―26― ヌルちゃんとファミレス

 ヌルちゃんの初配信は無事に終わった。

 大好評だったようで、SNSではヌルちゃんの話題で持ちきりだった。


「おかしい! 全然我の思い通りにならんではないか!!」


 わたしの目の前でヌルちゃんがテーブルを叩いていた。

 ヌルちゃんを労うためにファミレスに連れてきたんだけど、他のお客さんがいる前であんまり騒がないでほしいな。おかげで、店員さんがこっちを睨んでいるよう気がするし。


「ヌルちゃん、他のお客様さんがいるんだから静かにしないと」


「むぅ、それはそうだな。あと、我のことは閣下と呼べ」


 ヌルちゃんは被っているヘルメットごと首を縦にして頷いてくれた。ヌルちゃんは素直でいい子だなー。


「ほら、初配信でこんなにコメントがつくことなんてないよ。みんなヌルちゃんのことかわいいって書き込んでいる」


「それが嫌だと言うのだ。あと、閣下と呼べ」


「じゃあ、どんなコメントがきてほしいの?」


「それは、もっとこう我のことを称えるようなコメントがほしいな」


 称えるようなコメントってどんなのだろ。具体的なのが思いつかないや。


「でも、かわいいって言われたら、嬉しくならない? ユメカはかわいいって言われるために、ダンジョン配信者やっているとこあるんだけどなー」


 わたしの最近の楽しみはエゴさをして、かわいいというコメントを肴に晩酌することだ。家ではポーションは自重しなきゃだからね。代わりに、お酒を呑む量が増えてるんだよなー。


「うれしくない!」


 ドンッ、とテーブルを叩きながら否定された。だから、ファミレスでは静かにしないと。


「じゃあ、今後は配信は続けないの? ユメカとしてはヌルちゃんに配信を続けてほしいんだけど」


 かわいいと言われるのが嫌なら、配信をやめてしまうんじゃないかと心配する。せっかくヌルちゃんとコラボして、より人気になろうというわたしの目論見が。


「いや、配信は続ける」


 即答だった。思いのほかやる気があるようでわたしは目を丸くする。


「元より悪の秘密結社の道がそう簡単ではないことは承知しているしな。それに、ナンバーワンが組織のために配信をするというのに、我がなにもやらないわけにはかないだろ」


 おぉ、とヌルちゃん言葉に関心してから、頭にハテナが浮かんだ。

 ナンバー1ってなんのことだ? ……は!? わたしのことか!? そういえば、わたしも悪の秘密結社に所属しているんだった。すっかり忘れてた。それにわたしは組織のために配信なんてしないけど。


「それに、こんなに組織の戦闘員が増えたというのに、組織の運営を放り投げるわけにはいかないからな」


 ヌルちゃんはそう言って、スマホの画面の中チャンネル登録者数の数字を指さす。あぁ、チャンネル登録しただけで、組織に加入されたことにされている……。

 まぁ、なんにせよ、ヌルちゃんが配信をするつもりがあるのはよかったけど。


「こちら、マルゲリータピザとイカスミパスタになります」


 ふと、店員さんが注文した料理を運んできてくれた。マルゲリータピザはわたしが頼み、イカスミパスタはヌルちゃんが頼んだもんだ。

 ありがとうございます、と店員にお礼をいいつつ、ヌルちゃんが頼んだイカスミパスタを眺める。

 真っ黒だ。

 そういえば、ヌルちゃんもヘルメットだったりマントだったり身につけているものが黒で統一されている。はっ、まさか黒いって理由だけでイカスミパスタを頼んだりして。


「そうだ、もう一つ気に入らないコメントがあることを思い出した」


 ヌルちゃんがフォークを持ちながらそう口にした。

 いったいなんのコメントだろう? かわいい、以外だとおもしろいってコメントも多かった気がする。


「我のことを幼女と呼ぶコメントが気に入らない!」


 ガタン、とテーブルを叩きながらそう叫んだ。

 だから、うるさいって。ほら、また店員さんに睨まれてる。


「えー、だって、ヌルちゃんは幼女じゃん」


「我が幼女のわけあるか。我はこう見えて高校生だぞ! 高校生は大人だろ」


 はぇ? ヌルちゃんが高校生? えっ? 小学生の間違いではなくて? 高校生? えっ?


