吸血鬼の彼女と食糧係の俺。~絶世の美女である彼女に好かれるなんて都合の良い事ある訳が無い~

YMS.bot

第1話 吸血鬼の彼女と食糧係の俺

 キョロキョロと辺りを見渡す。

 

 周りには誰も居ない。俺はそれを確認してから屋上へと続く階段を上がっていく。

 俺達の高校は屋上に上がる事を禁じられている。

 

 だから、他人に見られると面倒くさい事この上無かったが、お昼時。

 やはり、皆、1階の食堂に行っているから、人の気配すらも感じない。


 俺はゆっくりと階段を上がっていき、立ち入り禁止という札が貼られた屋上へと続く扉を開ける。


 ギィっと、鉄が擦り合う不快な音が響き、俺は外に出る。


 ここに来るのももう当たり前になってしまった。


 広々としている屋上のスペースの中で、俺は入口近くにある日陰のある場所に腰を落ち着かせる。


「はぁ~、今日は良い天気……」


 ポカポカと春の陽気が感じられる暖かな日差しを全身で浴び、俺は思わず欠伸をしてしまう。

 一年着古した学生服が汚れる事なんて考えず、俺はその場に寝転がり、天を見上げる。


「春眠暁を覚えず……どうせ、待ってる間暇だし、ちょいと眠るか……」


 暖かな日差しが心地良く眠りの世界へと旅立とうとした時だった。

 聞き慣れた女性の涼やかな声音が鼓膜を振るわせた。


「あ、カイト。……寝てるの?」


 寝ていないが、何となく面白そうなので、俺は寝たふりをする事にした。

 すると、俺が待っていた女性は俺の隣に腰を落ち着かせる。

 ふわりと、彼女の良い香りが鼻を通り、脳を刺激する。


 相変わらず、良い匂いだな。


 何というか男を惑わす魔性の香り、とでも言えばいいのか。

 こう男だったら、思わず誘われてしまうような危ない香りを醸し出しているような気がする。

 しかし、当人は全くもって気にせず、俺を覗き込むように顔を出す。


「カイト? ……寝てるわね。ふふ、最近は色々あって疲れちゃったかな?」


 赤ちゃんをあやすような優しい声音。

 流石、お姉ちゃん。妹の面倒を普段見ているからこその優しさだ。

 彼女は俺の頭に手を伸ばし、優しく撫でる。


「……何してんだ?」

「あ、起きた? カイト」

「そもそも、寝てないよ」

「何だ、そうなのね」


 クスクスと笑い、俺の頭から手を離す女性。

 彼女の名は『神埼・アリス・バートリー』

 文武両道・才色兼備・完璧超人。彼女を称する言葉は無数に存在し、その美貌は100年に一度の逸材、と言われている。


 確かに、彼女の容姿は美しい。

 目、鼻、口。その全てが均整でバランスが取れている。

 顔立ちも幼さの影はなく、凛としている美人顔。

 夜空を思わせるような漆黒の髪も、手入れが行き届いているのか、艶やかで思わず目を奪われてしまう。

 それだけに飽き足らず、抜群のプロポーション。

 それもそのはず。彼女はモデル業もこなしていて、いまや、世界に名を轟かせるトップモデル。

 

 それを趣味の傍らでやっているのだから、いかに彼女が容姿とスタイルだけで人を魅了しているか……。


 少なくとも、俺の高校で彼女を知らない人間は絶対に存在しない。


 俺は身体を起こし、軽く背筋を伸ばす。


「さて、昼飯にしようぜ」

「はいはい。お弁当は作ってきてるから」


 そう言いながら、手に持っているカバンの中から一つの包みを取り出す。

 俺はそれを受け取り、包みを開ける。すると、長方形の大きめな弁当箱が姿を現す。


「いつも悪いな」

「それはこっちの台詞。元々、付き合わせてるのは私だし」

「そうだな」


 俺はそう答えてから、お弁当箱の箱をゆっくりと開ける。


「じゃあ、中身はっと……」


 弁当箱の中身を見る。

 白いご飯にレバニラ炒め、小松菜のソテー。それだけじゃなく、アリスは魔法瓶を取り出し、味噌汁をカップに注ぐ。


「はい、味噌汁」

「アサリ?」

「ええ、そうよ」

「…………」


 鉄分が多く含まれている食事という事に目を瞑れば、学生にしては豪勢なものだ。

 これを毎日のように準備をしてくれているのだから、こちらとしても文句は言えない。

 俺は箸を手に持ち、アリスの作ってくれた食事に舌鼓を打つ。


 とはいっても、出来るだけ速く食べ進める。


 俺にはまだやらなければならない事がある。


「うん、今日も相変わらず美味いな」

「それは良かった。でも、そんなに焦らなくてもいいのよ?」

「アリスだってご飯食べるんだろ? だったら、多少なりとも急がないと。戻る時間だってあるし」


 俺は出来るだけお弁当の味を楽しみながら、食事を進める。

 弁当箱の中身を綺麗に空にしてから、俺は一つ息を吐き、手を合わせる。


「御馳走様でした。さて……じゃあ、ほれ」


 そう言いながら、俺は右腕をアリスの前に差し出す。

 

