朝から少々体調が悪かった。
それには大きな理由がある。
吸血鬼というのは夜にも活動する事が出来る。しかし、かといって、睡眠が必要ないわけではない。私は最低でも3時間ほどの睡眠が必要なのだが、今日に限っては1時間しか取れなかった。
理由はただ一つ――。
私は朝の事を思い出す。
『……アリス』
『は、はい……』
『俺と結婚してくれないか?』
『は、はい!! 喜んで!!』
から、始まる夢の中の結婚生活が常に頭を過ぎり、悶絶して眠れなかったのだ。
だから、これは彼のせい。
そして、もう一つ。今日の体育だって。無茶をしたのはカイトのせい。
カイトがあんなにも熱い眼差しを送って、私を見ているんだから。
私だって好きな人に良い所を見せたくて、頑張っちゃうじゃない。
だから、太陽の下だからってカイトに良い所を見せる為に、頑張っちゃう。
そんなの当たり前よ。
「……なのに、カイトは私を心配して。そ、それにほっぺまで包み込んで……あんなに心配した眼差しで見て……」
キュンキュン、ドキドキ。
胸の高鳴りが抑えられず、顔が一気に熱くなるのを感じる。
そう、今日の体調不良は全部全部、君のせい。
「でも……カイト、あんなに心配してくれるんだ……それに、な、ナイトって……も、もしかして私を守ってくれるのかな? か、カイトに守られる……あ、良いかも……」
もしも、本当にカイトに守られる日が来たんだとしたら、私は耐えられるのだろうか。
それにこれから毎日、私はずっとずっとカイトに見守られる日々が始まる……。
「え? 私、耐えられるかな? か、カイトにずっと見られるんでしょ……ふふ、凄く良いかも」
何だろうか、今一瞬、背筋が物凄くゾクゾクした。
でも、それはすぐに収まると、私は睡魔に襲われる。
やっぱり、ほんの少しだけ眠ろう。それから、お昼ご飯をまたカイトと一緒に……。
そう思いながら、私はゆっくりと眠りの世界へと旅立った――。
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