「おい、なんだ、その顔は? まさか、貴様も我のことを幼女だと思っているのではないよな」


「そ、そんなことはないけどー。が、学生証とか見せて欲しいかも」


「学生証ならこれだな。ほれ、我が高校生だとわかっただろ」


 そう言って、ヌルちゃんが学生証をわたしに見せつけてきた。

 確かに、学生証にはヌルちゃんの素顔の写真が貼り付けられている。

 ほ、ホントにヌルちゃん高校生かよ!? いや、あの見た目で高校生って、ヌルちゃんったらどんだけ属性を盛れば気が済むのよ!

 あ、ヌルちゃんの本名ってなんだろう? あっ、ヌルちゃんの指が隠れていて見えない!


「これでわかっただろ」


 ヌルちゃんは学生証を仕舞いながらそう呟く。

 まさか本当に高校生とは。お見それしました。


「ともかく、我を幼女と呼ぶ戦闘員がいるのが気に食わん」


 戦闘員というのは、ヌルちゃんのファンのことだ。


「だったら、次からそういうことコメントがあったときは注意するのがいいんじゃないのかな?」


「注意化。しかし、どんな感じにすれば……」


「幼女ってコメントを見かけるたびに、キモいとか雑魚とか言えばいいと思う」


「そんなこと言って嫌われたりしないのか?」


 いやー、嫌われるよりかは、むしろ喜ばれる……、ゲフンゲフン、危ねー、本音を言ったら怪しまれる。


「大丈夫! こういうことはビシッと言った方がいいんだよ!」


「そうか。次からはそうしよう!」


 よし、うまく騙せた!

 ヌルちゃんにキモいって言われて、視聴者たちが興奮しすぎないか、今から心配だ。


「というかヌルちゃんそろそろ食べないの?」


 料理が届いてからけっこう話したが、ヌルちゃんは頼んだイカスミパスタをまだ一口も食べていなかった。わたしはすでにピザを何枚か食べたというのに。


「そ、そうだな。そろそろ食べないと冷めてしまうしな」


 と、言いつつ、ヌルちゃんはヘルメットを頭から外した。途端、長く輝く髪の毛がヘルメットの中から溢れ出す。

 か、かわいい!! わかってはいたけどヌルちゃんの素顔かわいすぎる!!

 ヌルちゃんとファミレスに来てよかったなー。ファミレスにきた理由は自然な流れでヘルメットを取らせるためだしねー。

 偶然近くにいた店員もヘルメットの中から美少女が現れて、びっくりしていた。


「いただきます……」


 さっきまでの威勢のいいしゃべり方ではなく大人しい口調でヌルちゃんがそう口にした。

 そして、パスタをフォークで巻きながら口に運ぶ。

 うわっ、一口がハムスターみたいに小さい! かわよすぎ!!


「あ、あの、わたしの顔になにかついているでしょうか……?」


 ずっと、ヌルちゃんの顔を眺めていたら言われてしまった。ヌルちゃんはヘルメットをとると大人しそうな口調になるのだ。


「ヌルちゃんのお顔がかわいいから、ずっと見ていただけ」


「べ、別にわたしなんかより、虹天さんのほうがかわいいと思いますよ……」


 ぐはっ。思わず吐血した。

 なんだ、ここは。美少女と美少女が会話している。天国かな? ここが天国なのかな!? ユメカ、生まれてきてよかった!


「そうだ、虹天さんに言いたいことがあったのです」


「ユメカと呼んで」


「えっ、は、はい……。ユメカさんに言いたかったことがありまして。その、配信のこと色々と教えてくれてありがとうございます。その、最初ユメカさんに話しかけたのは、ユメカさんの配信を見て、ダンジョン配信に興味をもったからなので、こうして配信することができてよかったです」


 そうだったんだ。

 ヌルちゃんはヘルメットを被っているときは本音が言いづらいのだろう。だから、ヘルメットをつけていない今、こうして本音を伝えてくれたに違いない。


「って、わたしの配信見てるの?」


「はい、わたしユメカさんの配信とても大好きですよ」


 ヌルちゃんは笑顔で肯定した。

 そういえば、最初会ったときもわたしの配信を見ている、ということを言っていたような。


「ちなみに、わたしの配信のどういうところが好きなの?」


 興味本位で聞いてみることにした。


「破天荒なところが好きです。ユメカさんがポーションを飲んでいることを見て、好きになりました」


 破天荒?? わたしって破天荒なんだ……。


「えっと、わたしってアイドル売りしている配信者なのは知っている?」


「……そ、そうだったんですか?」


 困惑した様子でヌルちゃんはそう口にした。

 こいつ、わたしがアイドル配信者だって認知しいないのかよ!!



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る