wallet on the bicycle suddle



消毒液の突き刺す匂いが鼻腔を通って脳を巡る。


『妹に何もしてやれないお兄ちゃんなんてダサいだろ?』


刺されるアルコール臭のせいか脳裏から勝手に出てくる温かい声に思わず笑ってしまう。


『だから先生。俺どうせ死ぬんだったら…』


血で滲んだ灰色の頭。

包帯だらけの顔から見えた一つの琥珀色の瞳。


『俺の心臓をあおいに』


上げていた自分の口角が下がり怒りが静かに広がる。

すごくキモいウザい何も分かってない0点の裏切り者


「あの矢城やしろさん聞いてますか?」


頭に生えた犬耳がピクリと勝手に動き、意識を取り戻すとレントゲンを片手にこちらを覗き込む白衣を着た若い男性。


「はい聞いてるっす」

「まぁ…そう言うことにしておきましょう。とりあえず視力が上がってます。左右20という異常さです。引き続き曇りレンズの眼鏡を付けたくださいね?日常に響きますので」

「了解っす」

「聴力の方も少しですが上がってますが辛いと感じた事は?」

「特に無いっす。要らない音は遮断出来るので」


あぁ…そう言えば戦闘で負った傷の治療がてら定期検診に来ていたんだった。

病院に来る時はいつも腑抜けになってしまう。

全く…何もかも全部クソ兄貴のせいだ。


「それは良かったです。続いて心臓の方ですが前回の怪人幹部との戦闘が大分負担になったみたいですね。今までも言って来ましたが、移植されている心臓が魔法少女の魔力と相性が悪いみたいです」


見てくださいとレントゲンを指さしながら説明する医者の言葉を聞き流す。

そんなものより前回対峙した神父のヤバさが頭の中を締める。


マジでアイツなんなの?


絵瑠える先輩が必死こいて首と手足をバラバラにしたのにも関わらず全部回復するどころか負ったダメージを返す様に勢いを増した鉤爪の魔法。

灰音はいね先輩の防御に特化した魔法を突き破った瞬間思わずあんぐり口を開けてしまった。


それと神父の事で気になるのがもう一つ。神父の鉤爪が私の腹部を貫いた時のことだ。

絵瑠先輩と灰音先輩が私を安否を確かめに駆け寄ったと同時に


『負傷転移』


と神父が唱えた瞬間に私の腹部の穴が元通りに戻り、代わりに神父の腹部が突如空洞になる。


疾走する我が亀裂バースオブラース


そして再び魔法が発動し鉤爪が二人を襲った。

それから鉤爪で私達を引っ掻き回しては負傷転移と唱えて己に傷を移しては魔法を発動。

それを私達が気絶するまで繰り返す。

もうトラウマもんだアレ。


それより問題は今までの雑魚怪人達が使ってこなかった負傷転移とやらだ。


『おや?魔王に教えて貰って無いのですか?』

『魔法使いが私達の世界で生み出した魔法ですよ…』


神父から出た"魔法使い"、"私達の世界"、"魔王"という単語。

魔法使いと言うのは恐らく奴らの仲間だろう。憂いを帯びた表情と抑揚から親しみを感じた。確証は無いが。

私達の世界というのは一体何だろうか?

魔王という存在も気になる。

教えて貰って無い?魔力を完全に扱え、かつ生きている魔法少女は三人だけのはず。魔力の扱いが未熟な候補生の可能性は0。

まさか知らない四人目が存在する?


「聞いてますか!矢城さん!」


再び現実に戻る。

覗き込む医者の顔は先程とは違いお怒りの様だ。

いや〜お医者さんご苦労様っす。


「はい何すか?」

「だから!」


捲し立てる声に半笑いで受ける。

次の言葉はもう分かりきっている。


「新しい心臓の移植を「お断りっす」…なっ⁉︎」


驚く医者には悪いがそれだけはNOだ。

もう聞く必要は無いと思い席を立つと目の前でダンッ!と大きい音が鳴った。


「お願いしますから移植を受けてください!」


地面に頭を擦り付けた土下座。

年下の小娘にするという事は余程必死なんだろう。

本当にお疲れ様としか言いようが無い。


「矢城さんには生きていて欲しいんです!」

「感謝感激っす。ほんと好意だけでいいんで」


こんなに患者に寄り添える医者がいるのだ今後の日本は明るいに違いない。


「他にも移植を待ってる人達がいますから、その人達に使って上げてくださいっす」

「矢城さんの事情は知ってます!お兄さんの心臓の事も!形見と思っているのでしょう!」

「は?」


とっさに出る苛立ち。


『妹に何もしてやれないお兄ちゃんなんてダサいだろ?』


形見?こんな役に立たない心臓を?ダサダサ兄貴の?


「俺にも妹がいます!だからお兄さんの気持ちが分かります!妹には生きていて欲しい!枷になって欲しくない絶対そう思ってます!」


枷を掛けたと思ったんならゾンビになってでも出てこいや。いつでも腐りかけの心臓を返してやるからよ。最初から最後まで自分の事を二の次にしやがって。ト◯ポのつもりか?マカロニみてぇな人生だよテメェ。ア◯ズレババアとキチ◯イジジイは切り捨てたクセに。


『あんな家の人間じゃなくて葵のお兄ちゃんになりたいんだ』


切り捨てて幸せになれば良かったんだよ。私じゃなくてテメェの命を捨てやがって。死んで欲しくない?こっちは死ぬ準備出来てたんだよ死ぬ間際で泣いて…それはキモいから良いや。最後まで側にいて焼いた後は年に一回手を合わせてくれるだけで充分だったんだよ。感謝なんて絶対してやんない。病人に同情した事を後悔させてやる。良い事をしたと家族を置いて、それで終わりって責任感ゼロの自己満足の結果がこれなんだよ。意味ねぇんだよマジで


「それに俺の妹は怪人の襲撃に遭った時アナタに助けられたんですよ!だから少しでも役に立ちたいんです!」


…少し落ちこう。関係ない人まで当たり散らかす羽目になる。


「だったら私より妹さんに構った方が良いですよ」


少し深呼吸をして踵を返しドアノブに手を掛ける。


「…妹さん寂しがるっすよ」


私は家族の居ない世界で生きるつもりは無い。

その為に魔法少女をやっている。


☆ ☆ ☆


病院から出ると秋風が体の芯まで冷やしてくる。

そのせいか後悔の念が出てくる。

年上の人間に土下座までさせといてあの対応は無い。せっかく心配してくれたのに。


じゃあ通院せず移植した方が…いやダメだ。


魔法少女という今まで違う生き方に幸せを感じている自分がいる。

それだけはダメだ。手っ取り早く死ぬ為に魔法少女をやっているのだ。

でも通院は続けておこう。じゃなきゃ絵瑠先輩と灰音先輩がうるさい。

自分がどれだけ持つのか確認しないとだし消毒液の匂いは嫌いじゃない。クソ兄貴の嫌悪感を増してくれる。


「おーい!葵ちゃーん!」


そう考え事をしていると前方から絵瑠先輩が何かを片手で引きずってやって来る。


「あっ絵瑠先輩お疲れ…え?」


明らかに異常だった。

高校の制服ではなく赤いミニスカートのドレスにガーターベルトという魔法少女の装束。

何も引きずってない方の手に握られた剣。

戦闘時に邪魔にならないようポニーテールにされたウェーブが掛かった茶髪。

それらが血塗れになっていたのだ。


「どうしたんすか⁉︎」

「それがね。大量の怪人と怪人の幹部っぽい一匹に襲われちゃって」

「いや大丈夫だったんすか⁉︎」


見た所返り血はついてるものの怪我っぽい怪我は頬に付けられた一本の擦り傷だけみたいだ。

いや違う。匹?


