―25― ヌルちゃんの初配信

 あれからヌルちゃんの配信環境を整えてあげた。

 ダンジョン配信の必須アイテムである追尾してくれる小型ドローンを用意してあげたり、生配信のやり方を教えてあげたりとかだ。

 小型ドローンも今だと比較的安価で手に入るし、特になんの問題もなく準備を終えることができた。

 ちなみに、ヌルちゃんが唯一投稿した動画を観てみたが内容は、黒い背景にヘルメットを被った者が低い声で秘密結社への勧誘するという、なんともうさんくさい動画だ。

 それでも、シュールなのがうけたのかコメントでは大盛り上がりだったけど。


「そろそろヌルちゃんの配信だよね」


 翌日、時計をみつつそう呟く。

 昨日のうちにSNSで配信時間を告知をさせて枠までとってあげた。だから、ヌルちゃんが忘れてさえいなければ、そろそろ配信を始めるはずだ。

 早速、ヌルちゃんの配信サイトを開く。

 待機人数が一万を超えている。すごっ、ギルドに所属していない探索者がこれだけの人を集めるのは偉業だ。

 すると、3、2、1のカウントダウンと共に映像が始まった。


『え、えっと……、配信が始まったみたいだな。戦闘員の皆、お初にお目にかかる。我は秘密結社ブラックリリィのボスであるオール・ヌルだ。我と共に、この世界を裏から支配しようではないか!』


 おぉ……と、感嘆の声を漏らしそうになる。

 わたしの初配信ではもっと緊張していて、しゃべり方がぎこちなかったけど、ヌルちゃんは初配信とは思えないほど堂々としゃべっていた。きっと裏では何度も練習したに違いない。

 コメントはどんな感じかな……?

 気になったので、配信画面から視線を外してコメントを見る。


【え……?】

【男?】

【ヘルメットとって】

【中身が幼女ってマ?】

【本当に幼女なのか?】


 おっと、けっこう困惑しているコメントが多い。

 ヌルちゃんのヘルメットにはボイスチェンジャーが仕込まれていて、声が男のものに変換されている。加えて、闇魔術の見えない手で体を宙に持ち上げることで長身に見せかけているため、パッと見男にしか見えないのだ。


『おい、さっから幼女幼女とうるさいぞ! 我が幼女のわけがないだろ! 今から我の力を貴様たちに見せてやる。そして、我を恐れるがいい』


 ヌルちゃんは啖呵を切るような口調でそう主張した。

 大丈夫かな……視聴者にこんなこと言って。荒れたりしないか少し心配だ。

 それから、ヌルちゃんはダンジョンへと潜っては次々とモンスターを狩っていく。わかってはいたけど、ヌルちゃんの実力は折り紙付で次々とモンスターを撃退していく。

 そのたびに、コメントは盛り上がるわけだが、一部不穏なコメントもあった。


【こんなに強くて本当に幼女なのか?】

【本当に幼女……?】

【これは幼女のはずがない】

【幼女じゃないのか。さよなら】


 視聴者の多くはかわいいヌルちゃん見に来た人たちだ。その結果だか、男の人が活躍する配信だったら、がっかりするに違いない。

 ヌルちゃんの正体が幼女だと疑い始めるようなコメントが増え始めたし、徐々に荒れ始めてしまっている。


【幼女じゃないじゃん】

【ただの探索者の配信かよ】

【モンスターを狩ってるだけの動画はおもしろくない】


『ふんっ、この配信は我の強さを世に知らしめて、秘密結社ブラックリリィの影響力を拡大するのが目的だ。それが気に入らない奴は見なくていい。特に幼女に関するコメントをしている者よ。我は幼女じゃないからな。わかったら、早く他のとこに行け』


