21話 もう一つの危機
体育祭も終わり、俺たちはまた落ち着いた日常を過ごしていた。
最初はどうなる事かと思った青春活動部も、いつの間にか仲が進展して、今は居心地が良い空間となっている。
(月見里さんや俺はともかく……大紀とか篠崎さんにも何かあるんだろうか)
俺は皆が揃っている部室を見渡しながら、少し考える。
(まぁ、今はこの部活があるし大丈夫か)
俺は考えをやめ、勉強している晴馬先輩の方に話しかけにいく。
「晴馬先輩も珍しく勉強しているんですね」
「もうすぐテストだろ? 今回は課題も多いし、難しいからな」
「え?」
あっ、テストの存在忘れてた。
◇◇◇
「テストの存在忘れてたぁぁぁっ!」
「俺も同じくだぜぇぇぇ! た擦れてくれよ相棒ぅぅぅぅ!」
どうやら大紀も、テストの存在を完全に忘れていたらしい。俺と大紀は、その現実が受け止められなくて。部室でひたすらに騒ぐ。
「二人とも……テストなんて簡単じゃない。毎日勉強していれば、簡単でしょう?」
「月見里さんの話は、参考になりません。なぁ大紀?」
「同じく」
こんな事言ったら怒られるけど、月見里さんが完璧であるがゆえに、避けられている理由が少し分かる気がする。
そもそも俺は、勉強アレルギーだからしょうがない。よし、診断書を貰ってこよう。
「全く二人とも……私はともかく、篠崎さんもちゃんと勉強しているわよ。先輩だって……」
月見里さんはそう言いながら、柚葉先輩と晴馬先輩の方を見る。そして何か気づいたのかハッとして、
「ごめんなさい。先輩でも勉強していない人が、一人いたわね」
「芽衣ちゃん!?」
月見里さんがそう言うと、柚葉先輩は少し泣き顔になった。柚葉先輩は、ゲーム中毒者なので成績がお粗末な事になっているのだ。
実際、ゲームが好きでも引くレベルである。二日ぐらいは、寝なくても大丈夫でしょ? みたいな凄まじい精神の持ち主だ。せっかくの美貌も、台無しである。
「おい柚葉。今回は中間テストだからな? また中間テストで赤点を取ると、期末が地獄になるぞ?」
「無理ぃぃぃぃぃ! 赤点いっぱい取っちゃうぅぅぅうぅ!」
何だか、去年の先輩たちの地獄の過去が垣間見えた。柚葉先輩、そもそもこの高校にどうやって入ったの?
ワーキャ―と騒いでいると、それまで静かに勉強していた篠崎さんが口を開いた。
「じゃあ、皆で勉強会しませんか?」
俺と大紀と柚葉先輩は、首がもげるほど頷いたのであった。
◇◇◇
篠崎さんの提案で、テスト期間中に俺たちは勉強会を開くことになった。
「勉強会はいいじゃん。あと連絡事項だけど、テスト期間中は、部活禁止になるからよろしくね~! まっ、私はテスト作らないといけないし、変わらず忙しいんだけど……」
ゆいねぇも、何か怨念やら恨みがこもっていたが、勉強会には賛成の様子だった。
テスト期間中は、ゆいねぇめ言うように基本部活禁止になる。昇や碧が所属している野球部など、夏に大会を控えている運動部は練習があるみたいだが。
部活禁止で普段の空き教室が使えないため、俺の家で勉強会をすることになった。何かと都合もいいし、ある程度家も広いからな。
勉強会は、成績や学年を考慮して、柚葉先輩と晴馬先輩、大紀と月見里さん、俺と篠崎さんのペアで勉強することになった。
「えーと、この場合は円順列の公式が使えるの。だから……」
最初は篠崎さんとペアになり、とても緊張した俺だったが、教え方が丁寧でわかりやすいので、勉強に集中できた。分からなかったところが、次々と解決されていく。
大紀の方からは、何か断末魔のような叫び声が聞こえるし、柚葉先輩の方からは、『もう無理。逃亡する……』みたいな何か危ない声が聞こえてきたが、俺たちは順調に勉強が進んでいた。
「そういえば、春風君は体育祭で大活躍だったね」
俺が篠崎さんに教わったことを基に、頑張って課題に取り組んでいると、篠崎さんが話しかけてきた。
「そうかな? リレーで負けたことが印象に残り過ぎている」
「私は運動できないから、本当に凄いと思うよ。クラスでもちょっとした人気者になってたし」
「それは確かにそうかも。話しかけられるのも、何だか多くなった気がする」
俺は篠崎さんと雑談をしながら、頭の中で数学の計算を行っていく。篠崎さんと二人で雑談とかの日常会話は初めてなので、弊害が出ている気もするが。
「春風君は、この学校に入ってよかった?」
「うん。色々悩んだりもしたけど、こうして楽しい日常を過ごせているし」
「ならよかった。私も、今楽しい」
そう言って、篠崎さんは笑う。いやちょっと、破壊力えぐすぎませんかね……
「篠崎さんは、何でこの高校に?」
「私はいじめられたりして、少し精神が落ち込んでいたの。そんな時に、春風君たちの噂を聞いたの」
「俺たちがこの高校に入るっていう?」
「うん。私も、高校では少し落ち着いた生活がしたいかなって。それに、春風君たちがいるなら安心だし」
篠崎さんとも同じ中学だったが、清楚で礼儀正しく、明るくて人気者というイメージだったので、いじめられているなんて微塵も思っていなかった。
「それって具体的にどういう……」
俺が気になって、もう少し詳しく篠崎さんに質問しようとすると、篠崎さんは口に人差し指を当てた。
「手、止まってるよ。この話は、またいつかね」
これ以上は内緒、と言うような感じで話は打ち切られた。俺は再び勉強に集中しようとしたが、今日はもう集中できなかった。
その後もこの話には触れられないまま、テスト期間中の勉強会は終わった。
ただ勉強会の成果もあってか、テストの結果は満足できるものだった。大紀と柚葉先輩も、何とか赤点を取らずにテストを終える事が出来たみたいだ。
(篠崎さんにも、何か辛い過去があったのかな……)
俺はそんな事を考えつつ、ただ返却されたテストの答案を眺めた――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます