24話 野球部応援

 入学した四月の頃も今となっては懐かしく、7月に入って暑さがうっとおしくなってきた。本格的な夏がやってきた……というより、ただ単にウザい。俺は贅沢っ子なので、冬も嫌いだが。


「なぁぁぁあ相棒よぉぉぉ……今度の休みにプールでも行かねぇえええ?」


大紀が、部室で夏らしい提案をしてくる。プールは好きだし、普通ならこの提案にのるのだが、今度の休みは予定が入っている。


「今度の休みは、昇と碧の応援に行くから無理だな」


「あ、そっか。もう夏大会の時期だな」


 俺がそう言うと、大紀も思い出したようだ。

 そう、7月からは高校野球の県予選が始まる。俺はもう野球をやっていないが、今も頑張っている昇と碧を応援したい。


「そりゃ応援しに行くよな。よしっ、俺たちも応援に行かないか?」


 大紀が青春活動部の皆に呼びかける。他の皆も、俺の過去を知っていることもあってか、好意的な意見ばかりだった。


「……皆ありがとう。じゃあ今度の休日、野球場に集合で」



◇◇◇



 休日に野球場に集合した俺らは、早速入場することに。

 初戦は中堅クラスの高校で、いきなり厳しい戦いになりそうだ。

 

 球場に入場すると、相手の高校のユニフォームを着ている生徒を何人か見かけた。

 高校野球では、一塁側と三塁側でそれぞれの応援席があって、俺たちが入ったのは一塁側の所で、間違えて相手高校のスタンドへ行ってしまった。


「ごめん! 俺たちは逆側だった」


 皆にそう言って、早く引き返そうと思ったその時――



「あれ、もしかして雄哉?」



 俺が驚いて振り返ると、そこにいたのは相手校のユニフォームを着た、元チームメイトだった。


「……何だよ」


「やっぱり雄哉か! どこの高校に行ったか、分かってなかったんだよな! 今は野球部じゃねぇのか?」


「ああ。野球はもう辞めたよ」


 早くこの場から立ち去りたい。もう今の俺に関わらないでくれ。今は今で楽しいし、何より元チームメイトのにやついた顔に腹が立つ。


「へへ。ざまぁみろだぜ」


「俺は自分から辞めたし、ベンチにも入ってない奴に煽られるのは嫌だな」


 俺がそう言うと、相手も一気に臨戦態勢になる。

 また泣かせるぐらい殴ってやろうか、と思っていたが、


「春風君! 昔の自分とは決別したんじゃないかしら?」


 その月見里さんの声で、俺は冷静さを取り戻す。

 今は新しい仲間がいる。過去とは、もう違うのだ。


「もう、俺たちをめちゃくちゃにするなよ」


 最後に恨みを吐いて、俺は一塁側のスタンドを後にした。


「月見里さんありがとう。おかげで、今度は喧嘩しなくて済んだよ」


「ああいうのは無視するのが基本よ。それに、今は私たちがいるじゃない」


「そうだな。改めてありがとう」


 月見里さんに感謝を言いながら、三塁側のスタンドに向かった。

 初戦という事もあって、かなりの生徒が応援に来ているようだった。

 俺たちは空いていた席に座って、試合開始を待つ。


(絶対勝てよ。何が何でも……)


 この試合は俺たちのリベンジであり、過去と完全に決別する、とても大事な試合になりそうだ――


◇◇◇


 試合はかなり厳しい展開になる。昇が初回に点を取られ、その後も粘りの投球を見せるもかなり打ち込まれている状況だ。

 昇も実力があるとはいえ、まだ一年生。相手が弱小ならまだしも、中堅クラスになると厳しい。


「相手の投球も、村山君とそんなに変わらないと思うのだけれど」


 攻撃と守備が移り変わっている中、月見里さんが俺に話しかけてくる。

 相手の先発も、昇と同じぐらいの球速の投手だ。ただ球速だげが、野球の全てはない。


「相手の投手も球速がそこまでだけど、変化球と制球がいい。キレとかノビとかで良く表されるんだけど、球が全体的にいい」


「じゃあ、村山君はそういった良さがないの?」


「もちろん昇にもあるよ。打たれるのは、相手の打線の良さもあるし、調子とか癖とか疲れとか……色々な要素も関わってくる。それに、まだ一年生だしな」


 俺は野球をあまり知らない月見里さんの疑問に答えながら、昇の投球を見る。


(緊張もあってか、リズムが単調になってるな。それに、変化球の時にフォームが少し緩んでいる……)


