20話 体育祭④
体育祭の競技も、いよいよ男子のリレーのみになった。
「何とか僅差で、アンカーの雄哉にバトンを渡すから、あとは頼むぜ」
「おう。昇も特に重要だから、昇もよろしく頼むぜ」
ちなみに昇は第三走者で、俺はアンカーだ。アンカーが重要なのはもちろんの事だが、第三走者の昇もかなり重要になる。
その理由は明確で、他のクラスを偵察すると、第三走者にサッカー部や陸上部、バスケ部の実力者などと、強敵が多い。そもそも運動部じゃない俺が、リレーに参加にしているのが異例ではあるのだが……
「雄哉、絶対勝とうな」
「ああ。泣いてた碧を笑わせてやろうぜ」
そして最後の競技である、クラス対抗男子リレーが始まった――
◇◇◇
第一走者と第二走者は陸上部なので、狙い通り一位で第三走者の昇にバトンを渡すことに成功した。実力者をぶつけるよりも、リードをとって逃げ切る戦法を俺たちは選んだ。
ただ狙い通りに行かないのが、人生である。昇はリードを守り切れずに抜かれて、一気に三位に転落してしまう。
俺は昇から渡されるバトンを待ちつつ、冷静に落ち着こうとする。
「ユウー! 英雄になれっー!」
碧からの声援が聞こえる。確かにここで俺が抜いて一位になれば、クラスの英雄になれるけど! その称号は少し恥ずかしい。
グラウンドを見渡す。昇は抜かれても、離されないように一生懸命頑張っている。
ふと、ゆいねぇと目が合った。ゆいねぇは応援の意味を込めてか、グットポーズをして笑っている。
今は応援してくれる人がいるし、理解してくれるもいる。中学時代とは、違う。
「悪い、後は頼む!」
俺は三番手でバトンを受け取り、期待と応援を背に走る。真剣に走るのは、中学時代の野球部のベースランニングの時以来だろうか、
すぐ近くに、相手の呼吸している音や足音が聞こえる。
(今は運動部じゃないからって。舐めるなよっ……!)
心の中でそう思いながら、俺は一人抜いて二位になる。一段と応援の完成の声が大きくなる。
(はは、びっくりしてたな今の奴。あと一人……)
俺は後ろの事は気にせずに、ただ前だけを向いて全力で走る。ゴールとの距離を考えると、抜けるか微妙な距離だ。
(諦めちゃだめだ……それで俺は後悔してきたんだろっ!)
心の中のリトル俺と話しつつ、自分を奮い立たせる。あと少し! あと少しで抜ける……!
そして俺は、最後の気力を振り絞った――
◇◇◇
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
俺は体力をすべて使ってゴールしたので、息があがって何も考えられずにヘトヘトになっていた。
結果から言うと、二位だった。最後のゴール前であと一歩足りず、惜しくも一位を逃す形となったのだ。
(碧にカッコつけたのに、だせぇ……)
碧に心の中で謝りつつ、なんとか身体を動かしてた以上の門の方に向かう。
「悪い。俺がもう少し頑張れていたら、雄哉は抜けたよな」
「昇もよく頑張ったよ。それに、負けた試合を悔やんでもしょうがない」
負けた試合を悔やんでも、何も始まらない。それは、俺が野球部の時に学んだことだ。でも、やっぱり悔しい。碧にも、勝つところを見せたかった。
悔しさを我慢しながらクラスの応援席に戻ると、俺の予想とは違った声をかけられる。
「かっこよかったぜ!」
「あそこまで追い上げたのは、本当に凄いと思う!」
「惜しかったけど、ナイスファイト!」
負けたからお通夜状態になっているかな、と思っていたりもしたが、予想に反して、クラスメイトたちは俺たちの健闘を称えてくれた。
「ユウ~! 最後の走り凄かったよ!」
「はは、負けたのにか?」
「負けても凄かったもん!」
碧はいつの間にか、また明るい様子に戻っていた。俺たちの事を、ちゃんと見てくれていたんだろう。
「俺がもう少し粘っていればなぁ……雄哉も最後は抜けてただろうに」
「いや、今も現役なら多分抜けてたかもしれないし……」
「もう二人とも卑下しすぎ! 皆頑張ったもん。それにさ、私たちとお揃いの二位だよ」
「ただ俺も昇も、カッコつけての二位は恥ずかしすぎる」
「雄哉の言う通りすぎる」
「……それはちょっとダサかった!」
「「おいこら」」
男子も女子も一位になる事はできなかったけど、これはこれで思い出になったのかもしれない。ただ悔しさは残っているので、来年は一位を取りたいと思う。身体を動かしておかないといけないな……
こうして、俺の高校生活最初の体育祭は幕を閉じた。俺たちのクラスは、どの競技も順位が高く、総合優勝を果たす事ができた。
閉会式が終わると、途端に現実に戻されるような気分になって少し寂しい。今日の思い出を振り返りながら、俺たちは体育祭の片づけを行う。
俺は、来賓用のパイプ椅子を疲れきった身体で、頑張って倉庫へ運ぶ。体育祭が終わって疲れているのに、片付けまでさせないでほしい。働かせすぎだ! いつかストライキしてやる!
「「あ」」
そんな疲れきった身体で倉庫に入ると、たまたま碧とバッタリ遭遇した。
「ユウもお疲れ。それ最後?」
「ああ。多分これが最後のイスだと思う」
「りょーかい。もう倉庫も閉めちゃっていいか」
俺と碧は、二人で話しながらテキパキと片付けていく。どこか気まずい感じを誤魔化す目的も少しあった。
「やっぱ、ユウたちと真剣な話をしようとすると、気まずくなっちゃうなぁ」
「……こういうのは慣れてないからな。でも、ちゃんと聞いてるよ」
「じゃあ遠慮なく……私はね、ユウが好き。もちろん、恋愛的な意味でね?」
「ありがとう、碧」
碧の真っ直ぐな言葉に、俺はつい照れてしまう。
「でもね、告白するのはやめた。ユウも悩んでいるみたいだし、私が振り向かせてみせるから」
「はは、よくお分かりで」
「だって、好きな人の事はよく目で追うから分かるもーん」
「恥ずかしすぎるんだが」
「まぁ、これからも変わらずによろしくね。別に今まで通りでいいからさ」
「おう。改めてもよろしくな、碧」
よく男女の友情は成立するのか? という有名な問いがある。俺と碧は、今までと少し違う関係になるけど……同じような友情関係を続けていければと思う。
「あ、最後に一つ。私が可愛いからって、ユウは照れちゃダメだからね?」
碧はどこか妖艶に微笑みながら、悪戯っぽく笑う。初めて見る親友の姿は、とても美しかった。
ごめん。前言撤回するかも……
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