第2話 女王アリス

 教室の扉を開けた

 ガラガラっと扉がレールを滑る音が響き渡り、教室の中が露になる。

 俺、新道カイトは今日から高校2年生だ。


 クラス替えが行われ、俺は1年生の時と同じ『A組』だ。

 学校の醍醐味ともいうべきクラス替えのワクワクとドキドキを胸にクラスの人達の様子を見る。

 やはり、2年生という事もあり、ある程度仲の良い相手は決まっているのか、同じクラスだった子たちはワイワイガヤガヤと騒がしくしている。

 対して、クラスに馴染めていない、というよりも、仲の良かった子と離れてしまった子というのは、静かに辺りの様子を伺っている。


 何ともまぁ、大変なものである。


 このスタートダッシュで失敗すると、既に派閥が出来上がって仲良くする事が難しくなる、なんて話も聞く。

 けれど、何だろうか。本来、クラス替えをした時というのは新鮮さに溢れているはずなのに。

 今は新鮮さよりも、色めき立っている、というべきか、何処か浮ついている。


 クラスの雰囲気、そして男女問わず、まるで待望の人を待っているかのようなそんな感じ。


――何かあるのか?


 俺はそう思いながらも自分の席へと移動する。

 机の上には新しくつけるバッジと書類が置かれていた。


「お? カイトじゃん」

「あ、サル」


 そう言いながら、俺の目の前の席に座っている男と目が合う。

 彼の名は猿飛猿太。通称、サルであり、俺とは小学校からの長い付き合いだ。

 俺が椅子に座ると、サルは身体をこちらへと向け、輝かしい笑顔を浮かべる。


「まさか、カイトとまた同じとは。今年も世話になるぜ?」

「あいよ。ま、腐れ縁のダチ同士、仲良くしようぜ」

「だな」


 俺は机の脇にカバンをぶら下げると、サルが口を開いた。


「そういや、オメー。クラス表って見たか?」

「見たぞ?」

「違うって。オメー、クラス全員の名前を見たかって聞いてるんだよ。どうせ、オメー、自分のしか見てないだろ?」

「え? 何で分かった?」

「何年の付き合いだと思ってんだ?」


 そう言いながら肩を竦めるサルに俺は机に肘を突き、サルの頬を人差し指で押す。


「お前こそ、俺と長い付き合いなら分かるだろ? 他の奴には?」

「興味ない。いや、興味ないんじゃなくて、フラットか?」

「そう。同じ人間。気に入る事もあれば、気に入らない奴もいる。周りがどういう奴だろうとどうでもいい。会って話さないとそいつの事なんて分からないからな」


 俺は一つ心がけている事がある。

 過去の経験から、絶対に人を色眼鏡で見ない事。

 名前や経歴なんてのは何の役にも立たないし、興味も無い。

 俺が興味があるのは、その人となりと態度から醸し出される雰囲気だけ。その纏っているものこそが、人の価値を決める。


 俺の言葉にサルは相変わらず、と呟いてから肩を竦める。


「相変わらずでござんすね~。ホント、お前、人を見た目とかで決めるの大嫌いだもんな」

「ああ、嫌いだ。下らない」

「うわ、言い切ったよ……でも、そうしたのは俺だからな」


 うんうん、と頷くサルに俺は一つ息を吐く。


「それで? 言いたい事あるんだろ? 話くらいは聞くぞ?」

「流石、相棒。実はな、うちのクラスに『女王』が来るんだって!!」

「女王? あぁ、お前が言ってた奴か。確か、去年の学祭であったミスコンでダントツだっけ?」

「そう!! それだけじゃなくて、学年一位の秀才かつ、運動神経も抜群!! 当然、それだけじゃないぞ!! 日本人離れした抜群のプロポーションで海を越えて活躍するトップモデル!!

 世間じゃ100年に一度の逸材とまで言われててさ!!

 かーッ!! そんな奴と同じ学校に飽き足らず、同じクラスになるなんて!!」


 サルは猿のような顔を><という顔にしながら、唸り声を上げている。

 俺はサルから聞いた情報を思い出し、口を開く。

 

