第7話 帰り道

 授業後。

 俺はカバンの中に荷物を片付けながら考えていた。

 これから先、きっとアリスとは長い付き合いになる。

 そして、血をあげるのも彼女が吸血鬼だとバレない為に屋上でやる事になる。


 となると。彼女がずっと日の光に晒される事になる。


 それは何とかしてあげたい。


「アリス」

「はい?」

「この後、時間あるか?」

「え……え?」


 俺の唐突な言葉にアリスが目を丸くする。

 流石にいきなりすぎたか? 

 そう思っていると、前にいるサルが俺の腕を掴んだ。


「サル!?」

「カイトくん……それはデートって奴じゃあないのかい?」

「デート? いや、ちょっと付き合って欲しい所があるだけなんだが……どうだ、アリス」

「い、行きます!!」


 ガタン、と一気に立ち上がり、カバンを肩に抱えて勝手に飛び出すアリス。

 俺はサルの手を振り払い、サルの頭の上に手を置く。


「んじゃ、悪いな、サル。また明日!!」

「てめ、ちくしょう!! 明日、どんな事あったか話聞かせろよー!!」

「分かってるって。んじゃな」


 そう言いながら手を振り、俺は教室を後にする。

 アリスは教室の外で乱れた息を整えているのか、深呼吸をしている。

 いや、そんなに離れている距離ではないんだが……。


「アリス、どうした? 体調悪いか?」

「か、カイト? べ、別に。問題ないわ」

「何か顔赤くね?」

「あ、赤くないわよ。別に」


 俺はアリスの隣に立ち、歩調を合わせて歩く。

 背筋をしっかりと伸ばし、気品溢れる姿で歩くアリスの姿は多くの人の注目を否が応でも集めてしまう。


『ああ、あれが、女王様……歩き姿も美しい……』

『やばっ……出るとこ出てて、引っ込むところは引っ込んでる……無敵か?』

『しかもあれで、運動神経良いんだよな。……サッカー部とか入ってくれないかな?』

『いや、サッカーはナンセンスだ。野球だ、野球』

『はぁ!? 野球なんてむさくるしいスポーツを女王様がやるはずないでしょ!?』

「……相変わらずスゲー人気だな。学校の超有名人じゃん」


 周りの声を聞き、改めてアリスの人気の高さを感じる。

 しかし、アリスは全く気にも留める様子を見せず、口を開いた。


「まぁ……人に憧れる気持ちを止める事は出来ませんから」

「嫉妬とかされないのか?」

「される事もあるかもしれませんが……あまり気にしないから、そういうの」

「そっか。あんまし変なストレスがあったら言えよ。有名人には有名人にしか分からない苦労はあるかもしれんが……話くらいは聞けるんだからな」

「……そう」


 つーん、とアリスはそっぽを向く。

 これは余計なお世話だったか。

 そりゃそうだよな。

 アリスは学校で女王様なんて呼ばれている。

 多くの人に敬われて、憧れを抱かれて、羨望の眼差しに晒され、超人気者。

 対する俺は路傍の石。少なくとも、あの一件がなければ関わる事なんて無かっただろう。


「……それで? カイト。何処に行くの?」

「ああ。ちょいとな。日傘でも買いに行こうかなって」

「日傘?」


 学校の通用門を抜け、俺達は道を歩いていく。

 

「そう。これから屋上で過ごす訳だろ? そうなると、アリスの身体が常に太陽光に晒されるわけだろ? それから身体を守れるようにしてやらないとダメだからさ」

「……そ、それで、日傘?」

「そう。あれ? いらなかった?」


 ぎゅっと少しばかりアリスの眉間に皺が寄った気がするのは気のせいだろうか。

 それからアリスは一つ大きく息を吐き、口を開いた。


「別に必要ないわよ。長時間晒されなければ体調も悪くならないし……」

「そうか? でも、身体には負担が掛かるんだろ? だったら、身体を気遣ってさ」

「……そ、そんなに心配してくれるの?」

「当たり前だろ? 吸血鬼の天敵と言ったら太陽。話に聞くと、太陽光で消し炭になるパターンもある。流石にお前が目の前でそんなんなったら、悲しいぜ」

「…………」


 強くアリスが肩に掛けているかばんの紐を掴んだ。

 ぷるぷるとその手が震えていて、俺は口を閉ざす。


「あ、もしかして、余計のお世話だったか? 悪い悪い」

「べ、別にそうじゃない……な、何でもない!!」

「ちょっ!!」


 突然、アリスが駆け足になり、俺の前を歩き出す。

 いきなりどうした。

 俺はアリスの後ろを着いていくと、アリスが一つ息を吐いた。


「そ、それで……あ、貴方が選んでくれるの?」

「いや、そういうセンスは無いからさ。一緒に選ぼうぜ」

「い、一緒に……」

「嫌だったか? こだわりがあるなら、アリスに任せるぜ? あ、金は出すから、安心してくれ。せっかくだから、プレゼントするよ」


 これから長い付き合いになる。

 せっかくなら日傘をプレゼントするのも悪くないだろう。

 すると、アリスは目を大きく見開いてから、大きな、それは大きな咳払いをし、咳き込んだ。


「オホン!! ゴホッ!! ゴホッ!!」

「おい、本当にどうした? 大丈夫か!?」

「だ、だだ、大丈夫……」


 俺がアリスを心配して駆け寄ると、ちょうどアリスの顔が俺の目の前に来る。

 アリスってこう見ると、本当に美人――いった!?