「一匹は"お前は俺の弟子だ"って意味不明な事言って途中で逃げちゃったんだけど残りの怪人は全部首を切っておいたから大丈夫だよ」


ニコッと笑う笑顔に恐怖する。

前から脳筋と思っていたが磨きが増している。なんか魔法少女っていうより戦国武将の方が正しい気がする。


「そ、そうなんすね。それより引きずってるのは?」

「ああ!えっとね」


ざらりと音を立てながら目の前に差し出して来たのは首根っこを掴まれ泡吹いて気絶している灰音先輩だった。


「ちょっ!何してんすか⁉︎」

「怪人に襲われたから灰音ちゃんと葵ちゃんも襲われてるかもと思って。とりあえず近くに居た灰音ちゃんを護衛しようとしたらね?

"私は絵瑠に守られる価値が無いから…"って、ほざきやがるから無理矢理連れて来ちゃった」


ほざきやがるッ…⁉︎


「それより葵ちゃんは大丈夫?怪人に襲われたりしなかった?」

「い、いやジブンは大丈夫っす!病院に行ってましたので!それより灰音先輩を病院に連れて行った方が良いっすよ?ほら灰音先輩気絶してるっぽいし」


白目まで剥いちゃって…せっかく綺麗な顔立ちなのに


「それもそうだね。一緒に行こ?」

「いやジブンはさっき行ってきたので!もう一回行くと…ほら!あれっすから!」

「でも…」

「何かあったら事前に連絡するっす!ジブンの目って魔力探知に優れてますから!ほらっ!絵瑠先輩の魔力も隅々まで見……え?」


曇った眼鏡を外し両眼を見せたとした瞬間、絵瑠先輩の外側に漂う魔力に驚く。神父と戦う前は体の内側を漂う感じだったのに。


「じゃあ怪人に遭遇したら連絡してね?」


そう言って魔法武装された剣を粒子化させ両手を空いた状態にする。おそらく灰音先輩をおんぶする為だろう。

だが問題は粒子化した魔力が絵瑠先輩の体に戻った事。本来なら空中で霧散するはずだ。


「…絵瑠先輩。最近怪人に襲われること以外で何か有りました?」

「怪人に襲われること以外で?」

「はいっす」

「えっと…それはね」


絵瑠先輩が顔を赤くさせながら灰音先輩を右肩の上に乗せる。その紫色の瞳には光が宿って無かった。


「私が不幸になればなる程幸せになるって分かったから」

「……?」

「運命の人が私に幸せを送ってくれるの」

「…?…はい?」

「そして百年先までずっと一緒に生きて行くの」

「なるほど…深いっすね」


何言ってんだこの人?


「それじゃあね葵ちゃん」

「ご苦労様でしたっっっ!!」


灰音先輩を担ぎながらも背筋を伸ばし威風堂々と歩く姿に深々と頭を下げる。

決して恐怖ではない。並々ならぬ尊敬から来るものだ。


しばらく頭を下げ二人がいなくなった事を確認し再び頭を上げる。


「帰ろっと」


眼鏡を外したまま帰路に戻り道の角を曲がる事数回。

家まで後半分だと目印にしている公園を通り過ぎる。

心の中で灰音先輩に両手を合わせつつ絵瑠先輩の渾名をナチュラルサイコにしようかと考えていると違和感を感じた。


耳から聞こえる魔力の流れる音。

遠方の方から煙の様に登る魔力。


急いでスマホを取り出そうとした瞬間、前方から来た突風。

反射的に顔を覆った腕を下げるとそこに居たのは馬の下半身を持ち、人の上半身を持った怪人が立っている。

一目で分かる。この怪人は普通の怪人ではない。

だって…


「矢城葵」


上半身は服を着ず、胸に付いているだろう二つの突起は長い黒髪で上手く隠されており


「お前を食いに来た」


後ろの尻から翼が生えていた変態だったのだから

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鬱な魔法少女の世界にギャグ漫画の住人がきたら? @isalai

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