「しかも、アレだっけ? 告白した男子をフリ続けて98人。もうすぐ100人斬りが達成されるとか?」

「そう!! って、俺の嫌な記憶を思い出させるな!!」

「ははは……確か、お前、誰って言われたんだよな……」

「う、うっせー!! 勢い余って言っちゃっただけだ!!」

「はいはい」


 俺が笑いを堪えていると、クラスの雰囲気が一変する。


『きゃあああああッ!!! 女王様よ!!』

『うわっ、美人ッ!!』

『私、後でサイン貰おう!!』

『本当に輝いて見えるぜ……』

『良いよなぁ、あんな人とお近付きになれたら……くっ!! 俺にもっと男としての魅力があれば』


 様々な声が聞こえてくるが、その殆どが賞賛の声だ。

 すると、ガラガラと教室の扉が開かれ、一人の女性が姿を現す。

 俺も初めて見たが、綺麗だと思った。


 彼女の纏うオーラはまさしく女王。気品に溢れ、佇まいから誇り高さを感じる。

 一歩、また一歩と足を踏みしめる度に動く髪は艶やかでまるで星空のように煌いて見える。

 それに同じ黒のブレザーに黒のスカート、他の女生徒と着ているものが同じはずなのに、彼女が着ていると高級感溢れる装いに変化しているようにも見える。


 彼女が女王 神埼・アリス・バートリーか。


「くわっ!! 眩しいッ!!」

「そうか? 確かに綺麗だけど、そんな輝いては見えんだろ」


 俺の目の前で光から身を守るように腕を動かすサルに俺が言うと、サルは不服そうに俺を睨む。


「お前、ほんっと、相変わらずだな」

「変わらないのも俺の美点だ……って、こっちに来てるぞ?」

「え?」


 サルが面を喰らった顔をすると同時に、ストン、と俺の隣に座る。

 どうやら、俺の隣の席だったらしい。

 それにサルが興奮気味に俺の胸倉を掴む。


「お、おおお、おい!! こ、こここ、こんな近くに!! 女王のご尊顔が!!」


 ゆっさ、ゆっさ、ゆっさ。


「痛い、痛い!! 絞まるから!!」

「おぉ、わりぃ……」

「ったく……」


 俺は首元を確認しながら、隣を見る。

 神埼は俺を見てから、軽く首をかしげた。


「何かしら?」

「いや、別に。物静かだなって思っただけ」

「周りが騒ぎすぎなのよ」

「クールなもんだな」

「そう? まぁ、性分だから」

「そっか」


 俺が適当な日常会話をすると、サルが血涙を流す。


「おい、お前……何普通に和やかな会話してんだよっ!! 俺はフラれたのに!! 俺はッ!! フラれたのにッ!!」

「知らねぇよ。それにこんくらい普通だろうが」


 と、俺は言うが、何故だろうか。周りからの視線が厳しくなった気がする。

 怨嗟と邪悪の入り混じった眼差し。そんなに思うなら、話しかければ良いじゃないか。

 

 そんな不快な視線に晒されながらも、俺は机の上に置かれていたバッジを手に取る。

 

 そういえば、付けてなかったな。

 俺がバッジを手に取り、サルがくすくすと笑う。


「カイトくぅん、今年は指を刺さずにつけられるかな~」

「おい、毎年何を期待してんだ? 今年こそ余裕だろ」

「超不器用のカイトくんに出来るかなぁ?」


 クソみたいな煽り顔をしてくるクソザルに苛立ちを隠せない。

 そう、俺は毎年、このバッジを付ける度に指に針を刺している。

 本当にいい加減、学習しなければならない。

 小学校の時は安全ピンを毎度の事のように指を刺し、中学もバッジで同じミスをし続けている。


 人間は学ぶもの。俺はバッシの後ろ部分にあるポッチを外す。

 すると、キラン、と輝く針がその姿を露にし、俺は突然、鼻がムズムズした。


「は、はっくしょん!! いった!!」


 唐突なくしゃみのせいで、俺の右手が勝手に動き、ぶすり、と指の腹に針が突き刺さる。

 それを見てサルが口元を抑える。


「ぷっふふ……お前、今年も……」

「うるっせぇ!! 何か鼻がムズムズしたんだよ!! あ~、くっそ、血が出てやがる……」


 刺し慣れているから痛みに関しては問題ないが、人差し指の腹から血が流れてきている。

 これは保健室で絆創膏を貰わないといけないか。


「……大丈夫?」

「ああ、大丈夫」


 と、ヒラヒラと俺は隣にいた神埼に言う。


 その時だった。


 神埼が唐突にじーっと俺の右手人差し指を凝視し始めた。

 まるで、それに吸い寄せられるように。

 タラリ、と血が流れるのを感じ、俺はやばいと思うが、それと同時に神埼が立った。


「か、神埼?」

「っ……」


 何故か、一度喉を鳴らし、神埼は言う。


「あ、貴方、一度保健室に行った方が良いわよ」

「ああ、そうする。絆創膏でも貰ってこようかな」

「私が付き添うわ」

「え?」


 あまりにも唐突な提案に俺が思案するよりも前に神埼が俺の腕を思い切り掴む。


「ほ、ほら、早く」

「ちょっ!! 力が強いって!! 後、走るなって!! ちょっ、おい!!」


 俺の言葉なんてまるで聞かずに、手を無理矢理引っ張って保健室へと連れて行こうとする。

 何が何だか分からない。あまりにもいきなりすぎる。

 しかし、俺がブレーキを掛けようとしても、明らかに人間離れした力が引き摺られているせいで、止めることが出来ない。


 何なんだ、一体!!


 俺が困惑していたら、すぐに保健室へと到着する。

 半ば連れ込まれるような形で俺はそのまま、ベッドまで連れて行かれる。

 中には誰も居ないって、ちょっ!?


 俺が周りを確認するよりも先に、神埼は俺に馬乗りになり、ベッドに押し倒した。

 それからゆっくりと顔が露になった。


「はぁ……はぁ……んっ、ねぇ……」

「は、はい!?」


 頬が上気し、何処か発情めいた雰囲気を醸し出す神埼に困惑が困惑を呼ぶ。

 一体全体どうしたというのか。さっきまであんなにクールだったのに。

 俺は身体をもがいて脱出しようとするが、力が強すぎて出来ない。


 神埼はうっとりとした眼差しで俺を見つめ、口を開いた。


「血を……飲ませてちょうだい」

「はい?」


 はい?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る