 あちゃー、ヌルちゃん。その発言はマズいよー。

 嫌なら見るな、は配信者が一番言ってはいけない言葉だ。


【は? なんだよそれ】

【もう見ません。さよなら】

【そんな言い方ないだろ】


 案の定コメントが荒れてしまった。

 どうにか助けてあげたいけど、わたしができることなんてないしなー。せめて、大丈夫?、とチャットでも送った方がいいかな。


『また、新しいモンスターだな』


 ふと、画面の中のヌルちゃんがそう言う。

 見ると、タコのような見た目をしたモンスターが目の前にいた。オクトランナーといって、陸上を走るタコ型のモンスターだ。


『懲りずに現れやがって、我の力で一瞬のうちに葬ってやろう』


 そう豪語したヌルちゃんはなんらかの魔術を使おうとしたのか詠唱を始める。

 次の瞬間だった。

 予想外なこと起きたのだ。

 隠れていたもう一匹のオクトランナーが突然現れては、ヌルちゃんを触手で捕まえようとしたのだった。


「あっ」


 配信を観ていたわたしは思わず声をあげてしまった。

 どういうわけか触手はヌルちゃんのヘルメットだけを持ち去ってしまった。


【え……?】

【ん?】

【えっ?】


 困惑したコメントが一斉に流れる。

 画面に、ヌルちゃんのかわいい素顔が映っていた。ヌルちゃんはというと、なにが起きたのか理解できていないのか呆然としていた。


【かわいい】

【かわいい】

【幼女】

【幼女だ】

【やっぱり幼女やんけ!】

【うぉおおおおおおおおおおおおおおおお!】

【幼女! 幼女! 幼女! 幼女! 幼女!】

【幼女幼女幼女幼女幼女幼女幼女幼女幼女幼女】 


 事態を把握した視聴者たちのコメントが大量に流れ始める。


「あっ……あぅ、か、仮面が……」


 ようやっと事態を飲み込めたヌルちゃんはヘルメットが取られたことに気がついたようで絞り出したかのような声を発した。


「み、見ないで……」


 素顔を見られるのが恥ずかしいようでヌルちゃんは手でカメラを隠そうとするも、ばっちりとカメラはヌルちゃんを捕らえていた。

 ヌルちゃんの一挙手一投足がかわいすぎる……ッ!!

 わたしは思わず画面に前で悶えてしまった。

 それは視聴者たちも同じようで、さっきから【かわいい】というコメントが画面を埋め尽くしている。


「か、返して……!!」


 ブオンッ、と風が鳴る音と共に、オクトランナーが木っ端微塵に粉砕する。きっとヌルちゃんの十八番である闇魔術である見えない手を使って倒したんだろうけど、なにも知らない視聴者たちはなにが起こったか理解できないはず。


【強くてかわいい幼女だ!】

【強すぎ……!】

【強くてかわいいとか最強では!?】

【ヌルちゃんかわいいやったー!】

【幼女だ……はぁ……はぁ……】


 強いことよりかわいいに言及したコメントのほうが多いな。まぁ、気持ちはわかるけど。だって、ヌルちゃんかわいすぎだし!!


「ふぅ……仮面をとりやがって。あっ、ボイスチェンジャーが壊れているな」


 オクトランナーからヘルメットを奪ったヌルちゃんがそれを被り直した。ヘルメットに付属されていたボイスチェンジャーが壊れているようで、ヌルちゃんのかわいらしい声のままだった。


「コホンっ、さきほど見せた顔は我の偽りの姿だ。本物のオレは悪の秘密結社の相応しい悪人面だからな。だから、我のことを『かわいい』だとか『幼女』とかいうんじゃないぞ!」


 咳払いをしたヌルちゃんは視聴者たちに注意喚起する。


【かわいい】

【かわいい】

【かわいい】

【かわいい】

【かわいい】

【かわいい】


「おい、我をかわいいと言うなぁあああああああ!」


 かわいい、というコメントに対してヌルちゃんが叫んだ。むしろ、その反応がかわいいんだよなぁ。

 それから、ヌルちゃんの動画はかわいいというコメントで埋め尽くされるのだった。

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