第9話 悪友 サル
俺には近頃、気になっている事がある。
この一週間、俺の親友が変わっちまった。俺の親友の名は新道カイト。
ごく普通の高校生であり、他よりも多少なりとも気が利く色男。
そいつを俺は良く知っている。
カイトは良い奴だ。
昔から良く気が付くし、周りをよく見てる。人の細かい機微にも気づいて、声を掛けられる優しい奴。だから、カイトには時折隠れファンみたいな奴が居たりするんだけど……。
今回は親友の俺としても決して見過ごせない案件だ。
「あー……兄弟か。俺は居ないからな」
「……そうなの?」
「おう。一人っ子って奴だな」
後ろの席で隣に居る女王様の仲睦まじく話してやがるのは一体どういう事だ?
女王様ファンクラブ会員ナンバー2として、俺はこれを放っておく事が出来ない。
それだけじゃない。
俺はこの一週間、ずっと二人を観察していた。
カイトに最も近い距離に居るのが俺だからだ。そして、カイトが最も親しく話をするのもまた、女王様だったから。
この一週間見てきて得られた俺の成果。
それは急激にカイトと女王様の距離が縮まっている事だ。
全ての始まりはあの初日。あの時にカイトが怪我をして、確実に何かがあった、と見ているのが有識者たちの考えだ。
しかし、それは分からない。
けれど、間違いなくあの日を境に変わっているのは事実だ。
そもそも、カイトは女王様の面識は無かったはずだ。
カイトは元来の性格で人を色眼鏡で絶対に見ない。
経歴や肩書きよりも人の気質や性格を優先し、話しかける。
だから、その人がどれだけ噂になっていようとも、自分からそれを見に行こうとはしない。
つまり、過去からの繋がりがある訳でもない。
そして、俺は小、中、高とカイトと同じ。つまり、過去からの知り合いというのもありえない。
となれば、間違いなくあの日に何かあった。
無論、カイトだけではない。
俺達は一つの結論に辿り着いてしまったのだ。
この一週間、女王様を見てきて……絶対に辿り着いてはならない……結論。
否!! それはまだ疑惑……。俺は机の上に肘を付き、真っ直ぐ前を見据える。
「……女王様がカイトに好意を抱いているという噂……か」
とても信じられない!! 俺は思わず拳を握ってしまう。
ありえない!!
女王様が……あの女王様が、一介の男子高校生に靡くなんて事が!!
しかも、それが俺の親友って!! 否、落ち着け。
俺はそう心に言い聞かせる。
そうだ。まだ、そうだと決まった訳ではない。
なぜなら、女王様は恋愛沙汰にはいつだって毅然とした態度を取っているからだ。
まず、過去、女王様は週刊誌に撮られたことがある。
これは過去にトップモデルの男性と撮られたモノであり、たまたま偶然居合わせた所を撮られたという話だったらしい。
しかも、それがこっぴどくフっている時だったとか……。
あれほどの美貌だ。間違いなく男子が放っておかない。それを現すように告白だってされている。
なのに、それほどの高嶺の花なのに……。
まさか、カイトに恋をするなんて。本当にありえるのか?
ファンクラブ会員の皆が疑念を漏らした。だからこそ、俺が見定める。
ナンバー2として。
「ごめんなさい。少し席を外すわ」
「お? 了解」
そう言ってから、女王様は席を立ち上がり、教室を後にする。
今、聞くしかない。
俺は身体を動かし、後ろを向く。出来るだけ真剣な顔を作り、口を開いた。
「なぁ、カイト……」
「どしたの。そんな真剣な顔をして……」
「お前……女王様の事、どう思ってるんだ?」
「おい、いきなり何を聞き出すんだ? 別にただの友達だろ?」
肩を竦めて言うカイト。
友達。こいつは気付いていないのか。
我々がどうして恋をしていると思ったのか。
それはほんの僅かに変わる、女王様の雰囲気。
普段の女王様は凛々しくかっこいい雰囲気を纏い、まさしく女王といった風格を纏っている。
それは近寄り難く、いつも遠くからしか見る事が出来ない程、神々しさに溢れている。
しかし、一度、カイトが名を呼べば。その凛々しさがほんの一瞬だけ揺らぐ。
そう――女性らしくも柔らかな雰囲気が顔を出す。
けれど、それはほんの一瞬だ……。
ほんの一瞬、刹那の時。しかし、俺達には分かる。
1年間、推し続けてきた俺達には。
「……そもそも、お前も話しかけてみたらいいじゃねぇか」
「え?」
「アリスなら話しかければ普通に話してくれるぜ? やってみろって。いつまでも遠くから見てるんじゃなくてさ」
「そんなの恐れ多いに決まってるだろ!!」
「恐れ多いね……そんなもんかね~」
後頭部で手を組み、天を仰ぐカイト。
相変わらずだな、こいつは。こういう無自覚な所は時折、羨ましくなる。
そんな事を考えていると、女王様が自分の席へと戻ってくる。
いつも通り、凛々しく、美しい所作で椅子に腰を落ち着かせると、何故だか俺を見ていた。
え? お、俺、何かした?