 俺の腹が満たされたのなら、次はアリスの番。

 アリスは俺の腕を優しく掴み、口をほんの少しだけ開ける。


「じゃあ、貰うね」

「どうぞ」


 そう言ってから、アリスは俺の腕を軽く咥え、舌を這わせる。

 何でもアリスの唾液には麻酔効果があるらしく、痛みを鈍らせる事が出来るらしい。

 腕に舌が這い回るくすぐったい感覚を覚えるが、それももう何度目か。


 ある程度、アリスの唾液が腕に浸透したのを見てから、アリスはかぷっと俺の腕に噛み付いた。


 チク、っとほんの僅かだけ痛みを感じるが、次にやってくるのは腕から血を抜かれる感覚。

 言うなれば、採血の感覚だ。


 それが右腕全体に広がっていくと同時にアリスの見た目も変わって行く。

 夜空を思わせる艶のある黒髪から、人間のものとは思えない悪魔の如き角。

 その真っ直ぐに伸びた背中からは悪魔の如き翼が伸びてくる。

 パタパタ、と忙しなく、何処か嬉しそうに動く翼。


「……そんなに美味いか?」


 腕に噛み付くアリスを見ると、こくこく、と嬉しそうに何度も頷く。

 ちゅーっと血を吸い、満足した所でアリスは口を離す。

 口元はほんのり紅く染まり、アリスはそれを舌で舐めとると、すぐにウットリとした表情に変わる。

 両手を頬に添え、身体が喜びに撃ち震わせる。


「本当に美味しい……カイトの血が一番……」

「吸血鬼のお眼鏡に叶って何よりだよ、女王様」


 そう言ってから、俺は右腕を確認する。

 痺れとか、そういうのは無い。痛みも無いし、問題ないだろう。

 すると、満足げになったアリスが一つ息を吐く。


「ふぅ、お腹いっぱい」

「それは良かった。じゃあ、後は角と羽が元に戻るのを待つだけだな」

「そうね」


 そう言いながら、俺は天を見上げる。

 そう、彼女は吸血鬼だ。あの創作上にしか存在しないはずの生物。


「やっぱ、吸血鬼ってすげーよな」

「……どうして?」

「あれから色々調べたんだぜ? スゲー力とか魔法だって使えるんだろ?」

「まぁ、そうね。殆ど使わないけど……人間社会に溶け込めなくなるし」

「かーっ!! 俺も欲しいな。そういうスゲー力」

「ないもの強請りね」

「かもな」


 俺は軽く身体を動かしてから立ち上がる。

 さて、あんまり遅くなって変に疑われるのも面倒くさい。

 俺はアリスに声を掛ける。


「んじゃ、俺はそろそろ行くよ」

「……ええ。ね、ねぇ!!」

「何だ?」

「ど、どうして、吸血鬼の事、調べたの? 改めて」

「どうしてって、そりゃ……アリスの事をもっと知る為? それ以外にあるか? んじゃな~」


 そう言ってから、俺は軽く手を上げて、屋上を後にする。

 アリスは良くも悪くも有名人。

 そんな有名人と路傍の石が屋上でつるんでいるなんてバレたら、面倒くさい。


 俺は平和に、安全に、学生生活を楽しみたいだけ。


「さて、教室に戻るかな」


 でも、俺の学生生活がこんなにも変わったのはあの日。

 俺が食糧係に任命された――高校2年生が始まったあの日だ。







「わ、私を……し、知る、為……」



 私は彼の、カイトの言葉をリフレインしていた。

 彼が私を知りたいって思ってくれてるって事!?

 これはつまり、脈ありって事!?


『そりゃ……アリスの事をもっと知る為? それ以外にあるか?』

「ああっ!! 耳にまだカイトの言葉が残ってる!!」


 私は日陰の中で何度も何度も、彼の言葉を思い出し、悶絶する。


 いっつもそう!!


 カイトは私をこんなにキュンキュンさせて!!


 わ、私をどうしたいって言うの!?


「お、落ち着きなさい、アリス。貴方は吸血鬼。夜の女王よ……うへへへへ、カイトが私を……」


 そう、私がこんな気持ちを抱いたのはあの日。

 吸血鬼と彼にバレてから、彼を食糧係にした――高校2年生が始まったあの日だ。

 

――――――☆


 本日、もう一話が18時に投稿されます。

 良かったら読んでみて下さい。


 後、もしも、物語の続きが気になる、という方は『☆』を付けて頂けると嬉しいです。

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