 投球の間隔が一定だと、打者もリズムが取りやすくなる。あと緩むというのは、ストレートと変化球の時の腕の振りが、明らかに違う振りになっているということだ。

 振りが違うのは、打者から見ても意外とよくわかるもので、狙って打ちやすくなる。


 昇は五回まで、何とか初回の一失点のみに抑えた。チームメイトにも助けながらで、よく頑張って投げている。


 また、五回を終わるとグラウンド整備があって、多少時間が空く。昇はブルペンに行き、自分の投球を改めて確認しているようだった。


 ふと、昇がスタンドを見ていたのが分かった。俺は席を立ち、できるだけジェスチャーで、振りが緩くなっていることとリズムが単調になっていることを伝える。

 すると昇も俺を発見したようで、ジェスチャーを送ってくる。ジェスチャーを見る限り、ある程度伝わっているようだったので、俺は大きくうなずいた。


「雄哉、何してるんだ?」


 俺のジェスチャーを見て、大紀が少し不審そうな顔をする。


「村山君に、ジェスチャーで伝えてるのよ」


「えぇ!? それ伝わるのか?」


 俺が言うよりも先に、月見里さんがそう言ってくれる。

 大紀は、本当に伝わるのか疑問に感じているようだった。


「元々あいつの癖みたいなもんだしな。昨日、俺が頑張って探すから。スタンドで癖とか出てたら教えてくれ、って言われてたんだ。まさか本当に見つけてくれるとは思わなかったけど」


「流石親友、ってところね」


 月見里さんはそう言って、フフッと笑う。

 確かに、関係が長いからこそできるのかもな。昇と碧については、だいたい何でも知っている。ウィキペディアとか作ってやろうかな。



 その後、昇は調子を取り戻して完璧に近い投球を見せた。アドバイスの効果も、どうやらあったみたいだった。

 守備のリズムが良くなれば、打撃のリズムも良くなるというのが、野球である。

 昇の投球にも奮起したのか、打線がつながって、終盤に逆転に成功する。そしてさらに調子が上がった昇が、最終回も抑えてゲームセットとなった。


(ありがとな、昇。それに碧も)


 俺は心の中で二人に感謝して、大紀たちと球場を出た。

 球場を出ると、相手の高校の野球部が集まっているのが見えた。俺たちの高校に負ける、とは思っていなかったのだろう。昇がいるとはいえ、俺たちの高校はまだまだ平凡な強さだ。


(スポーツって、ある種残酷だよな……)


 優勝するためには、色々な相手に勝たなければならない。負けた相手にも人生があって、積み重ねてきた努力がある。

 活躍する選手は、ほんの一握りの選手なのだ。


 俺がそう思いながら見つめていると、元チームメイトと目が合った。やばい、と思って俺は目をすぐにそらしたが、元チームメイトは俺たちの方に近寄ってくる。



「ごめん!」


 何を言われるか分からず、少し怯えていた俺だったが、元チームメイトからの言葉は予想外のものだった、


「え?」


「お前らも、凄い努力をしていたんだなって……今日の試合で分かったんだ。これで許してもらえるとは思わないけど、本当にごめん」


「いいよ。それを分かってくれただけで。俺はこうして、今も楽しい青春を送ってるからさ」



 こうして、俺は過去の事と完全に決別できた。

 夏の暑さも、なぜだか少し心地よく感じた――




 


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る