女王様は俺の顔を凝視してから、口を開いた。
「貴方……確か、サルだったかしら?」
「は、はい!! じ、自分は猿飛猿太!! き、気軽にさ、サルとお呼びください!!」
俺が思わず立ち上がると、女王様はクスクスと笑う。
「別にそんなに身構えなくても良いのよ。それより、カイトから話を聞いているわ」
「……え?」
「おい……」
「あら? 話したらダメな事だった? 貴方の人生を救ってくれたのでしょう?」
……すまん、皆。これ、俺、メッチャ良い目で見られてるわ!!
よっしゃ、カイト、ナイス!!
これはワンチャン、俺にもありますわ!!
すると、カイトは肘に手を付き、そっぽを向く。
「昔の話だ。今はただのクソザルだよ」
「そんなに照れるなって!!カイトぉ~」
「うわ、ウッザ!! アリスに褒められたからってすぐ調子に乗りやがる……」
「ふふ……少しだけ、羨ましいわね」
くすくす、と楽しげに笑うアリスはカイトを見た。
「そんな風に気兼ねなく話が出来る相手が居て」
「そんなもんか? ウザイだけだぞ? すぐ調子に乗るし。多分、今もこいつ、アリスに声を掛けられて舞い上がってるだけ。こいつ、お前に告白して玉砕してるのに」
「……え? 告白していたかしら?」
「…………」
口元に手を当て、心底驚いた様子を見せる女王様。
え? 認知されていなかった?
いや、待て。これはポジティブに考えるんだ!!
相手が認知していないという事はこれから先、いくらでもチャンスがあるという事。
悪い、ファンクラブ会員の皆。俺、ちょっと先にゴールさせてもらいますわ!!
と、心の中でファンクラブ会員の皆からの抜け駆けを考える。
しかしだ、調査は必要。まだ、俺にはチャンスがあるが、同じ轍を踏むわけにはいかない。
ここは上手く会話をリードして……。
「あ、あの、女王様。お、お一つ質問とか宜しいですか?」
「質問? 何かしら?」
「……じょ、女王様の好きなタイプとかってありますでしょうか?」
出来るだけ遠慮がちに尋ねる俺にカイトは視線を逸らす。
「お前……まだ諦めてな――いった!?」
俺は思い切りカイトの脛を蹴り、黙らせる。
お前はだまっとれ!! これは由々しき問題なんだ!!
今、このクラス中の男が気になってる情報なんだよ!!
俺は女王様の回答を待つ。
しかし――現実は――残酷だった。
女王様は好きなタイプ、と反芻してから、チラリと脛を蹴られて痛がるカイトを見た。
その目が、目が……『恋する乙女』の目をしていた……。
んだよ、ちくしょおおおおおおおおおッ!!
結局、あの噂、本当じゃねぇかよ!!
俺は心の中で叫び声を上げる。結局、火のない所に煙は立たねぇじゃねぇか!!
「す、好きなタイプね……そうね。あまり考えた事はないけれど……わ、私を私として見てくれる人、かしら? こう……ありのままの私を受け入れてくれるような……そんな人」
ちらっ。ちらっ。
カイトをチラ見しながら言う女王様。
いや、それはもう答えを言っているじゃないか。
しかし、カイトは脛を手で擦りながら、呟く。
「いってぇ……マジで……。サル、力加減考えろよ……」
「お前、聞いてた?」
「何が?」
「女王様の好きなタイプ。私を私としてみてくれる人でありのままの自分を受け入れてくれるような人なんだって」
俺がそう答えると、カイトはぽかーんとしてから頷く。
「へぇ。そりゃ良い男だな。アリスにピッタリじゃないか。いつか、そんな人が現れたら良いな!!」
「…………」
あ、これはダメかもしれない。
そうだ。俺は理解する。こいつ、全てをフラットに見るせいで、恋愛っていう視点が欠落しているんだ。自分が特別視なんてされると微塵も思っていない純粋無垢な眼差し!!
これはいかん。俺は女王様を見る。
女王様は死んだ魚のような目をしている。そりゃそうだ。
だ、だったら。ここは――。
「じゃ、じゃあ、カイト!! お前の好きなタイプって何だ?」
「え? 俺? そうだな……自分をしっかり持っていて、美人。後は一緒に居て楽しいのも良いな。それと料理上手!! やっぱり、毎日飯を食うんなら美味しいご飯は外せない!!」
「……なるほど。参考になるわね」
「…………」
……俺は思わず天を仰いでしまう。
それって、女王様の事じゃないのか?
え? 違うの? え? どういう事?
「カイトの理想は高いのね」
「高い……のか? でも、そんな人が居たら良いよな」
「本当にね。私もそう思うわ」
あれ? こいつ等って互いが互いに理想って事?
でも、カイト前に料理クソウマイって言ってたし。え? 俺が混乱してきた。
その時、俺は女王様がボソっと呟いたのを聞き逃さなかった。
「……カイトの理想になる為に頑張らないと」
それ、多分、貴女の事ですよ、とは言うことが出来ず。
俺は理解した。この二人、多分、自分の事になると良く分かっていないタイプだ。
多分、このまま放っておくとずっと、平行線のまま進んでいくんじゃないか、と。
だったら、俺がやる事はただ一つ。
女王様の幸福の為。恋のキューピットになるだけだ――。
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