 何故だか俺はアリスに突き飛ばされ、道にある壁に激突する。


「ぶへっ!?」

「ご、ごめん!! だ、大丈夫!? カイト!!」

「だ、大丈夫……そ、そんなに強く打ってないから……」

「よ、良かった……そ、その、顔が近くて……」

「ああ、悪い。俺も無神経だったな」


 壁に激突し、尻餅をついた俺はゆっくりと立ち上がり、身体についた埃を払う。

 しゅん、と何処か申し訳なさそうにするアリスに俺は声を掛ける。


「気にすんなって、アリス」

「でも……」

「でももへちまもねぇよ。気にすんな」

「……ごめんなさい」


 何だか落ち込んでしまったアリス。

 そんな気にしなくても良いのに。んぅ~何か元気付ける方法はないものか。

 そもそも、間違いなくアリスは今、加減をしてくれた。

 もしも、ガチで突き飛ばしていたとするのなら、吸血鬼パワーで俺は今頃、壁になっていたはず。

 だとすると……うん、これしかないか。


 俺はアリスの手を取る。


「じゃあ、アリス。日傘を買う前にちょいと付き合ってくれ」

「え? ちょ、ちょっと!! カイト!?」

「ゲーセン行こうぜ、ゲーセン!!」


 アリスを無理矢理引き連れて、俺がやってきたのは地元にあるゲームセンター。

 ゲームセンターの中にあるパンチングマシーンである。

 俺はその前に立ち、息を整えるアリスに声を掛ける。


「アリス、これで勝負しようぜ」

「……何で? 意味が分からないわ」

「意味が分からなくてもいいから」


 困惑するアリスを他所に俺はパンチグローブを両手に付ける。

 これには少々自信があるのだ。

 俺はアリスに声を掛ける。


「アリス、少し離れててくれ」

「…………」


 すっと俺の側から離れ、俺はパンチングマシーンの前に立つ。

 この拳の一撃を数値化してくれるこの機械に。俺、渾身の一撃を与えてくれる。

 俺は一つ息を吐き、裂帛の気合と同時に拳を振るった。


 バコーン、という音と同時にパンチングマシーンのサンドバックが吹き飛び、機械が数値を叩き出す。その数値は『60』

 一般男性程度のレベルである、と指標には書かれている。

 俺は首をかしげた。


「あれ……思ったよりも数字が出なかったぞ?」

「……ねぇ。何でこんな事してるの?」

「何でって……お前が落ち込んでたから?」


 これは想像だ。

 想像の話で、アリスから全てを聞いた訳でもないし、見透かした訳でもない。

 けれど、俺を突き飛ばした時。アリスは何だか『恐怖』していたような気がした。

 だから、俺はその真意が知りたくなった。アリスという人物をもっと知る為に。


 俺はパンチグローブをアリスに渡す。


「はい、次はアリスだ」

「え? わ、私はやりたくないわ」

「ぷっ……もしかして、俺に負けるのが怖いとか? そうだよなぁ~、夜の王とまで称される吸血鬼様が人間如きに負けてたら世話ないもんなぁ~」

「……煽ってるの?」

「おう、煽ってる。良いから。やってみろって。全力で」


 俺からパンチグローブを受け取ったアリス。

 アリスはそれを手に嵌めてから、サンドバックの前に立つ。

 それからアリスはぐっと力を込めて、サンドバックを殴った。

 

 俺と同じくらいの勢いで殴られたサンドバック。その数値はピッタリ『60』を叩き出す。


 ……俺は一つ息を吐いた。


「アリス、今の全力か?」

「こんな事、意味無いわよ。別に面白くも無いし……」

「そうか? 俺は一度くらいアリスの全力を見たいんだけどな。ほら、吸血鬼って人間よりもすげーパワーがあるんだろ?」

「……だからよ。だから……あの時だって……」


 そう言ってから、アリスはまた落ち込んでしまう。

 あーなるほど。そういう……。

 確かに一歩間違えば大事故になっていたもんな。むしろ、俺がここにいない可能性だってあった。でも、それが――彼女と離れる理由には決してならない。


「アリス。良いから、全力でぶん殴ってみろって。何でそんなにビビってんだ?」

「び、ビビるわよ……だって……さっきだって、もし、私が力加減を間違えていたら貴方は……だ、だから、私はあんまり人とは関わらずに……」

「良いから。やれって。一発、思い切り!!」

「……意味が分からない。ど、どうなったって、知らないわよ?」

「おう。何か起きたら、一緒に謝ろう」

「…………」


 俺に無理矢理押されるような形でアリスはサンドバックの前に立つ。

 それから一つ息を吐き、ダン、と左足を地面に打ち付けた。

 それは容易く床を打ちぬけ、ヒビが入る。


 え?


 ぶおん、という暴風が巻き起こると同時に振るわれた拳はサンドバックを容易く貫いた。

 そう、サンドバックが揺れる事なく、アリスの腕がサンドバックを貫いた。


「え?」


 ずぼっとアリスはサンドバックから右腕を抜き、軽く手を払う。


「これで、満足?」

「……あ、アハハ。す、すげー……俺、サンドバックがぶっ飛んでくと思ったのに。まさか、揺れる事なく突き刺さるとは……」

「き、君たち!! な、何をしているんだ!!」


 あ……予想よりも早い。逃げようと思ったのに……。

 店員は綺麗に穴が刳り貫かれたサンドバックを見つめ、俺とアリスを鬼のような形相で見つめる。


「お、お客さんたち、説明、してくれますか?」

「え? えっと……か、カイト?」

「……え~っと……ごめんなさい」


 逃げられない事を悟った俺は床に膝を付き、深々と土下座をした――。

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